「折れた心。」

 「折れた心。」


将悟は茫然と考えていた。

-なんだこの状況は…。-

将悟の右には自分の学ランで身を隠し、啜り泣く百合。
左には、人目も憚らず子供のように泣きじゃくる亮太。

あんなことがあった後だ。百合が泣いているのはわかる。
しかし隣で泣きじゃくるこの男は一体何なんだろう。

将悟は大きなため息を吐く。

「…とりあえず、これ以上問題が大きくなるのもマズいから場所変えるぞ。
 俺んちすぐそこだから、とりあえずついて来いよ。」

そう言うと二人の鞄を持ち亮太達に廊下へ出るように促す。
百合はしゃがみ込んだままだった。

「ほら君も。そのままじゃ家帰れないだろ?
 学校にバレたらもっと面倒なことになるし…。俺たちは何もしないから。」

自分の鞄からタオルを取り出して百合に差し出す。
百合は小さく頷くとタオルを受け取り、弱弱しく立ち上がる。

「おい、お前あの子の手、引いてやれよ。」

将悟は小さな声で亮太に囁く。
学ランを羽織り、タオルで顔を隠しながら歩く百合は、
フラフラと今にも転んでしまいそうな足取りだ。

「でも…っ。」

亮太なりに気を使っているのか、それとも度胸がないだけか、
戸惑いの眼差しで将悟を見つめる。

「…これだから童貞は…。」

そんな亮太を見て、将悟はもう一度ため息を吐き、百合に近づく。
亮太の学ランの裾をヒョイと摘む。

「真っ直ぐ歩けないならこいつの裾掴んで歩いてくれ。
 フラフラしてると危ないぞ。…ほら。」

将悟は百合に亮太の裾を掴むように促す。
百合は少しためらった後、遠慮しがちに小さく亮太の裾を掴んだ。

-なんで俺、巻き込まれてるんだろ…。-

そう思いながら後ろをついてくる二人を一瞥し、帰路についた。







「ただいまー。」

将悟は学校のすぐ近くの祖母の家に住んでいる。
庭付きの大きな古い木造の一軒家。
将悟の両親は海外転勤でドイツに住んでいるらしい。
兄弟も歳が離れた兄がいるが仕事で東京にいるため、祖母と二人暮らしだ。

「お、おじゃまします…。」

亮太は将悟の家に訪れるのは初めてだった。
玄関を潜ればすぐ目の前に階段があった。
百合は遠慮がちに、亮太の後を追う。

「ああ、俺の部屋、二階の一番奥だから先行ってて。
 俺、コーヒーでも淹れてくるから。」

「…わかった。」

そう言い残し、将悟は奥の方へと消えていく。
二人は階段を上り、奥の部屋の扉を開けた。

将悟の部屋はバンドマンらしくギターやベース、アンプなどの
楽器や機材が綺麗に並べられていた。
見た目に似合わず片づけられた部屋は、なんだか広く感じる。

「あの…坂野先輩。あの人、誰…ですか?」

ようやく落ち着きを取り戻した百合が、不安そうに口を開いた。
脱色された髪、ピアスや数々のアクセサリー。
将悟の外見はお世辞にも好青年とは言えない。

「ああ。俺の中学の頃からのツレで、中村将悟って言うんだけど…。
 あんな見た目してるけど、悪い奴じゃないよ。」

「そう…ですか…。」

お互いに泣き腫らした後だと、相手の顔が恥ずかしくて真っ直ぐに見れない。
亮太も百合も、俯きがちに適当な場所で腰を下ろす。

「あの…ごめんなさい…私…っ。」

そこまで言うと、また百合は泣き出してしまう。
必死で声を押し殺し、将悟から借りたタオルに顔を埋める。

「百合ちゃん…っ。」

「ごめ…っなさ…っ。」

亮太もまた、言葉が見つからない。
泣き出す百合を、ただ見ているしかできなかった。

トントン。

扉をノックする音がする。

「入るぞ。」

将悟が暖かいコーヒーを3つとおしぼりとタオルをお盆に乗せて部屋に入ってくる。
2つはカフェオレ。1つはブラックだった。
将悟は亮太と百合の前の机にカフェオレを置き、
ブラックは自分の前に置いた。

「あ、さんきゅ…。」

再び泣いている百合を横目で見て、コーヒーに口をつける。

気まずい沈黙が流れる。

「…まあとりあえず、お前は顔拭け。
 不細工がさらに子ザルみたいな顔になってるぞ。」

そう言ってお盆に乗っていた冷たいおしぼりを亮太に差し出す。
亮太はそれを受け取り、目元を冷やす。
泣き腫らした瞳は、少し赤く腫れている気がした。

「…ごめん。」

おしぼりで目元を覆いながら、小さく亮太は謝る。
情けなさと恥ずかしさで、少しだけ涙が出そうになった。

「別にいいけど。」

ため息交じりに将悟が答える。
あのまま二人を放っておけるほど、将悟は冷徹にはなれない。

「あの…私も…ごめんなさ…いっ…。」

百合がタオルから少し顔を覗かせ、嗚咽交じりに謝る。
どうやらまだ落ち着きそうにないらしい。

「君は落ち着いてからでいいから。
 コーヒーでも飲んでちょっと休憩しよう。な?」

「はい…。」

将悟は幼い子供を諭すような優しい口調で、百合を宥める。

亮太は顔を拭き終え、浅い深呼吸をして、
自分の両頬をパンッとか軽く叩く。

「…すっきりした?」

頬杖を突きながら将悟は黙って亮太のその様子を見ていた。
顔を上げた亮太は、いつも通りの力強い顔に戻っていた。

「おう!目ぇ覚めた!」

百合は二人のやり取りを、タオルに顔を埋めながら聞いていた。

-自分もしっかりしないと。-

溢れる涙を抑え込み、呼吸を整える。
きっと泣きすぎて、目も鼻も真っ赤になっているだろう。
みっともなく、見るに堪えない顔になっているだろう。
それでも、顔に滴る水分をすべてタオルで拭く。
そして、顔を上げる。

「あの、ご迷惑を…かけてしまって…本当に、すみませんでした。」

深々と頭を下げる。
再び涙が溢れだしてきそうなのを、必死で押し込める。

「そんな…百合ちゃんは何も悪くない…!悪いのは彼方だ!」

「そうだな。今回のは全部あの弟が悪い。」

二人の言葉が優しい。
でも、その言葉が辛かった。

「私が、悪かったんです。ずっと…日向先輩を見てきたのに…
 私が勝手に…舞い上がっちゃって…日向先輩じゃないって、…気づけなくて…。
 あんな…っ、二人とも…巻き込んじゃって…っ。」

涙を堪えて、言葉が途切れ途切れになる。

―結局、日向じゃなくてもよかったんじゃん。誰でもよかったんじゃん!

あの男の言葉が蘇る。
百合は、自分がひどく情けなく感じた。

「まあ俺も同じクラスだけど、あの双子の見分けつかないし…仕方ないだろ。」

自分を責める百合に、将悟は優しく宥めるように言う。

「でも、坂野先輩はわかってました。あの二人の見分けがちゃんとついてました。
 私は、日向先輩が好きだとか言いながら、何も…気づけなくて…
 でも…あの人が言ったみたいに誰でもよかったわけじゃなくて…
 ちゃんと…ちゃんと…日向先輩が、好き…だったのに…。」

纏まりのない言葉を紡ぐ百合の瞳は、今にも涙が零れそうだった。
唇を噛み、膝の上で拳を握り、必死で堪える。

「百合ちゃん…俺、言ったよな?
 もし、アイツに泣かされたりしたらすぐ俺んとこ来いって、
 俺がアイツをブッ飛ばしてやるからよって!
 俺は…ちゃんと…百合ちゃんの味方だから!」

「坂野…先輩…っ。」

威勢良く言い放つ亮太。
わずかに百合の瞳から涙が零れる。

-おいおい告白みたいになってんじゃねーか。-

と思いながら将悟は呆れたように言う。

「まあ、お前はもうアイツのこと殴ってるわけだけど。
 まともに喧嘩もしたことないビビりがよくやったよ。」

「あれは…勝手に体が動いてたっつーか…なんつーか…。」

意地悪そうな言い方の将悟に、亮太は少し恥ずかしそうに口ごもる。

「ま、こんなアホでもちゃんと君のこと守ってやれるから、
 少しは亮太のことも頼ってやってくれよな。」

そう言いながら将悟はバシバシと亮太の背中を叩く。
そんな二人の様子を見て、百合は両手で顔を覆って涙声で呟く。

「ありがとう…ございます…っ。」



それからまた百合は泣き出し、二人で慰め、他愛のない会話を繰り返した。
窓から見える景色は、すっかり暗くなっていた。


「もう外は暗いから、ちゃんと家まで送ってやれよ。」

「おう。ありがとな。」

玄関まで二人を見送り、将悟は亮太にそう言うと小さくウインクをした。
亮太はその意味を悟り、少し恥ずかしそうに顔を背ける。

「本当に…ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」

百合はペコリと頭を下げる。

「いいって。気を付けて帰れよ?」

「はい。ありがとうございます。」

「またなんかあったら亮太のこと頼ってやれよ?
 俺もできるだけ力になるから。」

「はい。…じゃあ、おやすみなさい。」

「将悟、また明日なー!」

「おー!じゃあな。」


街灯が少ない田舎道。
夜道を歩く二人の距離は、いつもより近い気がした。





麻丸。
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