「見れない夢」
「見れない夢」
朝が来たら、京子は慌ててバイトへ行ってしまった。
彼方は京子の家に一人残された。
京子がいないと、この部屋は静かで寂しい。
窓の外を見れば、どんよりとした曇り空だった。
今にも雨が降ってきそうだ。京子は傘を持って行っただろうか。
そういえば、自分は幼いころから雨男と言われていたな。
昨日、京子が眠った後に、こっそり睡眠薬を飲んだ。
京子が寝静まるまで待ったのは、薬を飲むところを見られることに、少しだけ抵抗があるからだ。
精神異常者だと思われるのが嫌だと思うのは、それが事実に近いからなのだろう。
今でも実家から一駅離れた総合病院に二週に一回通院しているが、薬は増える一方だった。
総合病院で診察を終えると、その隣の調剤薬局で大量の薬を貰い、同時に薬の説明書も渡される。
薬の名前はカタカナばかりでよくわからないが、薬の説明書には、ご丁寧にその薬がどんなものか、どんな効果があって、どんな副作用があるのか、事細かに書かれていた。
その説明書をよく読むと、睡眠薬、抗不安薬、そして、向精神薬や抗うつ剤まで処方されていた。
精神科医の白崎からは、「社会不安障害」と言われたことがある。
極度のストレスで、過呼吸を起こしてしまう病気だそうだ。
事実、自分の具合は悪くなる一方で、頻繁に過呼吸を起こす。
何をしていても気だるいし、食欲もなければ、睡眠をとることすらままならない。
けれど、それだけで、こんなに薬が増えていくのか。
診察中にポツリと「死にたい」だなんて、零さなければよかった。
思えば、そう言った時から、向精神薬や抗うつ剤が追加された記憶がある。
自分はうつ病にでもなっているのだろうか。わからない。自覚はない。
処方される薬が、本当に効果があるようには思えない。
けれど、薬がないと、いつ発作が起きるか不安で外を出歩くことすらできない。
処方された通りに薬を飲んで、たまに飲みすぎて、安心を得る。
立派な薬物中毒だと思う。薬なしじゃ、生きられない。
違法なものじゃなく、ちゃんと病院で処方された薬なだけ、まだマシだが。
薬、酒、煙草、女。
溺れられるものには、何にでも溺れた。
利用できるものは、何だって利用した。
依存できるものには、何だって依存した。
立派な堕落人間だ。もう救いもないほどに。
大切にしたいと思っていた日向を裏切った。
日向の大事な人を傷付けて、日向も傷付けた。
二度と元には戻れないと思って、自分は逃げ出したんだ。
日向のためだと言いながら、日向に合わせる顔がないだけだ。
色々な理由を付けて、日向の前から姿を消した。
このまま死んでしまおうかとも思った。
それなのに自分は、店の客と体だけの関係を続けているうちに、自分は本当の恋をした。
損得勘定抜きに、京子のことを好きになってしまったんだ。
京子を大事にしたいと思った。初めての気持ちだった。
けれど、京子を好きになったことで、日向への想いに気付いた。
あれは、恋じゃなかった。
好きだと言いながら、必要だと言いながら、日向を手放したくないだけだった。
日向への独占欲が、愛だと勘違いさせたんだ。
もう今更、どうしようもないけれど。
大事にしたいと思った京子も裏切っている。
自分は、京子のことを好きだと言いながら、客との体の関係を切れないでいた。
別に、体を重ねるのが好きなわけじゃない。性欲を持て余しているわけでもない。
最初は金だけが目的だったけれど、いつの間にか依存症になっていた。
内心では客のことを馬鹿にしていながら、その関係に溺れている。
本当に自分は、どうしようもない人間だと思う。
例え、枕営業だと言っても、体を売っているのだと言っても、裏切りは裏切り。
きっと京子は、呆れ果てて軽蔑し、自分を捨てるだろう。
京子にバレるのが怖い。誠が余計なことを言わなければいいが、時間の問題だろう。
京子は、自分を求めてくれている。
損得勘定なんかじゃない。純粋に、自分を好きでいてくれる。
昨日だって、可愛らしく自分に甘えてくれた。
それは酒がさせたことかもしれない。けれど、酔っているからこそ、本音が出るものだ。
京子は、自分と体を重ねることを望んでくれた。
それでも京子を抱かないのは、京子を客と同じ扱いにしたくなかったからだ。
京子を汚したくなかった。抱くことで、京子を傷付けたくなかった。
ちゃんと京子を、自分の特別にしておきたかった。
…なんて、言い訳だ。
京子を抱くことに、少しの不安があった。
京子と体を重ねても、満たされなかったら、どうしよう。
その行為に愛を見出せなかったら、どうしよう。
怖かった。自分にとって、女を抱くと言う行為は、愛情表現ではない。
ただ、生きる術だった。居場所を得る術だった。
とても汚らしくて悍ましい、卑怯な手段だった。
京子を客と同じにしたくなかった。
京子への愛を汚したくなかった。
自分はどれだけ汚れてもいいから、せめて、自分の大切に想っている人だけは、綺麗でいてほしかった。
酒と薬を合わせてもあまり眠れなくて、自分は夜が明ける前に目が覚めた。
普段は澄ました顔をしている京子の寝顔は、幼くて、可愛かった。
自分が好きな人。自分を好きでいてくれる人。
綺麗だと思った。京子は、強くて、真っ直ぐで、少しも汚れていない。
こんな自分とは違う。京子は潔白で高潔だ。
京子を起こさない程度に、髪を梳いたり、頬を突いてみたりして、京子の存在を確かめた。
時々うざったいのか、顔をしかめるのがなんだかおかしくて、京子の寝顔に見蕩れていた。
できるなら、この寝顔をずっと見ていたい。
けれど、日は登ってしまったし、京子はバイトがあると言うから、仕方なしに起こした。
すると京子は「遅刻する!」と大慌てでシャワーも浴びずに出て行ってしまった。
京子がバイトへ行ってしまうと、退屈だ。
何もすることはないし、テレビだってつまらない。
京子がバイトを終えるのは、夕方だと聞いた。
それまでどうしよう。何をしていよう。
時計を見れば、まだ昼前だった。
彼方は着替えて、外に出ることにした。
いい天気、とは言えない曇天。
重たそうな灰色の雲が空を覆っている。
宛てもなくフラフラと散歩でもしようと、彼方は歩いた。
この辺りにあるのは、海と山だけ。
ゲームセンターも、映画館も、カラオケも、コンビニもない。
年頃の男が遊ぶところなんて、どこにもない。
けれど、何もないこの町が、自分が生まれた町。日向と育った町なんだ。
何もなくても、この町は日向との思い出で溢れている。
毎日通った通学路。休みの日に出掛けた海辺。
はしゃいでいて滑って転んだ畦道。泣きながら日向と手を繋いで帰った坂道。
虐待を恐れて、遅くまで時間を潰した小さな公園。幼い頃、日向とよく遊んだ夫婦岩。
それらの景色は、何も変わっていなかった。何も変わらず、昔のまま。
景色は変わらないのに、自分たちは変わってしまった。
戻れないほど、変わってしまっていたんだ。
もういつ見れなくなるかもしれない景色を、見ておきたかった。
日向と過ごした思い出の場所の一つ一つを、この目に映しておきたかった。
思い残すことがないように。諦めきれるように。
見納めはいつになるのだろう。きっと、遠くない未来だ。
季節は秋。自分たちが生まれた十月だった。
本当は、生まれ育った家も見ておきたかったけれど、やめた。
ここで日向に見つかるわけにはいかない。
日向に会っても、交わす言葉はない。
彼方は、京子の家に帰ろうと踵を返した。
湿気を含んだ風が頬を撫でる。
まだ昼過ぎなのに、夕方のように薄暗い空が広がっていた。
海辺が見える道を歩いていると、聞きなれた声が遠くで聞こえた。
犬に鳴き声。浜辺の方を見渡せば、いつかのお姉さんとリッキーが見えた。
リッキーもこちらに気付いたらしく、嬉しそうに尻尾を振ってこっちを見ている。
「リッキー。」
彼方はリッキーの方へ歩み寄る。
リッキーは今にも飛びつきそうな勢いで、ワンワン、と嬉しそうに吠え、尻尾を振る。
お姉さんは、踏ん張ってリッキーのリードを握っている。
リッキーの方が力が強いのか、引きずられているようだけれど。
「こんにちは。えっと…彼方くんの方…よね?」
お姉さんは、自信無さげに自分を窺う。
自分と日向の見分けがつかないのだろう。
「はい、お久しぶりです。」
そう答えると、お姉さんは微笑んだ。
「ホント、久しぶりねえ。最近会いに来てくれないから、リッキー寂しそうだったのよ。」
リッキーは自分を見て、千切れんばかりに尻尾を振っている。
そんなリッキーを頭を撫でると、リッキーは気持ちよさそうに目を細めた。
「リッキーも久しぶり。」
「ワン!」
元気な返事と共に、リッキーは嬉しそうに自分の手の平を舐める。
リッキーなりの愛情表現だ。
大きな体と綺麗な毛色、キラキラした瞳。人懐っこいところも変わっていなかった。
リッキーも変わらない世界の住人なのだ。自分とは、違う。
それから、久しぶりにリッキーとじゃれ合うように遊んだ。
広い浜辺で追いかけっこをしたり、その綺麗な毛を撫でたり。
リッキーは嬉しそうに「もっと、もっと」と言うように、ワンワンと吠えた。
少しだけ、沈んでいた気持ちが楽になった。
アニマルセラピーなんてものもあったっけ。
確かに、動物と触れ合っていると、癒される。
動物は可愛い。こんなにも、自分に懐いてくれる。
悪意や欲に塗れた人間なんかとは違う。
リッキーの純粋で欲も悪意もない綺麗な瞳が、輝いて見えた。
少しだけ、少しだけ、心が解れた。
リッキーの頭や背中を撫でて遊んでいると、少しの変化に気付いた。
変わっていないようで、変わったことがある。
リッキーと遊ぶ自分をニコニコと見つめるお姉さん。
その飼い主のお姉さんの腹が、少しだけ大きくなっていた。
確か、妊娠しているんだっけか。
「お腹、大きくなりましたね。」
「ええ。今七ヶ月目なの。」
そう言って、お姉さんは愛おしそうに腹を撫でる。
小さな命を身ごもった腹。子供が宿った腹。
この人は、母親になる人なんだ。
「彼方君も触ってみる?」
「いいんですか?」
「ええ。この子も喜ぶと思うわ。」
彼方は、恐る恐るそっと、お姉さんの腹に触れてみた。
温かい。微かに命の鼓動を感じる気がする。
なんだか不思議な気分だ。ここに、赤ん坊がいるのか。
その膨らんだ腹をゆっくりと撫でると、トン、と軽い衝撃が手の平に伝わった。
「あ。」
「ふふっ、今、蹴ったわね。彼方君に挨拶してくれたのかな。」
お姉さんはなんでもないふうに笑って自分の腹を撫でる。
まるで、お腹の中にいる子供をあやすように。
「最近よく動いたり蹴ったりするのよ。男の子なんですって。」
「もう性別わかるんですか?」
「ええ。先月病院の先生に教えてもらったの。きっと、わんぱくな子になるだろうなあ。」
そう呟いたお姉さんのは、幸せそうだった。
満たされている、そんな表情だった。
腹の中の子が産まれるのを心底楽しみにして、待ちわびている、そんな顔。
自分達の母親も、こういう表情をしている時があったのだろうか。
自分達を望んで、待ちわびて、楽しみにしていてくれたのだろうか。
少しでも、このお姉さんのように、母親らしい感情を持ったのだろうか。
いや、ありえない。
自分の記憶の中は母親は、いつも酒に酔って暴れて暴力を振るった。
「いらない」と、「産まなきゃよかった」と、「死んで」と、暴言を浴びせられ続けたのだ。
母親にとって、自分たちは、いらない子供だった。
「…親になるって、どんな気分ですか?」
彼方は小さな声で呟いた。
お姉さんは首を傾げて考えるような素振りを見せて、
「うーん…そうね。ちょっとだけ…不安かな。」
と、困ったように笑った。
「どうしてですか?」
「ちゃんと元気に生まれてくれるかな、とか、いいお母さんになれるかな、とか色々考えちゃうのよね。
私にはこうやってリッキーがいるけれど、子供を育てたことなんてないんだもの。
犬や猫を飼うのとは違うの。人間を産むのよ。感情を持った人間を。
親になるってことは、この子の命を背負うってことなの。
ちゃんと、母親としてこの子を幸せにしてあげないといけないの。」
言い聞かせるように、彼女は強い口調で言う。
まるで、彼女が自分自身に言い聞かせているようだ。
強い決意を、言葉にしているみたいに。
「でも、この子は私たちのもとへ来てくれた。私たちの子供として、ここに宿ってくれた。
だから、この子のためにも、もっとしっかりしなきゃって思うの。」
そう言って、彼女は笑った。
その笑顔は強く、綺麗で、大人の顔だと思った。
人の命を背負って生きる覚悟を持つ、大人だと。
「…お姉さんは、いいお母さんになれると思いますよ。」
微笑みを作って、彼方は言った。
「本当?そう言ってくれると嬉しいわ。」
お姉さんは照れたように、はにかんで笑った。
「リッキーもこの子のお兄ちゃんになるのよねえ。」
照れ隠しのようにお姉さんはリッキーの頭を撫でる。
リッキーは「ワン」と短い返事をした。
なんだか、望まれて生まれてくるその子供が羨ましくなった。
自分の親も、このお姉さんのような母親なら、自分は過ちを犯さずに済んだのだろうか。
間違えることなく、幸せになれたのだろうか。
いや、そんなこと、考えたって無駄だ。
「ねえねえ、彼方君は好きな人とはどうなったの?」
興味深々と言うように、お姉さんは目を輝かせている。
そういえば、以前、そんなことを話したっけな。
あの時は、もう二度と会うこともないと、つい言ってしまった。
余計なことなんて、言わなければよかったな。
でも、この人は、自分が好きな人と言ったのが、日向のことだとは気付かないだろう。
「フラれちゃいましたよ。」
「え、そうなの?」
お姉さんは驚いたように目を瞬かせる。
「はい。今は、別の子と付き合ってます。」
「そうなんだ…。なんか…ごめんね。」
申し訳なさそうにお姉さんは首を傾げる。
お姉さんが困ったような顔をするものだから、彼方は笑った。
すっかり張り付いた、作り笑顔。
「平気ですよ。今は彼女のことが好きだから。」
自分が平気だと笑えば、みんな笑ってくれた。
作り笑顔は、人と付き合うための処世術だ。
けれど、お姉さんは笑ってはくれなかった。
「…彼方君、少し雰囲気変わったね。」
「え?」
お姉さんは、まじまじと自分を見つめる。
変わった、だなんて。
このお姉さんの記憶の中の自分は、どんな顔をしていたのだろう。
今よりは幾分かは、綺麗に見えていたのだろうか。
「なんだか、大人びたみたい。」
大人びた。彼女には、そう見えているのか。
自分は臆病で、卑怯で、狡い、子供のままなのに。
汚れた、の間違いではないだろうか。
自分は大人になんて、なりきれていない。大人のフリをしているだけだ。
けれども、そう言って微笑む女性に、彼方も微笑みを返した。
「そうですか?僕なんて、まだまだ子供ですよ。」
「あら、もうすぐ高校卒業でしょ?進路は決まったの?」
「ええ、一応。普通に大学行きますよ。」
「そうなんだ。じゃあ、これから受験勉強大変ね。」
「はい。勉強ばかりで嫌になっちゃう。」
息を吐くように、嘘を吐く。
張り付けた笑顔で、それを真実だと思いこませる。
嘘で作られた自分と言う人間を、存在させる。
良心が痛むなんてことは、なかった。
だって、自分はすっかり汚れきってしまっているのだから。
痛む心も、持ち合わせてはいなかった。
それからしばらくお姉さんと談笑して、リッキーと遊んで、時間が過ぎた。
リッキーは頭がいい。自分がお姉さんと会話をしている時は、ちゃんと大人しくしている。
頭を撫でてやったら、それが遊んでいい合図だと言わんばかりに、飛びついてくる。
飛びついてくると言っても、力任せなわけでもなく、ちゃんと自分が支えられるぐらいの力加減にしてくれる。
「駄目」と言ったことはしないし、叱るとしょんぼりとした顔をする。
頭を撫でて褒めてやれば、尻尾を振って嬉しそうな顔をする。
人間の言葉をちゃんと理解するし、表情も感情もある。
いつか、日向に「ブリーダーになる」と言ったことを思い出す。
日向を自分から引き離して、日向に自分の将来を考えさせるために吐いた嘘だった。
けれど、本当にそんな未来があったら、と思った。
自分が過ちを犯すことなく、間違えることなく、一緒に高校を卒業して、進路は別々だけれど、日向と仲が良いまま自分はブリーダーになって、大好きな犬や猫囲まれ、日向に自分の彼女を紹介して、日向の彼女も紹介してもらって、お互い喜んで、お互いに仲が良いまま幸せになって―。
そんな未来があったらと思った。
でも、もう無理だ。もう何も望めない。
自分は道を誤りすぎた。幸せになんて、なれるわけがない。
ふいに、生暖かい感触が頬に触れる。
「わっ!」
リッキーが自分の頬を舐めたのだ。
リッキーは心配そうな表情をして、自分を見つめていた。
自分は今どんな顔をしていたのだろう。
落ち込んでいるように見えたのだろうか。
ペロペロと、リッキーが自分の頬を舐める。
なんだか、慰められているみたいだ。
「大丈夫。大丈夫だよ。ありがと、リッキー。」
彼方はリッキーの頭を撫でる。
リッキーはまだ心配そうな顔で自分を見つめていた。
「…へくっしゅ!」
ふいに、背後で可愛らしいくしゃみが聞こえた。
お姉さんが、寒そうに肩を竦めていた。
気付いたら、結構時間が経っていたようだ。
海から吹く潮風は、少し肌寒いものに変わっていた。
「そろそろ帰った方がいいですよ。風邪ひいたら大変だし、お腹の子も心配だから。」
「そうね。最近寒くって困っちゃう。」
そう言って、お姉さんは鼻を啜る。
寒いのを我慢して、自分をリッキーを遊ばせてくれていたのだろうか。
妊婦なのに、悪いことをしたな、と彼方は思った。
リッキーはお姉さんの方へと走り、その大きくなった腹に頬ずりをした。
まるで、お姉さんと腹の中の子を温めるように。
お姉さんが妊娠していると、わかっているのだろうか。
さっきも自分を慰めてくれた。
喋ることはできないけれど、人間の感情には敏感なようだ。
「ねえ、彼方君。また、リッキーに会いに来てくれる?」
リッキーの首輪にリードを繋ぎ直しながら、お姉さんは言う。
賢いリッキーは、されるがまま、大人しく座っていた。
「あ…えっと…たまに、なら。受験勉強とか、大変だから。」
「そうよね。受験生だもんね。
でもね、リッキーがこんなに楽しそうなのは久しぶりなの。
リッキー大きいから、みんな怖がっちゃうのよねえ。いい子なんだけどなあ。」
そういえば、日向もリッキーのことを怖がっていたな。
日向の場合は、犬でも猫でも、例え兎でも、ビビッて触れないのだけれど。
動物は可愛いのに。どうして怖がるのだろう。
人間の方が、欲に塗れていて、よっぽど怖いじゃないか。
「リッキーがこんなに懐くのも、彼方君くらいなのよ?
彼方君は、動物に好かれる才能でもあるんじゃないのかな。」
「そんなことないですよ。ただ、動物が好きなだけです。」
「ブリーダーとか似合いそうなのになあ。」
そう言って、お姉さんは笑う。
それは、見れない夢だ。
明るい未来なんて、ない。
もう、幸せなんて望めない―。