第十歩

「あと一人いればチームが組める」
のえるの質問を華麗にスルーして、明日菜が言う。
侑がいつものテンションを取り戻す。
「もう四人も揃ったんだ、あと一人もすぐに決まるよ。そしたらついに俺のモテ人生が始まるな！　ギャルゲーを地でいく生活になっちゃうな！」
鼻息を荒くする侑を横目に、俺は少しの間だけ自分の世界に入り込んでいた。
フットサルに誘われた日から頭を離れない、願望というか、妄想というか。
あの子と一緒にプレー出来たら。
あの姿をもう一度見れたら。
けれど、どうしたってそれは実現不可能だ。
だってあの子は……。
「喉が乾きましたわ、この家はお客にお茶も出しませんの？」
「ホルスタインでしょ、自家生産の牛乳でも飲んだら」
明日菜がわざとらしく大きなため息をつく。
「またホルスタインておっしゃいましたわね！　意味は判らないけれど馬鹿にされていることだけはわかりますわ！」
そんな応酬を背中で聞きながら、逃げるようにリビングから続いているオープンキッチンへと向かう。
冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを、鍋に移し火にかける。
お湯を沸かしている間に、大きめのティーポットにカモミールの葉を入れる。
カモミールには、国によっては薬草と捉えられているくらいの鎮静作用があるのだ。
多少エキサイトし過ぎなあの三人、特に女子二人にとっては必要な効果だろう。
本来ならティーカップにお湯を注いで温めておくところなのだが、横着して電子レンジに四つのカップを入れスタートボタンを押す。
ミネラルウォーターを沸騰直前に火から下ろし、ポットに注ぐ。
しばらく蒸らしてからポットを水平にかるく揺り動かし、電子レンジから取り出したカップに注ぐ。
こぼさないように気を付けつつ、リビング中央の低いテーブルへと運んだ。
「あら、おいしいですわ。誰にでも一つくらいは特技があるのね」
「いつも通りおいしい」
明日菜がカップを両手で支えながら褒める。
瀬戸のえるが言う通り、俺にだって特技の一つくらいはあるのだ。
ハーブティーを飲んで一息ついた侑が、俺の方に目を向ける。
「んで監督、チーム名は何にする？」
「チーム名？　そんなの後で適当に決めればいいんじゃないか？」
「名前は大事ですわ、いい加減な名前を付けるとチームの士気に関わります」
そういうものか、まあ確かに既に夕方になってしまった今の段階で出来る事なんて、名前決めぐらいしかないかもしれないな。
「航平も知っての通り、殆どの有名なサッカークラブにはホームタウンの名前が入ってる。だからこのフットサルチームにも、無難に街の名前を入れた方がいいと思うんだ。」
確かにその通りだ、地名を入れるのはセオリー中のセオリー。
「嫌ですわ」
のえるが異を唱える。
「地元意識丸出しなんて美しくありませんわ。もっと華やかで、楽しそうで、皆が憧れるような名前にしませんこと？」
クラブと地元が密着して信頼関係を築くことがどれだけ大事か、その為に各クラブがどれだけの努力をしているか、お互いのピンチに力を合わせて立ち向かう事の素晴らしさなどをのえるに説教してやりたかったが、無理矢理好意的に考えれば単なる遊びのフットサルチームにわざわざ街の名前を入れることもないかもしれない。
大体このチームが我が町に貢献出来ることなどないだろうし。
「まあそれでもいいけど……」
侑が渋々納得したと見るや、のえるが続ける。
「そうねえ、『のえると愉快な仲間達』なんていかが？」
思わず侑と顔を見合わせ、お互いに「俺達は動物扱いか」という表情になる。
一方明日菜はまだこの会話に参加せず、悠々とお茶を飲んでいる。
侑が反論。
「だめだめ、もっとファンタジックで壮大じゃないと。『血塗られた堕天使とフロコン・ドゥ・ネージュからの魔鬼』、これで決まり！　強そうだろ！」
「せっかくのハーブの香りに、残念な厨二臭が混ざってしまいましたわ」
　ほんとに我が友ながら残念なことで……。
「そんな駄名前より、もっと分かりやすい名前の方がいいんじゃないこと？　例えば今は放課後、私たちはお茶を飲んでいますわ。こんなのはどうかしら、『放課後ティータイ』」
「それはダメだ！」
俺と侑が声を揃えながら慌てて止める。
「事情は言えないがとにかくダメだ、それはダメなんだ！」
俺は焦りながら全力でストップをかけた。
危ないところだった、これだから無知なお嬢様は困るぜ。
俺と侑の勢いに気圧されながら、のえるは言った。
「じゃあどうしますの、これではいつまで経っても決まりませんわ」
ここで俺はあるアイデアを思いついた、というか思い出した。
もしかしたら打開策になるかもしれない。