◆ 漏洩

「……は?」
「それは……」

 ハイネの言葉にマサアが呆気にとられ、タヤクの表情は歪み、ケイヤは首を傾げた。

 リイセという女が各地の“鳥籠”から“花嫁”たちを解放していく理由が分からないからだけではない。ハイネがその女を追いかける理由も分からないのである。

 正式な“花嫁”がミカノとキーナに決まり、“騎士”もケイヤら三人に決まったはずである。ゆえに“鳥籠”は国やギルドを動かして六人を掴まえようとしているのだ。
 そして、現在同じテーブルについているハイネもギルドに所属し六人を追っているうちの一人であり、彼自身も元“騎士”候補である。

 カレアナンの街で相対した時、彼は“ケイヤ達が正式な騎士に決まったから自由の身になった”と言った。それは全ての“鳥籠”のことを指すわけではないのか、とタヤクが問いかければ、ハイネは「あぁ」と短く呟いた。

「オレやシアの居た“鳥籠”はソッコーで解体されたんだよ。で、正式な“騎士”にはなんなかったけど能力は突出したモンがあったからって、ギルドを紹介されたんだ」
「“鳥籠”が就職斡旋したのかよ」

 思わず突っ込んだタヤクだったが、咳払い一つで話の先を促した。

「“鳥籠”は各国が関わっている機関で、ギルドも魔導士協会も“鳥籠”の存在は知っている。いざって時には力を借りなきゃいけないしな。歴代の“花嫁”や“騎士”の候補で選ばれなかったほとんどは、オレらみたいにそういうトコに加入してたらしいな」
「元々“鳥籠”で候補として扱われていたから能力が高いし、色々と分かっているぶん動かしやすいのか」

 ふむ、と口元に手を当て呟くケイヤに、ハイネは大きく頷いて見せる。そうして語られる続きも、六人は固唾を飲んで聞き漏らさないように耳をそばだてた。

「オレらみたいに自由になった奴もいれば、解放されなかった奴らもいる」
「え? だって、その……“本命”は選ばれたんでしょ?」

 言葉が言葉だけに若干躊躇して問いかけたミナミに、タヤクも首を振って同意する。今現在で言えば、ミカノたちがその“本命”である。それゆえ躍起になって追いかけてきているのではないのか、と思ったのだが……――


「――保険、ってとこかな」


 マサアの言葉が場の空気を打って、静かに広まった。
 頬杖をついてコップに注がれた水を眺める目は、普段とは違ってどこか冷めている。



――マサア?



 そんな彼の表情など滅多に見ることはない。ミナミが見たのは、キーナが浚われケイヤが傷つけられた、イシヤの街以来二度目である。
 その時の表情は怒りを超え……いや、身の内側で怒りの炎を蒼く強く燻らせていて、背筋がぞっとするほどに恐ろしかったことを覚えている。

 いまの表情はそれほどの怒りは感じられないが、だいぶ不愉快だということは伝わっていた。

「金髪にーちゃんの当たりだ。女神に“花嫁”を差し出すまでに魔物に襲われて死なれたりなんだりした時、すぐに替えが見つからねーと困るだろ? だから、幾つかの“鳥籠”は解体せず残しとくんだよ」
「そっかぁ」
「……」

 頷くミナミの傍ら、キーナは長い睫を伏せて別のことを思案していた。



――ハイネは“魔物に襲われて”と言ったけれど……



 ふるりと震えた彼女の肩を、ケイヤは見逃さなかった。彼もキーナと同じことを考えていたのだ。


“もしも他の鳥籠の人間が、選ばれた花嫁や騎士を殺したならば”


 “本命”が死んでしまえば、たとえ封印の力がわずかに弱くなったとしても、“代え”を使わざる得なくなる。
 もしもその“代え”を擁立している“鳥籠”の管理者が、富や名声、栄誉に弱い人物だったとしたら……答えは明白である。

 普通ならば命がかかっているような状況でそんなことは考えないであろうが、代えとはいえ本命の人柱に肉薄する力の持ち主たちである。
 数十年、或いは数百年は保つ封印が施されるであろう。

 例え破壊神が目覚めたとしても、それは自分が死んだあとのこと。
 そう考える輩が出てきてもおかしくないのだ。

「……」
「それにさ」

 様々な方向に思考を巡らせるケイヤには気付かず、ハイネは呆れたように六人を眺めた。

「お前ら忘れてるみたいだけど、そのピンクの嬢ちゃんは“花嫁”じゃねーだろ?」

 その言葉に、ミカノやマサアが「あ」と声を上げ、当の本人であるミナミですら目を丸くしてハイネを見返したのだった。

 “鳥籠”が解体されていないのは、慈愛の女神へ捧げる“花嫁”が決まっていないからかもしれないと、今更ながらそんな当たり前のことを思う。
 そんな彼女たちを呆れたように一瞥したハイネは、手にしたフォークをミカノとキーナへ順に向け、

「生命の女神に知恵の女神だろ? ってことは嬢ちゃんが慈愛の女神に当たるわけだ」

 と、最後にミナミを指した。ぺらぺらと話している間にも、ハイネの眼はじろじろとミナミの顔から下まで眺め、やがてはぁ、と溜息をついた。

「嬢ちゃんの能力がどんだけのもんかわかんねーケドよ、“鳥籠”で教育された“花嫁”たちより優れてるとは思えねーし」
「むっ。そんなこと……」
「――だから、“鳥籠”には報告してねーんだよ」

 ハイネの言葉に、再び静寂が落ちた。

伽世
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伽世

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