order15.昨日の敵は今日の友

<翌週、なんでも屋アールグレイ事務所>


 「"ターゲットの護衛"? 」
「あぁ。匿名の依頼者から前金4万ドルと一緒に封筒に同封されててな。手紙には場所と時刻の指定、あと護衛対象の詳細が記されていた」

「匿名ってとこが胡散臭ぇな。そのほかに入っていたものは? 」
「何もない。前金を同封していたということはほぼ強制的にやらせるつもりだろう」

「なーんか気に食わねぇなぁ。ま、こんな大金貰ってんだからやらないはずはないんだが。シノ、足の調子はどうだ? いけそうか? 」
「問題ない。今まで休んでしまった分を取り返してみせよう」

 平日の夕方のことであった。
いつものように休憩室で一息ついているグレイの元に分厚い茶封筒が届き、不審に思いながらも彼はその封を切る。
中身の安全が確認できると、彼は中身を全てテーブルに置いた。

「しっかしまあ、連中も野暮なことするねぇ。匿名で依頼を強制的に請けさせるなんて一般人じゃそうそうできないやり方だ。確実に裏の人間だろうよ」
「と、という事はまた銃を撃ちまくったり撃ちまくられたり……? 」

「十中八九、そういったケースだろうな」
「またですか……。私ああいうの苦手なんですよ……」

「まあまあ、そんなにしょげんなよ。もし神様が守ってくれたらドンパチもしないで家に帰れるかもしれないぜ? 」
「柄でもないこと言わないでください。銃の手入れは欠かしてないんでいいですけど」

うんざりしたようなため息を吐いて、ソフィアはグレイの向かい側のソファに座った。
そんな彼女にグレイはコーヒーを差し出しながら、頭をなでてやる。

「……いや、私撫でられても機嫌よくなりませんよ? 猫じゃあるまいし」
「あれ? そうだった? じゃあカリカリあげよう」

瞬間ソフィアの拳がグレイの脳天にめり込み、口に含んでいたコーヒーをテーブルにぶちまけた。

「ぶぶっ!? 」

コートの下に着ていた白シャツにも飛び散り、茶色い染みが点々を跡を残している。
そっとシノがナプキンを渡してやると彼は口元を拭く。

「あんにゃろ……。一応雇い主の頭を思いっ切りやりやがって……」

「ま、当然の報いだとは思うがな。誰だって動物扱いされたら嫌だろう」

「ヘルガの事は毎回妄想で裸にするのに? 」


先程とは比べ物にならない鈍い音が事務所に響いた。
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<夜・シカゴ高級住宅街>


 弾薬や武器などの準備を全て整えた後、ヘルガにも協力してもらう事になったグレイ達は封筒に同封されていた地図の場所へと向かう。

「おお、こりゃあクリスさんの時に来たとこみてえだ」

閑静な高級住宅街を車で抜けると、目の前には大豪邸と呼ぶにふさわしい大きさの建物が彼らの視界に入った。
グレイは誘導されるまま駐車場に車を停め、トランクから荷物を取りだす。

「ほぉ~……。こりゃまたでけぇ家だこと」
「護衛というのはこの豪邸の家主を守る、という事か」

「ここまで大きいと逆に襲撃が容易。だから私たちを収集したと推測」
「出来れば何事もなければいいですけど……」

トランクの床をめくるとそこにはアサルトライフルやサブマシンガンなど多くの火器が隠されており、グレイは右端にある"HK416"を片手に取るとドットサイト、サブグリップを取り付け、スリングを右肩に掛けた。

「こいつを忘れちゃあいけねぇな」

無論の事黒色のサイドアームには愛銃のM586がホルスターに差し込んであり、反対側にはHK416の予備マガジンも収納されている。


「珍しく重装備。用心してる? 」
「あぁ。さすがにこいつだけじゃ心許ないからな。事務所の武器庫から引っ張り出したよ。ほれ、ヘルガ。セミオートライフルだけど大丈夫だよな? 」
「むしろ私はそっちが専門。スコープも付けてくれると有難い」

彼が手渡したのは等倍スコープを取り付けた"M14"。
ヘルガも同じようにスリングを右肩に掛け、サイドアームには"ワルサーP99"を装備した。

「な、なんか二人とも軍人っぽい装備がとても似合いますね……」
「二人は以前軍に所属してい――――」

思わずシノがそう口走った瞬間。

「それ以上言うな! 昔の事なんかいいだろ! 」

いつもは軽く流したりするのにも関わらず、グレイは怒号を上げて怒りを露わにする。
空気が一変し、反射的にグレイはM586をシノに向けてしまう。

「す、すまん。昔のことを言われるのは誰だって嫌だろうな。俺が悪かった」
「……いや、いい。俺もいきなり怒っちまって悪かったよ」
「グレイ……」

彼が本気で怒っている所を初めて見たソフィアは唖然としたままで、ただグレイを見つめた。
ばつが悪そうに頭を掻くその姿は、自分の過去をひた隠しにしているようにも見える。


「空気悪くしちまって悪いな、二人とも。装備を整えたら早く邸内に行こうぜ? 」
「あ、は、はい。気にしないでくださいよ」

「ソフィアの言う通り。依頼に支障が出たら困る」
「相変わらず可愛げのないこと」


そういつも通りの笑顔を見せて詫びを入れると、グレイは先に邸内へ向かう。
まるで、詮索されることを恐れているように。
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<邸内・大広間>


 豪邸の入り口に立っていた見張りの男に封筒を見せると、4人は大広間へと案内された。
扉を開けると無造作に置かれたテーブルとイスに座る多くの男女がそこに佇んでいる。
おそらくグレイ達と同じように封筒を渡された裏社会に通ずる人間達だろう、それぞれ愛用の得物を装備していた。

「お、おい……あれって……」
「し、"死の芳香"と"白鞘"だ。あいつらもここに来てるとなると相当な面子だぞ……」

彼らの姿を見るなりざわめきが起き、それを一瞥しながらグレイ達は空いている席へ向かう。
あまり注目されるのに慣れていないのか変な違和感を彼は覚えた。

「隣いいか? 空いてる席が少なくてな」
「ん、別に構わ――」

4人分座れる席が他人と相席になる座席しかない為、グレイはその席にいた男に声を掛けると、見覚えのある男が振り向く。
黒いぼさぼさの髪に人相の悪い顔、赤いシャツに黒いズボンの男はグレイを見ると同時に立ち上がった。

「く……くはははははは!! こんなとこで会うたぁなぁ! まったく、テメェとは運命の赤い糸で繋がれてるのかもな! 探したぜ、アールグレイ・ハウンドさんよぉ? 」
「こりゃ厄介な奴に巡り会ったもんだ。なんでお前がここにいるんだよ? ティーパーティーにでもしに来たのか? 」

男はグレイに黒塗りの"コルトパイソン"の銃口を向ける。
同じように彼もゆっくりと"M586"を男の眉間に立てた。
瞬間シノの白鞘の切っ先が男の首元に突き付けられ、彼はシノを濁った眼で睨み付ける。

「キッド! 何をしているんですか、早く銃を降ろしなさい! 」
「あぁ? うるせぇんだよクソッたれ。テメェが指図する権利でもあんのか? 」
「大アリです。もし銃を降ろさなければ僕があなたを撃つ」

その緊迫した空気も、キッドの背後から現れたスーツ姿の金髪男により壊された。
色鮮やかな金の髪の毛を綺麗にセットしている。
無理やりキッドに銃を降ろさせると、彼はグレイ達に丁寧に頭を下げた。

「すいません、アールグレイさん、シノさん。うちの者が失礼を働きました」
「いや、いいんだよ。それより俺を殺す依頼はどうした? もう掛かってこねぇのか? 」

「あの依頼は破棄させて頂きました。キッドの方は納得いってないようですが、無視してもらって構いません。僕は"便利屋ワイルドバンチ"のハーヴェイ・ローワンです」

ハーヴェイと名乗る男はグレイに手を差し出す。
怪訝そうな顔をしつつもハーヴェイの手を握り返した。

「"なんでも屋アールグレイ"のアールグレイ・ハウンドだ。こっちの女男はシノ・フェイロン、チビがソフィア・エヴァンス、んでこの美人がヘルガ・サンドリア。今後はこういう事ないように頼むよ」

「誰が女男だ! 」
「誰がチビですか! 」

脛と頭に重い一撃が走り、思わずグレイは悶える。

「仲が良さそうで何よりです。こちらはキッド・マーキュリー。目つきが悪くて犯罪者予備軍みたいな顔をしているでしょう? 」
「ま、もう既に犯罪なんざ犯しまくってんだがな」

汚い笑い声が大広間をこだまし、やれやれと言った調子でハーヴェイは手に頭を置く。
ようやく痛みから解放されたグレイは頭をさすりながら立ち上がった。

「いてて……あいつら派手にやりやがって……」
「へっ、泣く子も黙る"死の芳香"さんがあんな連中に尻に敷かれてるとはな。まあ一時休戦といこうや、アールグレイ・ハウンドさんよ。俺たちを呼びつけた野郎が出てきたみたいだぜ」

「……意外とあっさりしてるんだな、お前」
「そりゃ無抵抗の奴捕まえて殺すなんて真似はしたくねぇさ」

キッドが指差した先には大広間のホールに立つ小太りの男。
いかにも贅沢をし過ぎて太ったというような風貌であり、大声を張り上げて大広間にいた全員の視線を一斉に向けさせた。

「今夜諸君に集まってもらったのは他でもない。私の元に私の暗殺を実行する文書が届いたので、諸君らに今日一日護衛をお願いしたい。無論前金の他にちゃんとした報酬も出す。もし連中が来なければ諸君らは何もしないで大金を手にすることができるぞ」

「その暗殺を計画した奴ってのはいつぐらいに来るんだ? 具体的な情報がないと俺達も行動しにくい。明確にしてくれ」
「……申し訳ないが、私のそういった情報は分からない。君たちには常に警戒しておいてもらいたい。頼む、この通りだ」

律儀に頭を下げてきた行動にグレイは驚き、辺りは静まり返った。
何を思ったかキッドは小太りの男が立っている隣まで歩みを進める。

「クライアントは金を払ってまで頭を下げてる。てめぇらはいつまでそこでアホ面かまして立ってるつもりだ? やるのか、やらねぇのか。はっきりしろよ、タマ無し野郎ども」

隣にいたソフィアがドン引きする声を発し、相方のハーヴェイは顔に手を当ててため息を吐く。
怒号や罵声が大広間を覆い、不敵に笑みを浮かべるとキッドはドヤ顔で彼らの元へ戻ってきた。

「あなたは何やってんですか!! 本当に余計な事しかしないで……!! 」
「そう怒るなって。禿げるぜ? 」

「怒らせてるのは誰ですか! まったく……僕の計画が台無しですよ……」

「"タマ無し野郎"ね。こりゃあずいぶんと煽られたもんだねぇ」
「やれやれ。まるでどこかの誰かを連想させるふてぶてしさだな」

ハーヴェイの怒号が辺り一帯に響き、グレイ達は思わず苦笑する。
グレイも同じことを考えていたせいか、シノの言葉は否定できずにいた。

「ま、見張りがてら煙草でも吸いながら辺りを散策してくる。こううるさくちゃ敵わん」
「分かった。俺達はここに残っていよう」

「お、タバコ行くのか。どうせなら俺も行かせてくれよ、殺し合った相手とタバコを吸うなんて初めての体験だからな」
「お前どんな神経してんだよ……」

平気な顔でグレイの後を付いて来るキッドを見て、彼は思わず引いてしまう。
そんな視線を気にせず、二人は人の波を掻き分けて大広間を出た。
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<邸内、庭園>


 しばらく適当に言葉を交わしていると開けた庭園に出る。
所々に綺麗な花が植えられており、毎日使用人が手入れをしているのを想像させた。
二人が庭園の中を歩いていると、ちょうどいいベンチを見つける。

「よっこらせっと。一本吸うか? 」
「いらねぇ。自分の持ってっからよ」

冗談交じりに懐から煙草の箱を取り出しキッドに向けるが、その厚意を無駄にするように彼は胸ポケットから黒いライターとタバコを取り出し、口に咥えて火を点けた。
以前殺し合った人間とこのようにタバコを吸うなんて事は異例すぎる光景である。

「……お前にひとつ聞きたいことがある」
「あん? なんだ、言ってみな」

「俺を付け狙ってた時、どうしてシエラを人質や手段の一つとして考慮しなかった? 」
「ハッ、何を聞くのかと思えばそんな事かよ。俺ぁ表の連中は巻き込まない質でね、あの女を人質にとっていたらアンタと全力で殺り合えないだろ? 」

「良くも悪くもお前は戦闘バカだな……。そんなに決闘がしてーならタイムスリップでもして西部開拓時代に戻ったらどうだ? 」
「できたらしてるっつーの。ついでにアンタも殺してるとこだ」

険悪な空気が生まれたところで、二人は同時に笑い出す。
酒を飲んだら飽きなさそうだ、と彼は一人心の中で思う。

「――――で。いい加減出てこいよ。こそこそ嗅ぎ付けられるのは好きじゃない」
「そうそう。いつまでもそんなとこにいると風邪ひくぞー? 」
「……」

瞬間。
タバコを咥えながら二人はベンチを蹴り上げ、背後から迫る銃弾を凌ぐ。
以前彼らがいた邸内から銃声が聞こえた。

「おー、どうやら奴さん来たみたいだな。どうする? 」
「どうするも何も、全員ぶっ殺して金をたんまり貰おうや」

「賛成。んじゃ行くか、"クソ野郎"」
「またそれか。懲りねぇな、"クソ野郎"」

ニヤッと口元を吊り上げ、二人は一斉にベンチの外へ飛び出す。

「そこを退きなァ! "死神"と"疫病神"のお通りだぁッ!! 」

旗戦士
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旗戦士

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