order17.Hunt Down Traitor

<邸内・二階廊下>

 ハーヴェイから連絡を受けたグレイは、無線を切りタバコを吸う。
無論のこと辺りにいる敵を一掃してからだが、側にいるシノとキッドに迷っていないことを悟られない様に彼は思考した。
"投げナイフの男"……グレイの脳裏には今その事にしか頭にない。


(……落ち着け、落ち着けグレイ。必ずしも奴だとは限らない……)
「グレイ? どうかしたのか? 」

「あ、あぁ……。悪い、ちょっと疲れが溜まってたみたいでな」
「頼むぜ、アンタがしっかりしないと俺達みんな死ぬハメになるんだからよ」


そう二人に取り繕うも、彼の頭には"裏切り者"の事で頭がいっぱいだった。

鮮烈に蘇る悪夢が、脳を支配する。

仲間たちの血が地面を染め、残されたのは若きグレイただ一人。
火の海と化した大地が"裏切り者"と彼を囲い、"裏切り者"はグレイを嘲笑う。
彼自身も満身創痍の身体で地に伏し、その時グレイは死を覚悟する。
しかし"裏切り者"は嘲笑した顔のままグレイを残し、ヘリでその場を後にし、彼を生かした。

「ッ……! 」

"敵に生かされた屈辱"と"仲間を守れなかった無念"が今のグレイを覆う。
頭痛が、彼を襲った。

「……ッ!? 」
「おいおい、本当に大丈夫かよ? 二日酔いなら胃腸薬持ってるぜ? 」

「無理はするな。ここで休むか? 」
「……うるせぇ、いらないに、決まってんだろ……」

荒い呼吸を整えながら、グレイは壁に手を付けて立ち上がる。
邪魔だ、と脳内の悪夢を一蹴すると彼は一心不乱に歩き始めた。

「ま、そういうならいいんだけどよ」
「行くぞ……。はぁ、はぁ……まだ残ってる奴らがいるから……」

「……いや、お前はここに残れ。そんな状態でついて来られたら足手まといだ」
「んだと……? 」

吐き捨てるようにシノはグレイを無理矢理座らせる。
その行動は彼を苛立たせるのには十分であった。

「もう一度言ってみやがれ……」

グレイはシノの胸倉をつかむ。

「足手まといだと言った。お前が心の中に何を抱えていようと、俺達には関係ない。生きるか死ぬかだ。今この場では、その事実しか存在していない。お前が一番痛感している事だろう? 」

正論だった。
ばつが悪くなったグレイは彼の胸倉から手を離し、左肩に掛けてある"Hk416"のグリップを握り直す。

「……ちっ、ここで喧嘩してもしょうがねぇ。足手まといになるのかはお前らが決めろ、けど俺は行くぜ。全員ぶっ殺さねぇと気が済まねぇ」
「そうか。後ろは任せた。前は任せろ」

彼の言葉を聞いた瞬間、シノは落ち着いた様子で愛用の白鞘を片手に歩き出す。
ため息を吐きながらその後ろをキッドとグレイがついていく形となり、険悪な雰囲気になりながらも三人は再び足を進めた。

「待て」

廊下の角にたどり着くと足音が聞こえる。

「シノ、その廊下の曲がり角にいる」
「了解。先制する」

息を潜め、目を合わせる三人。
その直後にキッドがスタングレネードを廊下の床に転がし、壁にぶつかるとともに強烈な閃光を辺り一帯に生み出した。

「な、なんだ!? 敵襲か!? 」

その光にたじろく声が幾つか聞こえ、瞬時にシノが白鞘を抜刀の構えをとった状態で襲撃者達の前線へと躍り出る。

「禊葉一刀流、"天津風"」

前方にいた3人の腕のみを斬り捨て、彼は一気に敵の間を駆け抜けた。

「あっ、がっ」

血飛沫と悲鳴がこだまするなか、キッドとグレイはそれぞれ手にした"コルトパイソン"と"HK416"でトドメを刺していく。
残った二人は恐怖に慄いた悲鳴を上げるが、シノの"グロック17"とグレイの"HK416"により永遠に沈黙する羽目となった。


「これでここら辺の敵は一掃済みか? もう他の連中も倒しただろ」
「あぁ。掃討した部屋には印を付けてある。クライアントの元へ向かおう」
「俺ぁここらで監視でもしとくかぁ。二人とも、先に行ってくれや」

「その装備だけでいいのかよ? お前死ぬかもしれねぇぞ? 」
「へっ、俺を誰だと思ってんだ? 泣く子も黙る"ワイルドバンチ"だぜ? 」

辺りは銃創と血で塗れ、凄惨極まりない光景となっている。
キッドは不敵に笑いをこぼし、壁に寄り掛かってタバコを吸い始めた。
そんな彼に呆れつつもグレイとシノは再び来た道を戻ろうと先程の廊下へ歩みを進める。

瞬間。

「な、なんだテメェら!? 」
「やめろ……!! 来るなっ、来るなぁっ!!? 」

静まった廊下に銃声の混じった怒号と断末魔が響き渡り、三人の身体を強張らせた。
休憩したキッドも先程の不敵な笑みは消え、二人の元へ走って来る。

「……グレイ」
「分かってる。先にヘルガたちを呼んでから俺達が先行してクライアントを襲撃した連中を叩く」
「クソッたれ、奴らこれが狙いだったかぁ」

急かす様に彼らは身体を動かし、目的の部屋へと走リ出した。
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<邸内三階・家主の私室>

 物音の聞こえた部屋へ一番乗りにたどり着いた三人は、それぞれ手にした銃を構えながらドアを蹴破り私室へと突入する。
そこには既に屍となっている傭兵達の死体の側に6人ほどの黒ずくめの襲撃者達がクライアントの男を取り囲んで拘束している様子が三人の目に映った。

しかし、グレイにそんなことは関係ない。

「ここに……いたのか……」

彼が一点に見つめる先は、その黒ずくめの連中の輪の中心に立つ人物。
三人が突入するなり、奴らは一斉に銃を彼らに向ける。

「……やぁ、君たち。遅かったじゃないか」
「速やかに拘束を解け」
「言われて解く馬鹿がどこにいるのかな? 」

睨み合う状況の中で、黒ずくめのリーダーらしき人物が余裕の口調で話し始めた。
今視認が可能な彼の得物はサイドアームに付けられた"コルト・デルタエリート"のみ。

「やっと見つけた……。みんなの……仇……」

グレイは確信する。
そのリーダーこそ、自分の探していた人物だと。

「ラインハルト……ッ!! 」
「おや? 誰かと思えばグレイ君ではないか。生きていたんだな」

「ほざきやがれ……! テメェを殺す為だけに今まで俺は行きぬいてきたんだ……!! 」
「それはそれはご苦労だった。どうしたい? あの大馬鹿者たちの元へ行きたいかな? 」

彼の変貌ぶりにシノは内心驚く。
ラインハルトの言葉に激昂したのか、今にも彼は"HK416"の引き金を引きそうだ。
それを制止するかのごとく、ラインハルトはクライアントの男の首を腕で絞める。

「おおっと、動かないでくれ? そしたらこの男の喉笛を掻っ切る事となる。そんな悲しい結末は嫌だろう? ――――あの時のようにな」
「……ッ!! 」
「グレイ!! 挑発に乗るなッ!! 」

スローディングナイフを指の間に挟み、男の喉元に近づけながら窓へじりじり後退するラインハルト達。
ハーヴェイの言っていた男とはラインハルトの事だった。

「グレイ君。私たちが逃げるまでの間、昔話でもしないか? 私は久しぶりに君に会えて嬉しいんだ」
「…………」

「君がまだ軍の特殊部隊にいた頃、初めての任務でテロリストを初めて殺した時の事を覚えているかい? あの時は君も若かったねぇ。初めて人を殺す感覚が怖いと、君は言っていたな。それが今ではどうだ? 余裕の表情で引き金を引き、今や"死の芳香"として恐れられる人物にまで成長した」

ラインハルトは被っていたマスクを脱ぐ。

「素晴らしいよ、グレイ君。私たちの隊長も、ジークもきっと喜んでいるはずさ」
「テメェが、あの人の名前を喋るなァッ!! 」

激昂の声と共に"HK416"の引き金をラインハルトの腕目掛けて引き、軽快な銃声が部屋全体を包んだ。
だが怒りで我を忘れるグレイではなく、ラインハルトの腕にアサルトライフルの弾が掠る。

「殺す……殺す殺す殺すゥッ!! 」

そのタイミングを逃さない様にシノがクライアントの男をラインハルトの腕から引き剥がし、その後ろでキッドがありったけの銃弾を放った。

「グレイ……貴様ぁっ!! 」
「ラインハルトぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!! 」

投げられたスローディングナイフがグレイの肩と下腹部に刺さり、思わず彼は吐血する。
だがグレイは引き金を引き続けるのを止めず、周囲にいた襲撃者達を無我夢中で殺した。

「撤退する! 残っている者は窓へ出ろ! 」
「逃がすか……ごふっ!? 」

身体を襲う強烈な痛みにグレイはその場で座り込む。
既にラインハルトは生きている黒ずくめの連中を連れて撤退していた。
また逃がした、とグレイは血を流しながら唇を噛みしめる。

「グレイ! 無事か! 」
「……悪ぃが、手を貸してくれ。クライアントは? 」

「この通り無事だ。ありがとう、今すぐ救急車を呼ぶ」
「いや……警察に嗅ぎ付けられたら厄介だ……。自分たちでやる」

「なら二階にある手当の道具を使ってくれ。案内しよう」

小太りの男はグレイに肩を貸し、先に私室を出た。

「キッド、お前も怪我はないか? 」
「あぁ? 俺ぁ大丈夫だよ。いいから早く行ってやんな」
「……恩に着る」

そう言うとシノも先に出て行った二人の元へ走り出す。
穴と血まみれの部屋には、キッドのみとなった。

「……ラインハルト……ねぇ……。ま、俺には関係ないか」

柄にもなく独り言をつぶやくと、キッドはタバコを取り出す。
死体を一瞥しながら彼はタバコに火を点けた。

「グレイさん! シノさん! ……って、あれ? 」
「お、あいつんとこのソフィアちゃんか。もう終わっちまったぞ」

「……キッド、グレイたちはどこに? 」
「怪我して二階へ手当しに行った。ナイフが刺さったみてーだ」

「クライアントは無事なのか? 」
「シノとかいう女男が真っ先に助けてたさ。ま、これで報酬は確定だな」

呆気にとられていたソフィアはその場で座り込んだまま少し恥ずかしそうにしていた。

「この襲撃者の首謀者はラインハルトっつー男だとさ。」
「……やはり、その男……」

「ラインハルト……ドイツ出身かねぇ? 」
「……そ、その名前に憶えがあるんですか? ヘルガさん」

気まぐれにキッドが呟くと、ヘルガは表情を少しだけ俯かせる。
おそるおそるソフィアが彼女に尋ねると、ヘルガは迷った様子を見せてから口を開く。

「グレイは以前、対テロ組織特殊部隊"ハウンド"に在籍していた。ラインハルトは、その部隊の副隊長を当時務めていた」
「……ぐ、グレイさんが? どおりで重装備が似合ってると思ったら……」
「んで、そのラインハルトってのはグレイの兄ちゃんとどんな関係が? 」

デイビッドの質問にヘルガは顔を俯かせた。
だが、彼女は続ける。

「……ある任務の際にラインハルトが裏切り、グレイ以外全員死亡した。ラインハルトは……グレイの仲間の全員の仇」

衝撃が、全員を襲った。

旗戦士
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旗戦士

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