※これはサンプルです。

プロローグ

 死体が、川を流れている。
 それをエルフの少女が、あぜんとしてながめていた。
 少女の名前はニア。ヒマワリのように輝く金髪に、若葉のような緑の瞳を持っていた。格好は、エルフの民族衣装で、旅をする時に身につけるものだ。見た目は人間の少女でいうと、十六歳前後。朝露が葉を伝って流れるように、その目には涙が浮かんでいる。
「おい、今度の死体は赤い服を着てるぜ」
「本当だ。くっそー」
「俺の勝ちだ。ははっ」
 川べりで、人間の少年たちがはしゃいでいる。
 彼らは死体の服の色を賭けて、遊んでいるのだ。その表情に、ニアのような悲愴感はまったくない。
 次の死体が流れてくる。まだ遠くにあり、服の色はわからない。
「う~ん。灰色」
「俺は青」
「そうだな、俺は黄色」
 また賭け事が始まる。
 ニアはその無神経な態度に、彼らをにらんだ。
 怒りの感情が、血に溶けて体中を回る。
「――黒、だな」
 少年たちに混じって、男が急に前に出てきた。彼も人間だった。突然出てきた変な男に、少年たちはビクリとなる。
 死体が流れてきた。腐敗ガスが充満して浮くその姿に、皆の視線がいく。ボロボロに破れた上着は、黒色をしていた。
「俺の勝ちだな」
 男は静かに言った。
 少年たちは賭け事に負け、さらに大人が出てきたことによりしらけてしまい、その場から立ち去った。残ったのは、ニアと男の二人だけだった。
「……教えて、リョウク」
 ニアは、男の名前を呼ぶ。
 リョウクという人間の男は、黒髪に黒目、腰には剣をたずさえていた。一応顔は整っており、眉は斜めに細く、眼光は鋭い。年齢も二十歳と若かった。ただ、多少性格に難があった。
「なんでしょう? ニア様」
 リョウクはニアと同じ、死体が流れる川を見つめながら言った。
「どうしてこの国の人々は、死体を川に流しますの?」
 震える唇で、ニアは聞いてみた。ほんの数日前までいた『光の大陸』では、絶対に見ない光景だった。初めての旅で、いきなり衝撃を受け、動揺が激しくなっている。
「この国の人々は、高い土地代を払えないのでございます。それで、死者を弔う墓を作ることができません。火葬や土葬は禁じられているので、川に流すしかないのでございます」
 リョウクは丁重な言葉で話した。
「そんな……。そんなこと、間違ってますわ」
 ニアはそう言うと、川に足をつけ、中へと入っていく。
「ニア様? なぜ川の中へ?」
「あの死体を引き上げますの。きちんと弔ってあげたいから」
 ニアはずんずん水の中へと侵入した。
「ニア様。やめたほうがいいと思います」
「どうしてですの? 死者を川に捨てるなど、冒涜しています。あれでは彼らも浮かばれないでしょう。私が供養します」
「いや、そうではなくて。その川、深いですよ?」
「へっ? きゃっ!」
 足に重りがなくなった。ニアは水に食われ、体内に押し込められる。
「ぷはっ! はっ、早く言って……うっ」
 ニアの鼻に、つんとした腐敗臭が入ってくる。
 川はドブの味がした。
 目の前を、黒いミミズが楽し気に踊る。
 ――……最低!
 ニアは吐き気を我慢しながら、そう心の中で叫んだ。こんな旅など出なければよかったと、後悔した。だが、そんな黒い感情も、意識が失われていくうちに消失していく。
 ――ああ、どうしてこんな所、来たのでしょう……。
 ニアは抵抗をやめ、よどんだ川に流されていく。
 意識がなくなり、闇が訪れた。
 まさしくここは『黒い大陸』だと、ニアは思った。

因幡雄介
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因幡雄介

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