「折れることのない芯。」

 「折れることのない芯。」


将悟は眠い目をこすり、欠伸を堪えて、学校へ向かう。

期末テスト二日目。
昨夜も夜遅くまで勉強していたため、まだ少し眠気が取れない。

周りの人間は、こんな風貌の自分が、真面目に勉強して、
真面目に学校に来ているのが、不思議だと言う。
けれど、自分は他人の言うことなんて、それほど気にしない。
言いたい奴には、好きなだけ言わせておけばいいだろう。

確かに、傍から見ればヤンキーにでも見えるだろう。

音楽が好きで、ギターを弾いたり、バンドを組んだりしているが、
悪事に手を染めたこともないし、変な薬なんかもやったことはない。
当たり前だが、煙草も酒にも手を出したことがない。

金髪=ヤンキー、だとか、バンドマン=ヤク中、アル中、ヘビースモーカーだとか、
そんな見た目でしか判断できない人間たちなんて、自分には関係ない。

金髪もピアスもポリシーだ。
初めて好きになったバンドのギタリストが、金髪でピアスだらけだった。
それに感化され、憧れた。

自分もあんな風になりたいと、市販のブリーチ剤で髪を脱色した。
初めて脱色した時は、頭皮に脱色剤がついて、ヒリヒリと痛かったのを覚えている。
ピアスだって最初は市販のピアッサーを使って、震える手で耳に穴をあけた。
自分の皮膚に鋭い針が突き刺さる感覚は、何度やっても慣れるものではない。

髪を脱色し、ピアスを開けた自分の姿を初めて鏡で見た時は、
自分が自分じゃないように見えた。
生まれ変わった気がした。
世界が変わったようだった。
強く、なれた気がした。

不良になりたかったわけではない。
ヤンキーだと言われたかったわけでもない。
世間に反抗なんて、するつもりもない。

ただ一人の、笑顔を守りたかっただけだった。




そんな昔話を思い出しながら、学校に着く。
玄関を抜け、3年1組の下駄箱の方へ行くと、
見覚えのある少女が、困った顔でうろうろしていた。

「こんなところで、何やってるんだ?」

少女はその声に驚き、体をビクッとさせて振り返った。
三年生の下駄箱の前には似付かわしくない小柄な体。

「あ…この前の…。」

百合は将悟の顔を見て、少し縮こまる。
長い黒髪が、しなやかに揺れる。

「…もう大丈夫なのか?」

何が、とは言わない。
そんなことを聞くこと自体が、傷を抉るかもしれないと思ったが、
他にかける言葉が見つからなかった。

「お陰様で。…私、結構図太いんです。だから…もう全然平気です。」

明るく、笑顔を作って見せる百合。
その顔は、少し引きつっているようにも見える。
おそらく、まだ先週のことを引き摺っているのだろう。

「そうか。…あんまり無理するなよ。」

「はい。有難う御座います。」

下手な作り笑顔が、余計に痛々しい。
そのせいか、もともと小柄な百合が、余計に小さく見えた。

「で、ここで何やってるんだ?一年生の下駄箱は向こうだろう?」

将悟は奥の方を指さして百合に問う。
この学校の下駄箱は学年別、クラス別で場所が分かれている。
三年生の下駄箱と一年生の下駄箱は、結構離れた場所にあるはずだ。
7月にもなって、百合が下駄箱を間違えるはずもないし、
こんな狭い学校で迷うはずもない。
百合が、三年一組の下駄箱の方へ来る理由なんて、ないはずだ。

「ちょっと…坂野先輩の下駄箱を探していて…。」

言い辛そうに視線を逸らす百合の手には、手紙のようなものが握られていた。
それを見て察する将悟。
ラブレターだろうか。
にしても下駄箱に入れるなんて古典的だ。

「亮太?…日向じゃなくて、か?」

将悟の視線が、自分の持っている手紙に向けられていることに気付いた百合は、
恥ずかしそうに、慌てて否定する。

「あっ、あのっ!ラブレターとかじゃないですからね!
 坂野先輩に…ちゃんとお話したいことがあって…それで…えっと…。」

口ごもる百合。
手紙を握る手に力が籠り、少し手紙がクシャッと音を立てて折れ曲がる。

「ああっ!」

折れ曲がった手紙を残念そうに見つめる百合。
意外とおっちょこちょいなのかもしれない。

「そんな大事なものなら、下駄箱じゃなくて俺が直接渡そうか?」

「えっ…いいんですか?」

「ああ、クラス同じだし。てか席隣だし。」

「じゃあ、…お願いします。」

百合は小さく頭を下げて、手紙を将悟に渡す。
可愛らしい星をモチーフにしたデザインの封筒だった。

「正直、坂野先輩って雑だから、下駄箱に入れたら気づかないかもとか、
 靴履き替える時に床に落ちて、 気づかないでそのまま放置しそうとか思ってたんです。」

「君、アイツのことよくわかってるな…。」

将悟も同じことを思っていた。
下駄箱に入れたら、百合の言っている通りになりそうだからこそ、
将悟は自ら配達係を名乗り出た。

「あの…っ。告白とかじゃ…ないですからね!
 私が好きなのは、日向先輩ですから!」

そう言った百合の目は凛とするほど真っ直ぐで、
さっきまでの照れや、不安そうな表情は、すっかり消えていた。

彼女は強い人間なのかもしれない。
あんなことがあった後なのに、こんなに真っ直ぐに日向のことを好きだと言う。
普通は距離を置きたいとか、忘れたいなどと思うものだろうが、
彼女はそんなこと一切口に出さなかった。

ただただ、純粋に、日向のことだけを想っているような気がした。





将悟は百合と別れ、教室へ入る。
亮太も、日向も、まだ学校に来ていないようだった。
いつも通り席に着き、イヤホンをつけて音楽を聴く。
そして一応、テスト前の復習として教科書を開く。
音楽を聴いている方が、勉強に集中できる気がした。


そしてしばらくして、亮太が眠たそうにフラフラと教室に入ってくる。
今日も徹夜なのだろうか、目の下には少し隈ができているように見えた。

「しょーご、おはよ…。」

「おう。おはよ。」

亮太は疲れ切った様子で将悟に挨拶をして、自分の席に着く。
椅子に座るのを同時に、大きなため息と共に机に伏せる。
その様子を見て、将悟は自分の鞄から百合に渡された手紙を出す。

「亮太、ラブレター。」

「おーよかったな。モテる男は違いますねー。よかったですねー。」

亮太は顔を上げずに、不貞腐れたように適当な返事をする。
どうやら将悟がラブレターをもらったのだと勘違いしているようだ。

「いや、お前に。」

「彼女いるくせにムカつくわー。…って、え?ええっ!?俺に!?」

ガバッと勢いよく起き上がり、驚いたように大きな口をさらに大きく開け、
将悟の持つ手紙を、期待の眼差しでじっ、と見つめる亮太。
その様子が可笑しくて、将悟は正直に本当のことを話す。

「…嘘。ラブレターじゃないらしい。」

「なんだよ…。」

明らかにガックリと肩を落としす亮太。
将悟は、昔からオーバーすぎる、いいリアクションをしてくれる亮太に、
少し意地悪をするのが楽しかった。

「でもお前宛だって。この前の…百合ちゃん?から。」

手に持っていた手紙を亮太に差し出す。
亮太は少し不思議そうな顔をして、その手紙を手に取る。

「なんで将悟が持ってんの?」

「朝、下駄箱の前で偶然会ったんだよ。」

その手紙を、開かずにじっ、と見つめる。
亮太もまだ、百合に思いを寄せているのだろうか。
少し切なそうな瞳が、揺れていた。

「百合ちゃん…元気そうだった?」

手紙から視線を逸らさずに呟く。

「あー…あの子は、強い子だと思うぞ。」

その言葉に、亮太は少し切なそうに微笑む。

百合の真っ直ぐな瞳、凛とした声。
そうだ、彼女は、まだ何も諦めてはいないのだろう。
強い意志をもって、地面にしっかりと立っているのだろう。
彼女は、強い人間だ。

「亮太は、どうすんの?」

「どう…って。」

亮太は、なんのことかわからないという顔をして、将悟の方を向く。
まだ開いていない手紙を、大事そうに両手に握ったまま。

「このままでいいのか、って言ってんだよ。」

将悟は、亮太の気持ちを知っている。
もちろん、百合の気持ちも。
けれど、切なそうに手紙を見つめる亮太を見ると、背中を押してやりたくなる。
結果がどうなるにせよ、亮太の一人で思い悩む顔を、見ていたくはなかった。

「百合ちゃんは、日向が好きなんだよ。」

切なそうな顔のまま、静かに亮太は語る。
亮太はもう、諦めてしまったのだろうか。

「…でも、お前は…百合ちゃんのこと、好きなんだろ?」

「…まあな。でも…、」

大きくため息を吐いて、笑顔を見せる亮太。

「困らせたくねえんだわ。」

そんな亮太の、無理して笑う顔が、痛々しかった。
しかし、亮太が自分で決めたのなら、自分が口を出すことはできない。
将悟はただ、その笑顔を見つめることしかできなかった。

「…後悔すんなよ。」

「しねえよ。ばーか。」

亮太はただ笑って、未開封のままの手紙を鞄の中にしまった。





そのまま二人は言葉を交わすことなく、
これから始まるテストに向けて、教科書を開き、眺めていた。
しばらくすると、日向が朝のHRギリギリに教室に入ってきた。

「おはよ!日向。」

「…おはよう。」

なんだか日向はいつにもまして元気がないように見えた。
元気がないというより、何か悩んでいるのか、考え事をしているようだ。

「日向が遅刻ギリギリって珍しいな。いつも早いのに。」

「…ちょっと、保健室寄ってきたから。」

「え?体調悪いのか?」

「…彼方が、な。」

気まずそうに目を逸らす日向。
そのまま日向は、黙って静かに鞄を置き、
自分の席に着くと同時に、HRを始めるチャイムが鳴った。


そんな二人のやり取りを、将悟はずっと黙って見ていた。

麻丸。
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麻丸。

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