order4.チャペルより愛を込めて

<なんでも屋アールグレイ、事務所>


昨夜酒を飲んだのにも関わらず、珍しく今日は目覚めが良い。
事務所兼自宅の洗面台で顔を洗うと、グレイは歯を磨き始めた。

現在朝の8時。
歯磨きを終えて朝食に冷蔵庫からパンと牛乳を取り出し、彼はテレビの電源を点ける。


『昨夜未明、シカゴ市内の倉庫地区で大規模な火災が発生し、13名もの男性が死亡しました。警察は出火元から放火の可能性があると見て捜査を進めています』

「しかし一気に火を放つたぁ、一流のマフィアはやることが違うねぇ。ま、俺は稼がせてもらってるから文句なしなんだがな」


そう独り言を呟くとグレイは一気に牛乳を飲み干す。
やはり朝は牛乳に限る、と一人思慮に耽っていると事務所の扉が開く音がした。

こんな朝早くから客が来るとはずいぶん熱心なものである。
あと一口のパンを頬張ると、彼は声に応じた。

「すいませーん! 今日予約をしていた者ですがー! 」
「はいはーい、今行きますよー」

若い女の声に少しテンションが上がるが、ここでがっつくのであればなんでも屋の評判が下がってしまう。
金を貰って仕事する上での最も基本的な事と言えよう。

「"なんでも屋アールグレイ"のグレイさんですか? 先日お電話させて頂いたエマ・ラドクリフといいます。朝早くから押しかけて申し訳ありません」
「いえいえ。大丈夫ですよ。じゃ、早速そこに座って頂いて依頼の内容をお話しましょう」
「はい」

綺麗なキャリアスーツに身を包み、礼儀正しくお辞儀をしてから彼女は座った。
どうもこういう固い奴は苦手だ、と心の中で思いつつグレイは話を切り出す。

「それで、今日はどういった内容でこちらに? 」
「はい……。実は私恥ずかしながら翌日に結婚式を控えているんですが、それが望まない相手との結婚式を挙げなければいけないんです」

「……と、いうと? 」
「政略結婚、と言いましょうか。私には本当の恋人がいたのです。ですが、両親がその人との結婚を許さずに勝手に結婚を取り決めまして……」

「なるほど、貴方の最愛の人と結ばれることが許されない……というわけですね? 」
「簡潔に言えばそうなります。それで、貴方がたに依頼したい事というのは結婚式当日に"私を式場から連れ去って"欲しいんです」

彼の言葉を聞いた瞬間グレイは全てを察し、心の中でため息を吐いた。
今回の依頼は骨が折れそうな内容である。

「内容は分かりました。今回の依頼、私たちでも難しい内容と言えます。その分料金の方が高くなってしまいますが、よろしいですか? 」
「……はい。お金なら大丈夫です。元より多く支払うつもりでいました」

「そうですか。では報酬10万ドルでいかがでしょう? 」
「交渉成立です。では、明日の件について詳しくご説明致しますね」

そう言うとエマは鞄から結婚式場の全体地図を取り出した。
今週は金が一気に入るな、とグレイは一人不敵に笑う。

「まずグレイさんには会場の警備員として式場に侵入してもらいます。その後、式の終盤で私と新郎がチャペルを出る瞬間に貴方が私を攫い、そして裏手に停めてある車で私とグレイさんで式場を抜け出す、という感じです」

「分かりました。その作戦を元に我々は行動します。少し改変点があるかもしれませんがよろしいですか? 」

「ええ、構いません。もし作戦を変えたらこの電話番号にご連絡をお願いします」

机の端にあったメモ帳の紙を切り取り、そこに彼は自分の携帯電話の番号を書いていく。
その紙を受け取るとグレイは自分の携帯にその番号を打ち込み、エマの番号を登録しておいた。

ちなみにこの携帯はプリペイド携帯なので、捨ててしまえば二度と彼女に繋がることはない。

「では、また後ほど。これで失礼します」
「はい。ありがとうございました」

辞令を済ませ、グレイはエマを出口まで見送った。
彼女が出た事を確認すると、彼はため息を吐く。

「はぁーぁ、やっぱ営業スマイルは疲れるわぁ。おかげで肩凝っちまった」

自ら肩を揉み、凝りをほぐすと彼は台所へと戻りコーヒーメーカーの電源を入れた。
コーヒー豆を入れ、しばらく待っていると事務所の扉が開く音がする。

「ういーっす、シノ。でかい依頼が――――」
「えーっと、その……人違いかなーって思うんですけど……」

思わずグレイは唖然とする。
事務所の中にいたのは女のような長い銀髪を携えたシノではなく本物の女がいたからだ。

茶色のショートヘアに、可愛らしい猫のような目。
年齢は外見から見て10代後半だろうか。

「あーその、お嬢ちゃん? こんなとこに何か用か? 」
「わ、わたし"ソフィア・エヴァンス"って言います! 押しかけていきなりなんですが、ここで働かせてくださいっ! 」

「…………お嬢ちゃん、ここはマクドナルドでもないし、ガールスカウトでもない。アルバイトするなら他所へ行ってくれ」
「えっと……私もう21超えてますけど。普通に23です」

再びグレイは唖然とする。
いくらなんでも童顔すぎないだろうか、とグレイは内心思ってしまう。
風俗ならその手の性癖の連中に受けが良さそうだが。

「あっはっは、大人になりたがる年頃だもんな。お兄さんそういう気持ち分かるぞー、友達のみんなには黙っていてあげるから大人しくおうちに帰るんだ、オーケー? 」
「じゃあこれ見てください。免許証です。生年月日のところ確認してみてくださいよ」

机の上に差し出された免許証を見て、グレイは戦慄する。
免許証には確かに「1972年5月6日生まれ」と記されていたからである。
幾多もの疑問が浮かんでいるうちに、男の声が彼の疑問を遮った。

「……確かにその子は大人だ。いい加減認めた方がいいぞ」
「あ、さっきの女男さん! 」

「誰が女男だ! さっきからその呼び名はやめろと言っているだろう! 」
「あははー、そうでした? 」

「ぷーくすくす、泣く子も黙るシノさんが女の子に押されてるぅ~」
「叩き斬るぞ」

いつの間にか事務所の中にいたシノが彼の隣に立っており、ソフィアに大声を上げた。
というか既にこの場に段々馴染んできているのではないだろうか。

「……はぁ、分かったよ。お前さんが大人っつーことは分かった。その前に面接だ」
「や、やっぱ面接あるんですね……。履歴書忘れちゃいました……」

「あ、履歴書はいいよ。ただある事を聞くだけさ」
「ある事、ですか? 」

そう彼女が尋ねるとグレイの目が変わることにソフィアは気付いた。
少し体を強張らせ、真剣に彼の目を見つめる。

「人を殺せるか? 人から物を奪えるか? 俺達がやっているのはそういう仕事だ、甘っちょろい覚悟で来てもらっちゃ困るぜ? 」

「……! 」

「言ったろ? ここはマクドナルドでもないし、ガールスカウトでもない。ビジネス街にあるような証券会社でもないし、一流企業でもない。ただの汚れ仕事だ。それでもやるか? 汚れたところへわざわざ身を投じるのか? 決めるのはお嬢ちゃん次第だ」

ソフィアは俯く。
一呼吸置いてグレイは立ち上がろうとすると、彼女は叫んだ。

「――――やります! もう、後には退けないから。どんなことでも、やってみせます」
「……そうかい、珍しいお嬢ちゃんだ。だが、いい返事だぜ。合格だ、うちで雇ってやるよ」

「ほ、本当ですか!? 」
「大きな声出すなって。お前さんにはうちで事務員をしてもらうぜ」

予想外の答えに彼は少し戸惑ったが、それを顔には出さずに会話を続ける。

「事務員……ですか? 」
「そうだ。丁度俺達のとこって事務的な仕事をする人間が足りてなくてな。その時期にお嬢ちゃんが来たってワケ。ま、仕事内容は後で教えるから。とりあえず歓迎会も兼ねて飯でも食いに行こうや」

「そういう事だ、行くぞ。ソフィア」
「え、ちょっ、いきなり過ぎませんかぁ!? 」

「はっはっは、答えは聞いてない」


あまりの行動の速さに戸惑うソフィアを一瞥し、グレイ達は事務所を出る。
こうして、なんでも屋の一員に新たな面々が揃ったのであった。
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<翌日、結婚式場>


そうして迎えた依頼日当日。
新人のソフィアとシノを裏手の駐車場で車に乗せて待機させておき、グレイは警備員の制服に着替えて単身結婚式場へと侵入した。

作戦の概要はこうである。
①会場の警備員に扮したグレイが式場へ侵入し、新郎新婦が出てくるまで待機。
②新郎新婦が出てきたその後、特製煙玉を使用し花嫁を誘拐し裏手へ。
③駐車場に停めてあるバンで着替え、その後式場を脱出。

眠そうに欠伸をした後、彼は耳に装着している無線機で外にいるシノとソフィアに通信を呼びかける。

「こちら警備員、配置に着きましたよーっと」
『はいはーい、こちらソフィアです! 無事侵入できたみたいですね! 』

「俺にかかればこんなもんちょちょいのちょいよ。ま、これから新郎新婦が出てくるそうだ。頃合いを見計らって舞台裏の花火設置場所まで向かうわ」
『了解でーす! それまで周囲に怪しまれない様に気を付けてくださいよ? 』

「新人のお嬢ちゃんに心配されるほどやわじゃねーよ。んじゃあな」

無線機越しに聞こえる反論の声を無視して、グレイは通信を切った。
新人にしてはかなり通信に慣れているが、過去にそういった経験があるのだろうか。

グレイは怪しまれないように視線を動かし、時間をかけて花火の設置してある裏手へと向かう。

「このグレイ印の煙花火をセットして……っと」

懐から5㎝大の玉を取り出し、花火を撃ち出す筒に素早く入れた。
周囲を見回すと誰にも不審がられてはおらず、これで依頼の第一段階は成功である。

早急にその場から立ち去り、何事もなかったように元の配置へと戻ったグレイは、再びソフィア達へ通信を送ることにした。

「こちらグレイ。セット完了だぜ」
『了解! 付近の監視カメラをハックして花火の筒の方を見てますね! 』

「……よし、ソフィア。後でお前の素性をとことん聞いておくからな」
『えぇっ!? そんな乙女のあんなところやこんなところまで隅々なんて』

彼は無線機を切る。
そうしたところでチャペルの扉が開き、拍手と共に新郎新婦が迎えられた。
ウェディングドレス姿のエマは事務所へやって来た時と違い、その美貌を露わにしている。

花火が撃ち出されると同時に、大量の煙が新郎新婦とスーツやドレスに身を包む人たちを覆った。
その瞬間警備員の制服姿のグレイがその中へと入り、花嫁衣装姿のエマをお姫様抱っこして素早く煙の中から抜け出す。

「な、なんだこれは!? 煙だと!? 」
「警備員! 警備員! 怪しい奴は!? 」

既に後方から騒ぎ声が聞こえるが、それを一瞥してグレイはそのまま駐車場へと走っていく。
式場へ来る時に乗ってきたバンへと戻ると、そのまま乗り込んだ。

「はーい、ただいま。シノ、早速出してくれや」
「分かった。追手が来た場合は対処を頼む」

「う、ウェディングドレスだぁ……。綺麗ですねぇ……」
「ふふ、ありがとうございます」

そんな会話を交わしつつ、シノが駆るバンはチャペルの駐車場をそそくさと出る。
追手が来ないと思われたその時。
バンのサイドミラーに数台のセダンタイプの車が映っていた。

「案の定お出迎えが来たな……。グレイ、例のプランBで行くぞ」
「あいよ。ソフィア、着替えといたか? 」

「もうばっちりですよ! 」
「シノ、バイクは? 」
「こっちの方も準備万端だ」

バンの後部座席を親指で指し示すと、その先には二人乗りできるような大きさの中型のバイクがキャビンに乗せられていた。
ニヤリと笑うと、グレイはソフィアと向き合う。

「ソフィア。……覚悟はできてるな? 」
「は、はい……」
「いい返事だ。行くぞ、作戦開始だぜ」

そういうと彼はウェディングドレス姿のソフィアを抱え上げ、ソフィアにヘルメットを被せて先に乗せると自分もバイクに跨った。
そのままキャビンの扉を開け、バイクのエンジンを掛ける。

唸り声と共に彼らを乗せたバイクはアスファルトの上に投げ出され、二つの車輪を駆りながらバンとは違う方向に進んでいった。
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<シカゴ郊外、高速道路>


エマを乗せたバンとは別々の方向に進んだグレイは、全身に受ける風を感じつつサイドミラーに視線を落とす。
ミラーには先程のセダンが2台ほど映っており、グレイは思わず舌打ちした。
バンのミラーには4台ほどいたのだが、こちらには2台しか追手が来ていない。

おそらくはもう2台がシノたちの方へ向かったのだろう。
相手も馬鹿ではないということか。

「ぐ、グレイさん! 後ろから来てますって! 」
「わかってるっつーの! 」

ヘルメットからはみ出た茶髪を揺らすソフィアが彼に話し掛けるが、生憎そんなお喋りをしている暇は無さそうだ。
高速道路を走行する他の車の間をくぐり抜け、バイクは更に加速する。
彼らを追う二台のセダンも速度を高め、他の車にクラクションを鳴らされながらも2人を追い続けた。

そこで、高速道路を降りる為に道路が二手に分かれているのが視界に入る。
高速を降りて複雑な市街地を進むのもアリなのではないか、そう思ったグレイは180㎝代ある大きな体を傾け、バイクの進路を変えた。

「高速を降りるんですか!? 」
「あぁ! もしかしたらあいつらを撒けるかもしれねぇからな! 」

高速を降りて国道に出ると、彼らの目の前には信号待ちをしている多くの車が視界を覆う。
その脇を通り抜け、二人を乗せたバイクは大きな市街地へと出た。

「後ろからまた来てますよ、グレイさん! 」
「……やっぱこんくらいじゃあ諦めてくれねぇかっ! 」

後ろを振り返ると、まだ彼らを追う二台の車が視界に入る。
舌打ちをしつつバイクの速度を上げ、ビルとビルの間に出来ている人通りのないわき道を入ることにした。

向こうも必死なのか、車が傷付くのを構わずに二人を追ってくる。
バイクの向かう先は行き止まりだ。

「しっかり捕まってろよ、お嬢ちゃん! 」
「え、何するつもりですか!? 」

急に速度を落としてブレーキを掛け、バイクの車体を傾ける。
そのまま左手でハンドルを握りながら、右手でサイレンサー付きのハンドガン"M92F"を構えて、迫り来る車のタイヤを狙って撃った。

放たれた二発の銃弾は最初に来た車のタイヤを見事撃ち抜き、無理やり止める事に成功する。
後方から来ていたもう一台の車も止まっている車に衝突し、その活動を停止した。

「ヒューッ、ハリウッド張りのアクションだな」
「そんなこと言ってる場合ですか! 中の人たちは……!? 」

安否確認として車のドアを開けるとそこにはエアバッグに顔をうずめている男二人組がいる。
急いで二台の車から追手の男たちを全員出すと、グレイは携帯を使って救急車を呼び出した。

「う……あんたは……」
「悪いな。俺の方も仕事なんだわ、殺したり危害を加えたりはしないからそこで大人しく寝ててくれ。今救急車を呼んだ」

「ぐ……くそ……お嬢様は……」
「今頃バンの中だろうな。ま、あの子自身が望んだ結婚式じゃないんだし、そこら辺は理解しとけよ」

そう言い捨てるとグレイはバイクを降りてから事故を起こした車を乗り越えて、再び道路に出ると跨ってシノたちの元へとバイクを走らせる。

これで依頼のほとんどは達成した、あとはシノたち次第だ。

旗戦士
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旗戦士

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