「共有者」

「共有者」

君は氷細工のようだ。
儚く可憐で、誰にも媚びない笑わない。
でも僕は君の優しさを、笑顔を知っている。
僕にしか見せないその顔。
二人は秘密の共有者。


僕らは生まれた時から一緒だった。
いや、生まれる前から一緒だった。
隣にいるのが当たり前で、理由を聞かれても答えようがない。
当然のように手を取り、二人以外の人間なんて異形に見えていた。
世界は二人だけのものだった。

目覚まし時計の音で目が覚めると、カーテンの隙間から眩しいほどの日差しが降り注いでいた。
澄み渡る晴天。季節はまだ少し肌寒い春だ。
僕は狭いベッドの隅で布団に包まり、隣で寝息を立てる彼に声をかける。

「日向、起きて。もう朝だよ。」

日向はもぞもぞと身動ぎをしたが、頭まで布団に潜ってしまった。

「…寒い。まだ起きれない。」
「もー。またそんなこと言って…。学校遅れちゃうよ?」

布団を捲り、日向を起こそうと試みる。
自分と同じ顔の少年が眉を寄せた。

「別に学校なんて行かなくてもいいだろ。」

静かな低い声。
顔は同じなのに性格は正反対。
それが僕たち双子。

「だめだよー。母さんに怒られちゃう。」

-母さん-という言葉に日向は飛び起きる。
痣だらけの体。

「彼方。あの人のことを母さんって呼ぶの、やめろよ。」
「ご、ごめん。」

日向の冷たい声に、彼方はビクッと肩を震わせる。

僕らの中で「母さん」は「母さん」じゃない。
書類上も血縁上も「母さん」ではあるけど、僕らは認めようとはしない。

「それに、あの人は昨日の夜中にまた何処か行った。…また男のところだろ。」

僕らには父親はいない。
僕らが生まれてすぐ、父さんと母さんは離婚した。

二人とも母親に引き取られたが、母親は二人に虐待を繰り返した。
それでも母親らしく子供を育てるために夜の仕事をして生計を立てた。
そして度々男を作って帰って来なくなったり、急に帰ってきては虐待を繰り返した。

「俺、朝飯作るから、先にシャワー浴びて来いよ」
「…うん」

二人だけの生活は、もう慣れたものだった。
母親は三日帰って来ないこともあれば、半年間も帰って来ないこともあった。
それでも定期的に二人の口座に生活費が振り込まれるから、まだマシな方かもしれない。

日向は無口で不愛想。
よく言えばクールだけれども、人と関わろうとしない。
手先が器用で料理や洗濯、家事全般をこなす。
彼方は社交的で人懐っこい。
そのくせ臆病で優柔不断。
不器用だが、スポーツや体を使うことが得意。

彼方はシャワーを浴びながら、鏡に映る自分の体を見た。
腕や足、腹部や背中に無数の痣。

-性格は全く違うのに、痣の場所まで日向と一緒-

嬉しいような悲しいような気持ちになる。
学校では体が弱いという嘘をつき、
体育や部活、着替えなどで肌を見せることはできない。
幼い頃に彼方は日向に
-学校の先生や児童相談所の人に助けてもらおう-
と相談したことがある。
しかし、日向は「駄目だ。」とだけ言って耐え続けてきた。
その理由は、彼方は知らない。

風呂場から出ると、魚の焼けるいい匂いが漂ってきた。

「すごい!やっぱり日向はお料理が上手だね。」

テーブルの上には焼き魚に卵焼き、味噌汁にサラダ。
健康的な朝食である。

「そんなこと言ってないで、早く髪乾かせよ。」

台所から日向の呆れた様な声がする。

「朝ご飯食べてから乾かすよ。」
「風邪ひくぞ?」

首にタオルを巻いたまま、彼方は席に着く。
日向はテーブルにお茶を並べ、彼方の向かいに座る。

「僕が風邪ひいたら、日向も風邪ひいちゃうよ?だって」
「双子だから?」

彼方はなんでも-双子だから-で片づけたがる。
何をするのも一緒だからこそ、
昔から風邪をひくのも同じタイミングだったからだ。
でもそれは二人の中の見えない絆のようなもので、魔法の呪文だった。

「俺は彼方が風邪ひいても看病してやらないぞ。」

日向は「また馬鹿なことを言い出した」と言わんばかりに鼻で笑う。
彼方は卵焼きをつつきながら、「えーっ」と膨れて見せる。

「そんなこと言っても、日向は優しいから林檎すりおろしてくれるんだよね。」
「そんな、もう子供じゃあるまいし。」

昔から彼方は日向に甘えたがる。
日向は面倒そうに、彼方を甘やかす。
これが二人の関係。

「…僕たち子供だよ。まだ。」

彼方は少し儚げに、笑って見せた。
二人きりの寂しい食卓。
彼方の語尾伸ばしのゆるい声と日向の静かな声。
そしてテレビからは桜の開花予想をアナウンサーが告げる。

「桜って、卒業とか入学とかのイメージなのにね。」
「こっちは寒いからな。あと一週間もすれば咲くだろ。」

お世辞にも都会とは言えないが、田舎というほどでもない中途半端な地方都市。
電車なんてろくに通ってはいないが、通学や生活をする分にはバスや自転車で十分だった。
と言っても天気が悪い日が多く、冬は雪が膝の高さまで積もるから徒歩通学だ。
家から学校まではそんなに距離もない。

「…俺は桜なんて嫌いだけどな。」

そう聞こえないほどの声で呟いて、日向は食べ終わった食器を台所に持っていく。
彼方は慌てたように自分の食器をまとめ、彼方を追う。

「あ、日向!お皿は僕が洗うー。」

「最初からそのつもりだ。俺シャワー浴びてくるから。」

そう言って日向は脱衣所へと向かう。

季節は4月。
高校最後の春だった。

麻丸。
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麻丸。

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