「月の居場所」

「月の居場所」



篠田誠。25歳。
昔から面倒事は嫌いだし、努力することも嫌いだった。
ただ楽に、楽しく生きていければ、それでよかった。

父親は、大きな製薬会社を一代で作り上げた社長。
母親は、現役の敏腕弁護士。
兄は二人いて、二人とも東京のいい大学を出て、一流の会社に勤めている。
絵に描いたようなエリート一家だ。
その中で、自分はいわゆる落ちこぼれ。

幼いころから、父親も母親も、仕事ばかりで家にはほとんどいなかったし、
たまに顔を合わせて、口を開けば、
「勉強しなさい」
「いい学校に入りなさい」
「いい会社に勤めなさい」
と、呪文のように繰り返した。
親に言われるまま、机に向かって勉強をしている兄たちを見て、
子供ながらに疑問を抱いたことを覚えている。
そうやって勉強した先に、何があるのだろう。
無表情でただペンを動かして、ちっとも楽しそうじゃない。
まるでその姿は、親の操り人形のようだ、とも思った。

自分が小学生になると、一番上の兄も、二番目の兄も、
親の期待通り、私立の中学受験、県内で一番頭の良い公立高校受験に、難なく合格した。
けれど、相変わらずただ無言で机に向かっていて、
その頃には、兄たちの笑顔なんて思い出せなくなっていた。
親の笑っている顔も、見たことがない。
いや、見たことがないはずはないが、どうしても思い出せなかった。
母親も父親も、家にいても書類やパソコンの画面を見ながら、
眉間に皺を寄せて、ずっと難しい顔をしていたからだ。
母親も、父親も、兄たちも、自分のことなんて、誰も構ってくれなかった。

そんな静かな家が寂しくて、自分はわざと勉強ができないふりをした。
小学校のテストなんて、難しいわけじゃないし、100点なんて簡単に取れた。
けれど、解答欄に見当違いな答えを書いたり、
空欄にしたりして、ほとんど0点に近い点数を取った。
そんなテスト用紙を見て、母親は鬼のような形相で自分のことを叱ったのを覚えている。
叱られたのは、怖くて悲しかったけれど、子供ながらに、
『初めて母親が、自分のことだけを見てくれた』と思った。
それが嬉しくて、何度も何度も0点を取った。
その度に、母親は酷い顔で怒って、自分を見つめて叱ってくれた。
けれど、そのうちに母親は0点のテストを見ても、自分に見向きもしなくなった。
自分は親の期待に応えられない出来損ないだと、呆れられたのだ。見捨てられたのだ。
そんな家に、自分の居場所はなかった。

勉強をして、100点を取れば、また母親は自分のことを見てくれるだろうか。
いや、きっと、兄たちのように「もっと勉強しなさい」と、言われ続けるのだろう。
誠は、兄たちのようには、なりたくなかった。
友達と遊ぶことも、楽しそうに笑うこともできないまま、机に縛り付けられるのは嫌だった。
結局、成績は挽回できずに、頭の良い兄たちとは違う公立の中学へ進学した。
そのまま何もする気も起きないまま、ただ毎日を怠惰に過ごしていった。

一応高校には入ったが、中学の頃から悪い奴らとつるみだし、
飲酒、喫煙、万引き、カツアゲなんて当たり前。
無免許バイクでの暴走行為、シンナーや脱法ドラッグ、一通り悪いことに手を染めもした。
一日中不良グループとつるんで、学校にも行かず、
堅苦しい家になんて帰りたくなくて、朝から晩まで喧嘩に明け暮れた。
そして高校一年の夏、傷害事件を起こして高校を退学させられた。

傷害事件と言っても、敵対していた不良グループが喧嘩を売ってきたのだ。
幸い自分は体格にも恵まれていたし、喧嘩も強かった。
だから、応戦して返り討ちにしただけ。
刃物や道具を使ったわけではない。
相手が死んだわけでも、骨が折れたわけでもない。
まあ、ヒビくらいは入ったかもしれないが。

その事件を起こした時、母親は泣き崩れた。
兄たちは、まるで汚いものを見るような目で、自分のことを見ていた。
父親は初めて「できそこない」と言って、自分を殴った。
後にも先にも、父親が自分のことを見たのは、その時だけだった。

先に喧嘩を売ってきたのは向こうだ。
自分は悪くない。身を守るためだ。
なのに、なんだ、そのゴミを見るような目は。
全部全部気に入らない。
自分を認めてくれない世界が、嫌いだった。
その頃には、成長しきった反骨精神や、反発心がすっかり肥大していた。

伸ばした銀髪も、ピアスも、タトゥーも、自分を強く見せるためだった。
強く見せていれば、自分に喧嘩を売ってくる奴らなんていなくなるからだ。
代わりに、同級生や、仲の良かった友人を、たくさん無くした。
自分の周りに残ったのは、不良仲間だけだった。

優樹に初めて会ったのは、自分が17歳の夏だったと思う。
その頃の自分は、高校を退学してから、家出同然に家を飛び出して、
バイトもせず、何もする気が起きなくて、友人の家を転々としていた。
相変わらず不良仲間とつるんでいて、とてもまともとは言えない人生を送っていた。
仲間とつるむのは好きだった。
けれど、同時に孤独も好きだった。

だから、たまに一人で公園のベンチに座り、ただぼーっと空を見上げて一日を過ごす。
その日は朝から雨が降っていて、いつもと違う屋根付きのベンチに座っていた。
ベンチのすぐ横には灰皿が備え付けてあり、誠は静かな雨音を聞きながら、煙草をふかしていた。
時刻は深夜だったと思う。俗に言う、丑三つ時くらい。
当然だが、雨降りの公園には誰もいなかった。
誰かいたとしても、こんなガラの悪い自分に近付こうなんて人間は、
自分たちと同じような不良少年以外に、誰もいなかった。
街を歩いていても、みんな自分を避けて、目も合わせないように顔を背けた。
誰も自分に近寄らない。そんなはずだった。

その男は、土砂降りの雨の中、手に傘を持っていた。
けれど、差そうとはせずに、傘は閉じたまま、びしょ濡れになっていた。
俯いて、誠のもとへと、ゆっくりと歩いてくる。
いや、自分のもとではない。灰皿の前でピタリと立ち止まる。
こっちが目的だったようだ。
誠は黙って、その男をじっと見つめる。
ゆるいパーマをあてた髪が、水を纏って重たそうに垂れていた。
頬が濡れているのは、きっと雨のせいだろう。
着ているのは、この暑い夏に見合わないような、暑苦しい黒いスーツだった。

誠を気にする様子もなく、その男は灰皿の前に立ち、
ポケットから煙草を取り出し、口に咥える。
そして煙草の箱をポケットに戻して、再びゴソゴソと、ポケットの中を探る。
ライターでも探しているのだろう。
腰のポケット、胸ポケット、様々な場所を探って、
ライターが見つからなかったのか、肩を落として、大きく溜息を吐いた。

変わった男だと思った。
こんな深夜に、公園に来るなんて。
警戒する様子もなく、ビビる様子もなく、自分の傍に近寄ってくるなんて。
傘を持っているのにも関わらず、それを差さないところとか。
雨のせいで余計に蒸し暑いのに、スーツをキッチリと着込んでいるところとか。
変な奴だな、と思った。
だから、これは気まぐれた。

誠は黙ったまま、自分のオイルライターに火を灯して、その男に差し出す。
その男は驚いた顔をして、瞼をパチパチと瞬かせた。

「サンキュ。」

そう言いながら、その男は煙草を咥えたまま、
誠の差し出すオイルライターに顔を近づけ、煙草に火を灯した。

正面からその男の顔を見ると、自分よりは年上に見えた。
二十歳そこそこくらいだろうか。
パーマで曲線を描く前髪から、ポツリポツリと水滴が滴っている。
目頭が少し赤い。泣いていたのだろうか。

「優しいんだな。ありがとう。」

紫煙を吐き出しながら、その男は自分に微笑んだ。
その男の笑顔が、何故か眩しくて、見ていられなくなって、誠は目を逸らす。

「…別に。」

人に真っ直ぐな笑顔を向けられるのは、いつぶりだろう。
真っ直ぐにお礼を言われたことなんて、ないかもしれない。
なんだか恥ずかしいような、照れるような、くすぐったい気持ちになる。

「お前、名前は?」

誠の素っ気ない態度を気にも留めず、その男は軽い調子で伺う。
この男は、自分が年下だと気付いたのだろう。
先程よりも、馴れ馴れしい様子だった。
こんな自分に声を掛けるなんて、本当に変な奴だ。

「…篠田。」

誠は紫煙を吐き出しながら、静かに答えた。
別に名乗る必要も、理由もないのだけれど、その男のことが、妙に気になった。
これは、気まぐれだ。

「しのだ?」

その男は少し不思議そうに首を傾げる。
そして、ゆっくりとベンチに座る自分の正面に立った。
一歩歩くたびに、ポタポタと濡れた体から水滴が落ちる。

「ちげーよ。それ苗字だろ?俺が聞いてるのは、名前だよ。な・ま・え!」

人差し指を立てて、ぐいっと誠に詰め寄る。
そんな子供のような無邪気な仕草が、大人っぽい見た目と違って、アンバランスだった。

本当に変な奴だった。
それから、その男は毎晩その公園に現れた。
誠が素っ気なくしているにも関わらず、自分を警戒することもなく、
萎縮することもなく、馴れ馴れしく笑って、話しかけてくる。

後から聞いたことだが、
優樹に初めて会ったその日は、優樹の両親と弟の、葬式があったらしい。
暑苦しいスーツの理由は、家族を亡くしたからか。
傘を差さなかったのは、泣いているのを悟られたくなかったからだろう。
こんな自分に声を掛けたのは、きっと、悲しみでどうかしていたのだ。
話し相手が、ほしかっただけだろう。

そのうちに優樹のことを知り、少しずつ心を開いていった。

優樹は純粋だ。疑うことなく、すぐに人を信じる。
馬鹿正直で、お人好し。子供のように気まぐれで無邪気。
いつか悪い奴に騙されるのではないかと、心配になるほどだ。
明るくて、素直で、少しぶっきらぼうだけど優しい。
自分とは大違いで、誠の目には、優樹はキラキラと輝いて見えていた。
優樹に、憧れに近いものを抱いていた。
優樹のようになりたいと、そう思った。

自分は優樹とは違う。
純粋でもないし、明るくなんてない。
本当はお喋りでもないし、常に他人を疑っている。
社交的だなんて演じているだけで、本当は誰よりも他人を嫌っている。
同時に、自分自身のことも。

太陽のように、キラキラ輝く優樹を見ていると、
自分なんて、自ら輝けない、くすんだ月のようだと思う。
けれど、そんなキラキラ輝いている優樹の傍にいれば、
太陽と月のように、その光で自分も輝いて見えるんじゃないかと、そう思っていた。

そうして、優樹と出会ってからしばらくして、不良仲間とつるむのはやめた。
代わりに、優樹と一緒に過ごすことが多くなった。
優樹には小学生の妹がいて、優樹はその妹を溺愛していた。
いつも「可愛い可愛い」と言っていて、端から見ると、ロリコンか、誘拐犯にでも見えた。
けれど、亡くした家族の代わりに妹を育てると言い出し、
まだ遊びたい盛りだろうに、大学を辞めて、夜の店を出すと言い出した時は驚いた。

どうしてそんな境遇になってまでも、明るく笑えるのか。
どうして優樹は、そんなにキラキラと、強く輝けるのか。
不思議だった。羨ましかった。
自分もそうなれたらいいのに、と思った。
だから、自分も一緒に働くと、優樹に言った。
優樹の傍にいれば、自分もそうなれると、まともになれると、そう思った。
優樹は少し驚いたような顔をして、それからいつものように笑って、
「そう言うと思った」と、自分を傍に置いてくれた。

最初は、カウンターだけの小さな店から始まった。
自分は夜の仕事の経験なんてなくて、手探り状態で必死に働いた。
次第に固定客も付いてきて、週末には、店に入りきらないほどの客で賑わった。
店も波に乗ってきて、「狭い店内じゃ不自由だから」と、
優樹は、最初より大きな場所に店を引っ越した。
それから従業員も増えて、さらに客も増えて、もう一度引っ越しをした。
二回の引っ越しを経て、今では地元でちょっとした有名店になっている。
優樹には、経営の才能があるのかもしれない。

その頃には、自分も作り笑いが上手くなって、女子顔負けのマシンガントークを覚えた。
張り付けた笑顔も、徐々に自然になって、
「明るくて楽しい、みんなのお兄ちゃん」という立場を、手に入れた。
不良仲間とつるんでいたころとは、違う。
少しは、まともになれた気がした。
たくさんの客や、従業員に囲まれた優樹の傍が、自分の居場所だ。
優樹は自分に、まやかしの輝きをくれる。
誠は優樹のことを、誰よりも慕っていた。


そう言えば、たくさんの従業員がいる中、
最初に彼方を紹介された時、優樹が冗談を言っているのだと思った。
だって、とても20歳には見えない。
どう見たって、高校生くらいだと思う。
少なくとも、大人には見えない。
初めて彼方と話した時に、「なんて胡散臭い奴だろう」と思ったのを、覚えている。
何か隠しているような、光のない目が、やけに気になった。

張り付いたような笑顔で、本心を隠す姿。
言葉巧みに、他人の懐にはするりと入るが、
自分の心の中には、絶対に誰も入れようとはしない潔癖さ。
いつもニコニコしているのに、時折、誰のことも信用していないような冷たい瞳をする。

一緒に働くうちに、誠の中で、彼方に対する「胡散臭さ」は肥大していったけれど、
「夜の仕事する奴なんて、何か言えないような理由がある奴ばかりだから、
あんまり詮索してやるなよ。」と優樹に釘を刺され、本人には聞くことができなかった。
あの気味の悪い笑顔。光のない冷たい瞳。
どう考えたって、おかしい。

7月下旬から8月いっぱいという、期間限定なのも気になった。
その期間は、一般の学生の夏休みにも被る。
もしかしたら彼方は二十歳なんかではなく、高校生なのではないか、という疑問を持った。
ちょうど自分には、彼方の出身と同じ、潮南の田舎に住むバンド仲間がいたし、
軽い気持ちで、言葉巧みに将悟を揺すってみた。
まさかその時に、彼方にそっくりな人間に出会うなんて、思ってもみなかったが。
ずぶ濡れでバス停に倒れていた、彼方そっくりな少年、日向。

将悟や日向と話すうちに、自分の感は当たっていたのだと、確信した。
彼方は二十歳ではない。日向の双子の弟で、高校三年生だ。
けれど、同時に懸念も生まれた。
この事実を知って、どうする?優樹に言うのか?彼方に迫るのか?
そんなことをして、どうなる?優樹を戸惑わせるだけだ。
優樹の作り上げた店を、引っ掻き回すような真似はしたくない。
それに、自分も、余計な面倒事はごめんだ。

どうせ彼方は、9月になれば店からいなくなる。それまでたった数週間だ。
彼方がいなくなれば、何もなかったかのように、元に戻る。
それならば、知らないふりをしよう。そう決めた。
優樹に余計な心配なんて、させなくていい。
面倒事は、見ないフリ、聞かないフリ、知らないフリ。
知らないから、自分は関係ない。知らないから、なかったことに。
「最初から、そんな事実はなかったのだ。」
そう自分に言い聞かせた。

彼方がいなくなるまでの数週間が、平和に過ぎればいいと思った。
優樹の傍が、自分の居場所。それを脅かされたくはなかった。
自分の太陽を、地に落とされたくはなかった。


「あれ?彼方君は?」

夏休みも終わり、いつものように誠は、優樹のマンションに遊びに来ていた。
仕事以外でも、何をするわけでもなく、こうして優樹と過ごすことが日課だった。
特に理由なんてない。ただ、優樹の傍は楽だから。

通されたリビングには、優樹と京子だけがいて、彼方がいない。
いつもは彼方も優樹の家にいるはずなのに。

「あー、なんか『出かけてくる』って言って、どっか行ったぞ。」

そう言いながら、優樹は京子の隣に座る。
優樹のマンションのリビングは、テーブルを挟んで、
二人掛けの大きなソファーが二つある。
京子が座ってた奥のソファーが、優樹の特等席。
その向かいが、いつも誠や、彼方が座る「お客様用」だ。
誠は慣れた様子で、その「お客様用」のソファーに腰掛ける。

「へー、珍しいねえ。彼方君が一人で出掛けるなんて。」

同伴やアフター以外の時は、彼方はいつも優樹と行動を共にしていた。
こうして一人で出掛けているなんて、珍しい。
何か、変なことをしていないといいが。
そう考えてしまうのは、自分が彼方を信用していないからだろう。

「女のとこかもなー。」

そう言って、優樹は煙草に火を点ける。
別に、誠は彼方に彼女がいることに、驚きはしない。
二十歳でも、高校三年生でも、そういう年頃だ。
彼女がいたところで、何ら不思議もない。
けれど、それでよく枕営業なんてできるなと、軽蔑した。

言わないだけで、知らないふりをしているだけで、
自分は、彼方の隠していることを知っている。
枕営業のこと、年齢を詐称していること。
優樹に秘密にするのは、彼方のためではない。
優樹と、自分自身のためだ。

「アイツ、田舎に女いるみたいだぞ。」

紫煙を吐き出しながら、優樹が言う。

「田舎に…女?」

京子は首を傾げる。
驚いているというより、怪訝そうな表情だった。
そういえば、優樹に彼方を紹介したのは、京子だったはずだ。
京子は、彼方の隠していることを、知っているのだろうか。
知っていて、優樹に紹介したのだろうか。
いや、それはあまり考えられない。京子も優樹を慕っている。
わざと優樹を裏切るような真似は、しないと思う。

「京子、何か知ってるのかー?」

優樹はニヤニヤと茶化すように、隣に座る京子の顔を覗きこむ。
けれど、京子は素早く顔を背けた。
それは、恥じらいや、照れじゃない。

「い、いや…知らない。」

この京子の反応は何だ?
明らかに、何かをを隠すようだった。
違和感を感じる。京子が優樹を裏切るわけない。
裏切るわけはないけれど、京子は何かを知っているのではないか。

「なーんだ。つまんねーの。」

ほら、そう言って、優樹は疑わない。
明らかに怪しいのに、人の言葉を鵜呑みにする。馬鹿正直なお人好し。
それが優樹のいいところではあるのだけれど、同時に危うさでもある。
京子も自分と同じ、知らないふりをしようとしているのか?
何かを知っているとして、京子はどこまで知っているのだろう。
きっと、自分よりも、彼方の深いところを知っているのではないか。
知っていて、何故、優樹に彼方を紹介したのか。
他にも隠し事があるのだろうか。
優樹の立場を脅かすような隠し事が。
もしそうなら、自分はどうすればいい?
どうすれば、優樹を守れる?

「誠、顔こえーよ。」

優樹の言葉で我に返る。
ぐるぐると思考を巡らせて、気付いたら難しい顔をしていたようだ。

「え?あ…ああ、ごめん。考え事してた。」

慌てて誠は、取り繕って笑う。
まさか京子を疑っていたなんて、言えるはずもない。
けれど、疑い深い自分の性格は、そうそう直せるものではない。

「まあ、お前の顔が怖いなんて、元からだけどなー。」

ニシシと、悪戯っ子の笑みで優樹が笑う。
酷い言われようだ。けれど、自覚はある。
しかし、親から遺伝した垂れ目は、今更どうにかなるものでもない。

こうして無邪気に笑える優樹が、羨ましかった。
優樹は自分の憧れ。自分も優樹のようになりたかった。
こんな自分を、まともな人間にしてくれたことも、感謝している。
恥ずかしいから口には出さないが、誠は、優樹に忠誠を誓っていた。

だから、もし彼方が優樹の邪魔になるのなら、
知らないフリを続けることができなくなる。
そう、誠は思った。

麻丸。
この作品の作者

麻丸。

作品目次
作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov141580761930680","category":["cat0002","cat0004","cat0008"],"title":"\u300c\u30c0\u30ea\u30a2\u306e\u5e78\u798f\u300d","copy":"\u89aa\u304b\u3089\u66b4\u529b\u3092\u53d7\u3051\u308b\u53cc\u5b50\u306e\u65e5\u5411\u3068\u5f7c\u65b9\u3002\n\u305d\u3057\u3066\u305d\u306e\u5468\u308a\u306e\u4eba\u9593\u95a2\u4fc2\u3092\u5fc3\u6e29\u304b\u304f\u304a\u898b\u5b88\u308a\u304f\u3060\u3055\u3044\u3002\n\u72ed\u3044\u4e16\u754c\u306b\u751f\u304d\u308b\u5c11\u5e74\u305f\u3061\u306e\u6210\u9577\u3092\u63cf\u304f\u9752\u6625\u5c0f\u8aac\u3067\u3059\u3002","color":"tomato"}