◆ 導の民

――ハイネ?


 ミカノが呼びかけた男の名前に、ミナミの眉が小さく潜められる。

 どこかで聞いた覚えのあるその響きを確かめるように、必死で自身の記憶を漁り……思い出す。この大陸に移動する前に一騒動あった、とある街での出来事を。

「――わたしに剣を向けた人っ!!」

 王都カレアナンに滞在していた時、六人は国王直属の騎士やギルドの面々に襲われた。彼らは“鳥籠”に依頼され、“花嫁”であるミカノとキーナの奪還を目論んでいたのだ。

 女性陣は揃って買い物に出かけていたのだが、その際ミナミはハイネに剣を向けられるという恐怖を味わっていた。

 ハイネとしては傷つけるつもりは毛頭なく、脅しと挑発とを手っ取り早くこなすための手段でしかなかったのだが、

「うぅ……っ」

 その時のことでも思い出したのか、震える手で指をさしつつ精一杯の凄味で睨んで見せたミナミに対し、ハイネは、

「おぅ、あんときの嬢ちゃんか!」

 とだけ返して、全く悪気のない笑顔まで浮かべていた。

「怪我はないか? あん時は悪かったな!」
「……え? あ、うん……?」
「あんま女に刃物なんて向けたかねーんだけどさ、ほんっと悪ぃっ!」

 顔の前で両手を合わせ拝むように謝罪してくるハイネに、ミナミは呆気にとられて思わずこくこくと首を振ってしまう。雑な言葉ではあるが彼はさらに謝罪の言葉を重ねた後、ミナミを含めてまだ席に着いていない面々にも目を向けた。

「ほら、お前らも立ってないで座れよ! 折角テーブルもくっつけてもらったんだし、腹減ったからここに来たんだろ?」

 言いながらテーブルに伏せてあったコップにピッチャーから水を注いでいった。

 あまりにもてきぱきした動きにミナミは唖然としたが、ケイヤがハイネの隣に、マサアがタヤクの隣にそれぞれ腰かけているのを見、慌ててマサアの正面に座る。
 その後、ハイネの正面に腰掛けていたミカノの隣にキーナが座り、ようやく落ち着いた。

 注がれた水を一口含み喉を潤した後、ミカノがハイネに口を開く。

「で? なんであんたがここにいるワケ?」
「んー……お前たちを追いかけて、とは思わねぇの?」
「それはないわ」

 きっぱりと言い切るミカノに驚いたミナミが目を向けると、彼女は変わらずハイネから目を離さないまま続けた。

「ギルドに所属してるアンタが“鳥籠”に雇われてあたしらを追うのはもっともなんだけどね。さっきのあの間抜け面は心底“予定外”って顔だったわ。なにか別件があってここにきたんでしょ?」

 どうだ、と言わんばかりのミカノの言葉に「間抜け面は余計だ」と若干恥ずかしげに笑ったハイネだったが、

「まぁな」

 と、あっさり口を割ったのだ。

 これには問いかけたミカノだけでなく、ケイヤ、タヤク、キーナも不審げな目をハイネに向けたが、それらの視線に晒されても彼の態度は変わらず、どこか軽薄ささえ感じさせた。

「探してる奴がいてな」
「探してるヤツ?」
「ん。すこーし問題があってな……」

 ちびり。
 ピッチャーから注いだばかりの冷えた水を一口。

 ハイネの赤茶色の瞳が昏くなった……ように、ミナミの目には映った。

「お前らさ、“導(しるべ)の民(たみ)”って聞いたことあるか?」
「しるべ?」
「いや、聞いたことないなぁ」

 小首を傾げるミカノに続いて、マサアがのんびりとした口調で返す。その視線は先を促すようにじっとハイネに注がれていた。

「導の民、ってのは“鳥籠”の協力者だ。昔語りの補完や“花嫁”や“騎士”の育成にも携わってる」

 ロウというのはハイネの友人であるローウェンの愛称であり、先日大陸同士を繋ぐ街道でミカノとケイヤを襲った少年の名である。
 ちなみにハイネも愛称であり、本名はハイネリア・フィリップ・エイランという。

 ハイネのざっとした説明を受けて、ミカノは脱力したようにテーブルへと突っ伏した。

「やっぱりそっち方向なのねー」
「ミカノちゃん、行儀悪いわよ」
「まだご飯来てないからいいんだもーん」

 窘めるキーナにも適当に言葉を返し、頬を膨らませたミカノは「つまんない」と呟きを漏らした。ため息を吐くキーナには悪いが、ミナミも同様につまらないと思ってしまう。

 自分たちに係わりのあることならば辛抱しようとも思うが、“導の民”とやらがどう係わるのかが、ちっとも想像できないのだ。

 そんなミナミの内心など分かる由もないタヤクは、若干呆れたような目でミカノを捉え「ちゃんと聞いとけよ」とだけ言葉をかけ、隣に座るハイネへ視線を返す。

「……で?」
「まぁ、探してる奴ってのがその導の民なわけだ。ハーフエルフの女で、名はリイセって言うんだけど」
「リ・ィセ? 繰り返し、なぞる……」

 変わった名前ね、とキーナが呟きミナミは再び首を傾げた。

 エルフたちと人間の言語は基本的に違う。
 というよりも、ほぼ全ての種族がそれぞれ独自の言葉を使っており、極稀に一部の言葉が共通する種族がいる程度である。

 エルフの言語を“鳥籠”にいるときに学んでいたキーナは単語の意味を理解し、故にその名前の奇妙さに首を傾げた。

 ふっ、と溜息とも苦笑とも取れる息を漏らし、ハイネは皿に残っているスパゲッティをフォークでくるくるといじる。細いそれはあっという間に小さなダマになり、ハイネの口の中に放り込まれた。

「――しょうがないんだ。それがそいつの役目だったんだから」
「役目って?」
「……“導の民”、ってやつだ。エルフは長命種だってのは知ってるだろ? 下手すっと千歳以上生きるからな。オレたちにとっては“昔話”でも、あいつらにとっては“親世代の出来事”にもなりうるんだよ。だからこそ、女神のいた時代を知っていて、語り部役になった」

 そこまで一気に話し、彼は自身の頭をがりがりと掻きながら、困ったように眉を顰めた。

「そいつが何故か、いま暴走を始めててな」
「暴走?」

 ミナミの疑問に、心底から“めんどくせぇ”と言わんばかりに浅く何度も頷き、吐き出すように言った。

「リイセはいま、世界各地の“鳥籠”を襲撃して、“花嫁”や“騎士”を解放しまくってるんだ」

伽世
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伽世

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