† 十四の罪――咎人たちの慟哭(参)

「ボクたちがこうして遊んでいる間にも、こうして誰かが殺されてるなんて信じられないねー」
 テレビゲームを終え、代わりに画面を支配した紛争地域のニュースに目を止める少年二人。
「……この世界がひとつの国だったのなら、こんなことも起こらないだろうに――――」
 学ランを着崩してはいるものの、どこまでも真剣、どこまでも哀しげなまなざしで一人が嘆いた。
 もう一方の学生は溜息をつくと、菓子に手を伸ばす。
「あー、それは無理だよ。富も幸福も先着順じゃん。宗教や人種の違いがある限り、いつの時代も人は争う。それを自分たちが勝ちとるためにね。世界史の授業で習った通りだ。優秀なキミならそんなことぐらい、とっくに察してるでしょ? いや――その上で、受け入れようとしない、が近いかな」

 その問いに答えることなく、彼は映像を眺めていたが、おもむろに口を開いた。
「なあ、登輝。イス取りを強いられているのなら、席数を増やせば犠牲者も減る筈だろう?」
「……めずらしく物わかりが悪いね。だから、信者同士、国民同士でしかみんな分け合う気がない以上、それは無理って――」
「無理って誰が決めたんだ? 確かに、過去の教訓から学ぶことは大切だろう。けど、それを言い訳に、未来を変えようとしない者が勝つ日なんて、いつになっても訪れはしない。お前の言う通り、人間とは社会的地位や財産で勝ち負けを決める……人の数だけ幸せがあるのなら、そいつらなりの勝ち負けがそれぞれある筈だというのに」
 憂いながらも、確固とした信念に燃える瞳。その眼が注がれる先は、もうテレビなどではなくなっていた。

「理不尽に虐げられたり、殺されたりしない、各々が自分自身の意思と力で勝負できる世界を生み出す。争いが人の本質なら、愚かな争いを起きなくさせる為の争いに勝つ――それが、俺なりの勝利(しあわせ)なんだ。勝負するんだ、世界と! 幸せは降ってくるものではない。掴み取るんだ、幸福(みらい)を……!」
「キミがここまでアツくなるなんて久しぶりだね。で、どう勝ちにいこうっての?」
 待っていたかのように、少年は頷く。
「俺には夢があるんだ。笑わないでくれよ」
「笑わないよ」

「世界征服さ」
「……ははっ、そりゃいいねえ」
「笑ったじゃないか……小学生みたいだと思った?」
 ふてくされる彼の口に、登輝はチョコを押し込んだ。
「いや、いい歳こいて夢物語を現実にしようと目指しちゃうあたりがキミらしいなーってね」
「お気に召したのなら、打ち明けたかいがあったか。俺は力で本来あるべき席数をまとめ、なるべく多くの人が、なるべく自由な座り方をできるよう尽くす。一人での多くの希望(ゆめ)と未来(いのち)を守る為に、俺に勝てる数少ない達人のお前に協力してほしい」

 若き武道家は、満面の笑みで応じる。
「乗ったよ――じゃあ、キミがみんなを守るならボクがキミを守ろう」
「……俺のことはいいんだよ。自分の尻ぐらい拭える」
 彼の頬に付いたチョコを拭き取ろうとする友の手からティッシュを取り上げ、無愛想に告げる少年。

「キミから尻なんて単語が出るとはねー。上手いこと言ったつもり? ふふふ」
「まったく、もう……お前なんかに話すんじゃなかった……フフ――――」
 無邪気な登輝につられたのか、二人の笑い声が部屋を包んでゆくのに、そう時間はかからなかった。


「ずいぶんと上機嫌だね。彼が断わるのも、予想の内だった?」
 テーブルに腰かけた茅原が足をブラブラさせながら、象山に声をかける。
「……遠い昔の――夢を視ていた」
 足組みしたままソファーから動くことなく、彼は言った。
「またお得意の詩人シリーズかい? 起きてたじゃん」
「フン。元より生きながらにして、覚めない眠りについているようなものだ」
 包帯に覆われた腕。数センチだけめくれた切れ端に目を落とし、象山は語る。
「本当に欲しいものとは手に入らないのが運命(さだめ)。その者とかけ離れているゆえ。なればこそ――求めてしまうのが、人の愚かさか」
「人をやめたボクたちがこんな話をするとはねぇ」
 煙管を傾けると、紫煙に続いて口に出す彼の盟友。

「他の動物は残らず進化に身を任せるがまま過ごすもの。人間のみが人間であることを捨てようとする――あの時も、そうだった」

 象山の言葉に、茅原知盛と称する台湾の武人は、無言で彼を見つめた。


                             † † † † † † †

(ルシファー(こいつ)の感じるままに様子を探ってきたが、もうすぐアジトか……ここいらで引き返したほうが良さげだな)
 いかに人間が進化しようと、本能に従うのが長生きにつながることもあるだろう。しかし、己を狙って待ち構える危険な匂いに、まんまと誘き出されてしまうのもまた、本能なのだろうか。
(……この闘気――まさか、な)
 稽古で幾度となく、受けてきた圧力。それが俺に向けられていることも、ルシファーと契約する以前から培われた感覚で嗅ぎ取れた。
 そして、一流の戦士が戦闘に際し、気配を表にするときは、一騎討ちを望む場合だけだという。
「まさ……か…………」
 降りしきる雨が、不吉な音色で脳内(あたま)に反響していた。

(ダメだ。これ以上進むと――――)
 それでも、好奇心が疲労を凌駕した子どものように、その先にある真実(こたえ)を求め、俺の両足は大地を蹴る。
「違う! 俺はこんなこと……!」
 その解答(おわり)が、あまりに予想通りだと――――
「嘘、だろ…………」
 人間とは、次の道を見出せないものだ。

 そう――とっくに分かっていた。ただ、受け入れられなかっただけ。辿り着いた坂の上に佇立する異形の巨像が、敬愛する師の成れの果てであると。

「なんであんたが――――」

 虫が誘引されると、豹変して喰らいにかかる花が存在すると聞く。
 そして、獲物を逃がすことは決してない。

LucifeR
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