味噌汁を椀につけながら僕は親父の様子を盗み見た。

 仕事からの帰りしなに近くのスーパーで買ってきたというアジフライを皿に載せ電子レンジで温めている親父。
 その背中は最近少し小さくなった気がする。

 首筋や手の甲の肌は赤茶けていてまるで古いレンガのようだ。
 見るからにカサカサとしていて張りや潤いというものが全く感じられない。
 少し力を加えればぼろぼろと崩れてしまいそうだ。
 汗を出すとか温度を感じるとかいった皮膚としての機能は恐ろしく低下しているに違いない。
 ろくに手入れをせずにこの夏の強烈な日差しを毎日浴び続けた結果がこれなのだ。
 汗と土埃が複雑に絡み合ったような饐えた加齢臭を周囲に振り撒いていることに親父は気付いているのだろうか。

 普段は学芸員として特別なイベントがあるとき以外は残業などほとんどなく週休二日をしっかり守っていたのだが、発掘が始まって以来親父は早朝に家を出て夜遅くまで帰ってこず、しかもほとんど毎日出ずっぱりだ。

 チーム編成が発表される前からテレビや新聞で例の陶器のことが取り上げられると食い入るように見つめていた親父が発掘に直接携われることを喜ばないはずがなかった。
 「鎌倉時代の豪族の屋敷跡だろう。この地域ではこういう発見がなかったから当時の生活様式を知る上で貴重な資料が出土するかもしれない。町のPRにはもってこいだ」と熱い口調で僕に説明していた親父は母さんが入院して以来一番生き生きとした表情を見せていた。

 あれからもう一年が過ぎている。

 発掘の進捗状況はどうなのだろうか。
 果々しいとは言えないということは久しぶりに夕食に間に合うように帰ってきて疲れ気味に肩が落ちている親父の様子を見れば分かる気がした。

「明日は久しぶりに休みだから俺が朝起きてこなくても心配するなよ」

 テーブルについた父は味噌汁を啜りながら僕の顔を見ることなく言った。

 親父の声は何となく僕の耳になじみがない感じがした。
 そういえばこの一年間父子の会話はほとんどなかったのだと思い至った。

 僕が起きる頃にはすでに家を出ているのだから朝親父の顔を見ないのは明日も今日までと変わらないという思いを込めて僕は曖昧に頷いた。

「これからは今までみたいな忙しさはないから」

「了解」

 取りあえずそう返事をしたが、親父の言いたいことが何なのか僕にはよく分からなかった。

 朝起きたら親父が優雅に朝ごはんを作っていることがあるかもしれないということか。
 週休二日が確保されるということか。
 入院している母さんに面会する時間は取れるのか。

 生温かいアジフライを食べながら待っていても親父からは何一つ情報は得られなかった。

 取りあえず発掘調査は一区切りついたということなのだろう。
 今後発掘チームがどういうことになるのか、いつになったら普段の暮らしに戻るのかは親父にもまだ分かっていないのかもしれない。

「来週、実力テストがあるんだ」

「そうか」

「結果が出たら先生と進路についての面談があるんだって。先生が日程調整したいから電話が欲しいって」

「誰に?」

「父さんに」

「俺に?進路面談?……そう言えばお前受験生だったな」
 
 親父は急に食欲をなくしたように手にしていた茶碗と箸をテーブルの上に置いた。「すまなかったな。ここのところ家のことはお前に任せっぱなしだった」

 まるで古女房に言うような謝罪の言葉が返ってくると僕は気恥ずかしくてテレビに目を移した。

「母さんのこともね」

 しまったと思ったときには既に遅かった。
 非難めいたことを口にするつもりはなかったのに。

 親父は僕の前でいよいよ恐妻家のように畏まって項垂れた。

「母さんにも悪いと思ってる」

 親父は突然茶碗に残ったご飯に味噌汁を掛け勢い良くかきこむと自分が使った食器を流しで洗い、僕がどこの高校を志望しているかを訊くこともなくそそくさと風呂に向かった。

彩杉
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