order11. Sword Rimit

<夜、シカゴ市内・チャイナタウン>



 そうして迎えた夜9時。
グレイはある人物に協力を仰ぐためにチャイナタウンの高級レストランを訪れていた。
コートとホルスターをウェイターに預け、アジア系のスーツ姿の男たちがいる中をくぐり抜けて案内されるがまま席に座る。

奥で待っていたのは黒いスーツに身を包み、眼鏡をかけた切れ目の男。
髪は黒で、目を覆っている前髪は綺麗に7:3に分けられている。

彼の名は張 秀英チャン・シウイン。
アメリカに支部を置く三合会の幹部に籍を置く男だ。

「これはこれはグレイさん。貴方からお呼び出しとは珍しいことですね」
「ちょいとお話があってな。先に言っておくがラブコールじゃないぜ? 」
「ふふ、分かっていますよ。立ち話も何ですから座ってください」

上品そうに笑うものの、目は笑っていない。
油断ならない人物だ、と内心ため息を吐きつつグレイは言われるがまま席に座る。
ウェイターにそれぞれ前菜を頼むと、張はテーブルに肘をついた。

「それで、いきなり電話を掛けてきてここに呼び出した理由を説明してもらえますか? 」
「いきなり本題に入るのねぇ。ま、話すけどさ。俺達のところにある依頼が寄せられたんだ、"ロジャー・ウェンに会わせてほしい"ってね。あんたも知ってるだろう? 」

「……何の事かさっぱりですね? 」
「とぼけるなよ。まぁいい、んで一応保護は出来たんだ。しかし彼を付け狙っていた組織が俺の事務所に強奪しに来てな、事務所に風穴をたくさん空けてくれた挙句にそのじいさんまで攫いやがった」

「おやおや、なんともそれは。災難でしたね。お体の方は大丈夫ですか? 」
「なんとか全員無事さ。そこで、知り合いに聞いたんだがそのじいさんを攫った連中は"青龍会"っつー名前らしい。そこで、だ。俺達はそのじいさんを救出しに行くついでに、あんた等に協力してほしいってわけよ」

事の顛末を簡潔に説明すると、張は笑みを消してグラスの水を口に含む。
一挙一動とてグレイは彼から視線を離さない。
内心冷や汗を掻きながら、彼は張からの返答を待った。

「……我々が"青龍会"と膠着状態にある事をご存知で仰ってるんですか? やっと三合会も落ち着きを取り戻し始めています、それを破るのはとてもじゃないが聡明な判断とは言えない」
「確かにあんたの判断は正しい。けど、いつまでもこうしていられるか? いずれは決着をつけなきゃならない。俺達は青龍会に忍び込みに行く。いい機会だとは思わないかい? 」

両手を組んでから彼はその上に顔を置く。
鋭い視線がグレイの目を貫き、彼は思わず息を呑んだ。
もしかしたらこの後銃撃戦になるかもしれないと見たグレイは、知らず知らずの内に右足のブーツに手を延ばしている。

「いくら貴方に貸しがあると言えど、組織を動かすわけにはいきません。私個人としては協力したい気ではいるのですが、"三合会"という大きな組織のトップに立つ以上無闇に動くには理由がいるんです」
「なるほどねぇ……。そうかい、無理言ってすまんな。また酒でも飲もうや」

「ええ。そういえば、こんな噂を耳にしました。"青龍会"には強力な用心棒がいる、と。あと、あなたのコートのポケットに奴らのアジト周辺の地図を入れておきました」
「助かる。時間を取らせて悪かったな。それじゃ、また」

そう言うと彼はウェイターに一言告げ、席を立ち上がる。
一度振り返って手を振ると、張の方も笑顔で振り返してきた。
コートとホルスターをカウンターで受け取り、グレイはレストランを後にする。

「あのー……」
「はい? どうかしましたか? 」

「先程のお客様からご伝言です。"ここは俺が払っておいたから、好きなもんを食え"、との事らしいですが……。いかが致しますか? 」
「……全く、あの人は。では、お言葉に甘えるとしましょうか」

一人席に残された張に、困惑した様子のウェイターが近づいて来た。
彼は会計票と共に100ドル札を何枚も握っており、張の座るテーブルに置く。
やれやれ、と言った調子で頭に手を当てるとグラスの水を再び口に含んだ。
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<翌日、青龍会アジト前>


 張との会食を終えたグレイはその後事務所に戻り、無事地図を入手する。
ラリーを含めた5人での作戦を立てた彼らは、今日の深夜に青龍会のアジトへ潜入することに。
少々きつくはなるだろうがその為の作戦だ。

「んじゃあ作戦の確認から。まず俺とヘルガが奴らのアジトであるバーに客として侵入。そこで俺達が騒ぎを起こすからその間にお前らが裏口から潜入してくれ」
「了解。潜入の合図は? 」
「こいつ、さ」

いつも乗っている車を青龍会のアジト付近まで停めると、グレイは地図を懐から取り出して全員に見せるように中央で広げる。
シノの問いにグレイはホルスターから愛銃を抜き、彼の目の前でくるくると回した。

「そんじゃ、幸運を祈るぜ」
「陽動は得意。任せて」

「すまない、助かる」
「無事ロジャーさんを助けてみせますっ! 」
「お願いします、みなさん。どうかご無事で」


お互いに激励し合うと、グレイとヘルガは車を降りて運転手をシノに交代する。
二人は愛銃をホルスターに仕舞い、目的のバーへと向かった。
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<バー"蘭"、カウンター席>


 「いらっしゃい」

老人の声が店内に響き、僅かではあるが他の客から怪訝そうな目で見られる二人。
そんな視線を無視して彼らはカウンター席へと座る。
二人を怪訝そうに見たのはどれも目つきの悪いゴロツキばかり。

「ご注文は? 」

「バーボンをロックで。あ、彼女の方は酒飲めないからミルクかソフトドリンクを出してくれ」
「む。私も酒は飲める」
「んなこと言って酔いつぶれていつもおぶってくのは誰だ? 今日は勘弁してくれって」

無論の事、これもすべて演技に過ぎない。
ばれない様に彼女に視線を送り、彼らが来たことを知らせる。

「おいおい、いいじゃねぇか。飲ませてやれよ、な? 」
「姉ちゃん、こんなつまんねぇ男はほっといて俺達と飲もうや」

「やめてくれよおっさん。これじゃあアンタの頭が眩しすぎてグラスに光が反射しちまうよ」
「……てめぇ、今なんつった? 」

「聞こえなかったか? 耳まで遠いとは、アンタすぐに医者にでも行って来いよ」

騒ぎを誘発するように挑発するグレイ。
すかさず彼は怒り狂ったようで、懐からバタフライナイフを取り出す。

「この野郎……。俺が一番気にしていることを……」
「おーおー、あぶねぇって。仕舞えよそんなもん、碌な事にならないぜ? 」
「構うもんか! 野郎ぶっ殺してやらぁぁぁぁぁッ!! 」

今にもナイフを彼に突き刺そうとゴロツキはなりふり構わず距離を詰めて来た。
上体を右に逸らすことで突きを避け、ナイフを握る腕を締め上げる。

呻き声を上げながら彼はナイフを床に落とし、グレイは当身で気絶させた。
そんな様子を見てもう二人のゴロツキは一斉に彼に飛びかかる。

「マスター、もし何かぶっ壊しちまったらこいつらに請求してくれよ、なっ! 」
「うげぇっ!? 」
「ひ、ひぃっ! 」

飛びかかってきた男の腹部にボディブローを入れ、床に叩きつけると残り一人となったゴロツキは酒場から逃げだした。
幸い壊れた品物はなく、再び飲み直そうとすると背後から銃を突き付けられる音が聞こえる。
バー全体に張り詰めた空気が流れ、恐怖に慄いた者は店内から逃げ出していた。

握っていたグラスをカウンターに置き、グレイは両手を上げる。
すかさずヘルガがバーのマスターに逃げるよう合図を送ると、怯えたように彼は出口へと向かって行った。

「お前、ここがどこのシマだが知っているのか? 」
「勿論。"青龍会"だろ? しかもここはアジトのようなもんさ」
「ご名答だ。けど知っているんじゃあ……」

その瞬間、咄嗟に後ろを振り向き後頭部に向けられた銃口を左手で逸らす。
グレイを撃ち抜こうとしていた銃弾は明後日の方向へ放たれ、銃を向けた男に今度は隣にいたヘルガが横から銃を向けていた。

「銃を降ろして。私たちは不要な殺人は避けたい」
「おいおいおい……。お嬢さんまで銃を持ってるとはな……」

「戯れ言はいい。質問に答えろ。でなきゃアンタの鼻の穴がもう一つ増える事になる。ロジャー・ウェンはどこだ? 」
「さーて、どこだった――――」

期待した返答がないと見込んだグレイは男の銃を奪い取り、そのまま足を撃つ。
余裕そうだった彼の表情は一変して苦痛の顔に変わり、その場に倒れ込んだ。

直後男の仲間と思われる大勢のマフィアがバーへと突入し、グレイとヘルガは本能的にバーカウンターへと身を潜める。
瞬く間にチャイナタウンの酒場は戦場へと変貌を遂げ、銃声が鳴り響く地獄と化す。

「んじゃあ……。ショータイムだ」

二人は愛銃を片手に、戦場へと躍り出た。
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<同刻、酒場"蘭"アジト内・廊下>


 銃声がバーに響いた頃、シノ、ラリー、ソフィアの三人は誰にも気づかれないように二階の窓から建物の中へと侵入する。
敵も馬鹿ではないのか念の為に見張りを数人残しているようだ。
身を潜めるように廊下の角から顔だけを出し、三人はその様子を見守っている。

「……さて、ここからどう行ったものか……」
「虱潰しに探してみますか? けどそれじゃあ時間がかかり過ぎちゃいますけど……」
「それは不効率だ。ここは見張りの人間を捕まえて聞き出すとしよう」

ラリーは頷くことで二人の意見に賛同し、視線を廊下に戻した。
依然として銃声は鳴り止まず、同じように見張りも廊下を交互に行き来するだけである。

「んぶっ!? 」
「静かにしろ。さもなくば殺す」

彼が角に通りかかった瞬間にラリーがその巨体からは信じられない速度で見張りの男を締め上げ、それと同時にシノが刀を男の首にちらつかせる。

「それでいい。俺達はロジャー・ウェンを探しているんだが、お前はどこにいるか知らないか? 」

見張りの男は怯えながらも廊下の先を指差し、三人にロジャーの居所を教える。
男を気絶させ、傍にあった椅子に座らせるとシノ達は示された廊下を足音を立てずに走った。

その時である。


「ッ!? 伏せろっ! 」

咄嗟に二人の背を無理やり屈ませると、シノはそのまま抜き身の刀で何かを弾く。
それが投げられた中華剣と気付く頃には既に彼は壁に叩きつけられていた。

ラリーとソフィアはハッとしたように後方を振り向くと、シノと紫髪の男が互いの刀で鍔競り合っていたのである。
すぐにソフィアが手にした"MP7"で紫髪の男を狙い撃とうとするが、生憎両者は向かい合っている為にシノに誤射し兼ねない状況であった。

「行けっ! 俺の事はいい! 」
「けどシノさんが! 」
「構うな! 後から必ず追いつく! 早くしろっ! 」

状況を判断したのかソフィアは身体を翻して廊下を進む。
それに続いてラリーも廊下の奥へと消えていった。

二人が無事に逃げたことを確認すると、シノは迫り来る中華剣を弾いて距離を取る。
一旦刀を鞘に仕舞い、抜刀の構えを取ると相手の方も得物を抜き身のまま切っ先を向ける。

「禊葉一刀流、シノ・フェイロン……」
「呉式太極拳、リー・ウォーカー……」

「いざ、尋常に! 勝負ッ!! 」

鋼の交わる音と共に、戦いの火蓋は降ろされた。

旗戦士
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旗戦士

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