第二十二歩

「お茶のおかわり、もらってもいいかな。すごくおいしかったから。ごめんね、なんか大きい声出ちゃった」


「あ、ああ。淹れ直してくるよ」


俺はキッチンで一人考える。


……とりあえず潮時だ、今はこれ以上サッカーの話を五十嵐に振らないほうがいいだろう。


 あとで改めてチームに誘わなきゃならないが、その前にクッションを置いたほうがいい。


「ありがとう」


 表情をゆるめてティーカップを受け取る五十嵐は、もういつも通りの彼女だった。


「……私ね、学校の人とこんなに話すようになったの、高校入ってから初めてかもしれない」


確かに普段の五十嵐に、積極的に友達を作ったり、自分から話の輪に入っていくイメージはない。


いつも話しかけられたら笑顔で応えるが誰か特定の人とよく話すということはないし、昼休みも帰る時も(以前明日菜が心配したように)基本的にはいつも一人だ。


「友達と話したりとか遊んだりとか、あんまり好きじゃないの?」


「うーん……」


 少しの間だけ、五十嵐は考えこむ。


「何て言えばいいんだろう。あのね、皆すごく優しくしてくれて、ほんとにいつも感謝してるのよ?話かけてくれたり、手伝おうとしてくれたり、遊びに誘ってくれたり……。その時は嬉しいな、ありがとうって素直に思うの。けど次の瞬間に頭の中でストッパーがかかるの。皆が優しいのは、私に障害があるからじゃないか、だから優しくしてくれるんじゃないか、甘えたら迷惑をかけちゃうぞ、って」


「そんなこと」


 俺の言葉を遮って五十嵐は気持ちを吐き出すように続ける。


「分かってるのよ、そんなことないって。高校に入って一年以上、皆変わらない態度で接してきてくれた。同情なんかで出来ることじゃないって、分かってるの。けど、どうしても私の前に出してくれた手をとることが出来ないの。きっと自分に自信がないんだよ」


話す内容の重さとは違って、五十嵐は笑顔だった。


「困ったなあ、とはもちろん思うんだけどね。皆にも申し訳ないし。けどこのままでもいいかなあとも思うの。一人でいるのにも慣れてきちゃったし。ううん、完全に一人ってわけでもないし、今ぐらいのかんじがちょうどいいかなあ、とか思うこともあって」


俺は真剣に話を聞きながら、五十嵐の言葉の意味と気持ちの奥底にあるものを感じようとする。


「ふう、何か一気に喋っちゃった。はーすっきりした。今まで誰にも言えなかったことだもん、話すのに勢いが必要だったよ」


 確かに五十嵐の表情には、解放感みたいなものが広がっていた。


「……けどさ、それってちょっとつまんなくない?」


 俺なりに真剣に五十嵐にかける言葉を考えた末に出てきたのがこの言葉だ、我ながら情けない。


 目の前の女子が本音を語ってくれているというのに……、自分のダメさに嫌気がした。


「もうつまんないとか面白いとかじゃないかな。慣れちゃえばそういうことも感じなくなってくるんだよ」


 今、俺の頭には中学の頃の五十嵐の姿がフラッシュバックしている。


試合が終わった後にたくさんの仲間に祝福され、本当に幸せそうな顔をしていた五十嵐が……。


 今のままじゃだめだ、五十嵐。


 絶対にもう一度輝かなくちゃだめなんだよ。


今がベストのタイミングかどうかはわからないけれど、俺は勝負に出ることにした。


「ちょっと俺の部屋からCDとパソコン持ってくるね、観て欲しい動画があるんだ。」


「なになに、PVか何か?」


「まあまあ、観てからのお楽しみということで。少し待ってて」


 リビングから移動しながら、緊張で体が少し熱くなっていることに気付いた。 


俺は自分の部屋からジェットのセカンドアルバムとお勧めのCD数枚、そしてノートパソコンを抱えて戻ってくる。


「はい、まず約束のCD。他に俺が気に入ってるやつも何枚か持ってきた」


「ありがとう。またお兄ちゃんにパソコンに入れてもらおっと」


 五十嵐は脇に置いた鞄を開け、CDを入れる。


 その間に俺はテーブルの上のティーポットなどを端に寄せ、スペースを作ってから無線で繋がってい
るパソコンを置き起動させた。


「ねえ、これって自分のパソコン?」


「元は父親のだけど、置いてっちゃったから今は俺のものみたいなもんかなあ」


「いいなー、自分の!私も欲しいなあ」


胸の想いを出してよほどすっきりしたのだろう、完全に明るさを取り戻した五十嵐が続ける。


「けどパソコンなんて手に入れたら、色んなかわいい洋服とか見れちゃうね。物欲に更に火が着いちゃって大変だよ」


「今は何でもネットで買えるからな、ハマったら大変だぞー」


「だよねー。けど未成年でもネットショッピングって出来るのかな?」


「どうなんだろうな、やったことないからわかんないけど。気になるなら今度調べておこうか?」


「ありがとう、けど大丈夫。やっぱりそんなのやりだしたら私絶対ハマるもん、危ないよ」


「じゃあまあいずれの楽しみってことでいいんじゃないか?」


 話しながら俺はモニターが見える位置へと椅子ごと移動し、立ち上がったパソコンでブックマークから目当ての動画のタイトルをクリックする。


「これなんだけど」


画面にはこの間一人で観たブラインドサッカーの映像が流れ始めている。


「ブラインドサッカーって言ってさ、視覚障害者と普通に目が見える人が一緒に出来るサッカーなんだ」


「すごい……、この人達、本当に見えていないの?」


 五十嵐が驚きの声をあげる。


 気持は分かる、画面の中の選手達の動きを見て相手やボールが見えていないとは信じられないのだろう。


「選手が皆マスクを着けてるだろ、あれで完全に視界が遮られているらしい」


解説者の言葉の隙間を埋めるように、俺は五十嵐に説明し続けた。


五十嵐は相槌を打つのも忘れ、画面に魅入っている。


やがて試合が終わる。


「ねえ、他の動画ってあったりする?」


俺は五十嵐が興味を持ったことに喜びながら『ブラインドサッカー』で検索をかけ、トップにきた動画を再生する。


今度はブラインドサッカーのゴールシーンやドリブルで相手を抜くシーンなど、色々な試合の派手な部分だけを編集して繋ぎ合わせたダイジェストの様な動画だ。


「……すごい」


 途中で一度そう呟いただけで、ずっと五十嵐は黙って画面を見つめている。


 五十嵐の方を盗み見ると、興奮で少し頬が上気している。


 邪魔をしないように、今度は俺も黙って画面を見続けた。


 しばらくして動画が終わっても、彼女はまだモニターを見つめていた。


「どうだった?」


「すごかったよ!本当にびっくりしちゃった」


 まだ五十嵐の頬はチークを塗ったようにピンクに染まっている。


そんな五十嵐を眺めながら、俺はあれからずっと言いたかった言葉を口にする決心をした。


「あのさ、五十嵐。聞いて欲しい話があるんだ」


「ん?何の話?」


「ブラインドサッカーを初めて見たときに俺思ったんだ、ハンディキャップがあってもなくてもスポーツは一緒に出来るって。だから五十嵐、一緒にフットサルやらないか?」


「え……、私が?」


 一瞬にして五十嵐の顔に戸惑いの色が広がる。


「カモミールっていうチームなんだ、まだ組んだばっかなんだけど。明日菜とか侑もメンバーなんだぜ、きっと楽しくなるよ」


 五十嵐はしばらく黙り込んでから、振り絞るように言った。


「そっか、それでなんだね……。それでボール運び手伝ってくれたり、おうちに呼んでくれたりしたんだ……」


「五十嵐!俺は」


「ごめんなさい、もう帰るね」


 急いで鞄をとり、ソファから立ち上がり玄関へと向かおうとする五十嵐。


 立ち上がって掴もうとする俺の腕を振り切り、表情を見せないよう下を向いたまま五十嵐は家から出て行った。


 俺はただ一人、突然の出来事に追いかけることも出来ず、茫然と立ち尽くしていた。

寝太郎
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寝太郎

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