第三章:空の書、理の書――6

          ☆  ☆  ☆

 空の下に、六つの建物と、四つの屋外施設がある。

 コの字型のベージュ色。長方形の木造建築。近代的な造りのオレンジ。そして、L字のビル型。
 建物の内、四つは学舎としての機能を持ち、残りの二つと、グラウンドを含む四つの屋外施設は、スポーツ系の部活動や、体育の授業に際して使われるものだ。

 それらは、〝生活区画二番地〟に所在を置く、〝黎明学園〟と呼ばれる教育機関だった。

 その中の一つ。全体を見渡した際、中央に位置する、コの字型のベージュ色こと〝普通科〟の校舎に、突如として四人の人影が姿を見せる。

 四人が現れたのは、校舎屋上。二つのベンチとフェンスが設けられただけの、殺風景なフロアだった。
 密かに告白スポットとして評判で、ここで生まれたカップルは幸せになる、との抽象的で有り触れた噂が存在するが、夏休み真っ只中であるためか、四人以外の誰もいない。

 お陰で、四人は新しい噂の火種にならずに済んだ。

「こ、ここは? オレたちは三番地の交差点にいた筈じゃ……」

 政が、現状がサッパリ分からない、と書かれた顔つきで、戸惑い気味に独り言つ。
 無理もない。ファレグ隊に四方八方から包囲されていたのに、瞬く間に、彼らの姿が消え去ったのだから。

 しかも、彼が立っている地面は、同じ無機物ではあるが、視界に入る風景は交差点のそれではない。

 だが、彼の認識には間違いがある。ファレグ隊が消え去ったのではなく、自分たちが彼らの前から消えたのだ。

「この子、フィロ・ネッテスハイムの持つ、〝空の書〟の能力だ。霊脈移動っつってな。自分たちをエーテルと同化させて、空間転移する魔術だ」
「エーテルと同化……。なるほど、空の書が扱うのは〝精霊〟ではなく、触媒となるエーテルそのものなのですか」
「ああ、〝魔力〟の消費が激しいもんで、連発はできないが、緊急避難法としちゃあ有用だろ?」
「はい。お陰で助かりました……えっと……?」

 ドグマの疑問形で、哲也が気付く。お互いに、まだ名乗り合っていないことに。

「悪い、自己紹介がまだだったな。俺は哲也だ。蓮葉哲也。〝魔導司書保護団体〟の一員だ」
「魔導司書保護団体?」
「嬢ちゃんも魔導司書なら分かるだろ? 魔導司書は常に狙われる存在だ。そいつらを匿う奴らがいてもおかしくねえ。フィロも俺たちに保護された口だしな」

 フィロが一礼を以て、挨拶とし、ドグマが応えの代わりに、

「ワタシはドグマ・ルイ・コンスタンス。彼は契約者の月詠政です」
「ドグマと政な。お互い災難だったが、こっから力を合わせて――――」
「――――って、待て待て待て! 何でオレたちはアンタたちの仲間って設定になってるんだ!?」

 意気投合している、二人とドグマに、両手を広げたホワイ系ジェスチャーをしながら、政が尋ねる。

 彼の言い分ももっともだ。何故ならば、

「と言うか、そもそもアンタたちは、何故、オレたちにも霊脈移動を使用した? お陰で、完全に共犯者じゃないか!」

 哲也たちが、政たちとともに逃げたということは、本人たちはともかく、他者の目から見たら仲間以外の何者でもないから。

「オメエの意見が何故だ。あの状況でほっとける訳ねえだろうが! あのままじゃ確実に捕らえられていたんだぞ?」

 だが、哲也の言い分ももっともだ。
 ファレグ隊の面々は完全に殺気立っていたし、魔美の言動も正当性を欠いていた。哲也とフィロに助けられなければ、逃げ切ることは不可能だったろう。

 政が哲也の正論に声を詰まらせる。

「で、でも、これじゃあ、テロリストの仲間入り……」
「ああ? まだそんなこと言うかよ、オメエはよお」

 心の底から不愉快そうに、哲也はげんなりと溜め息を落とし、反論した。

「遮られ続けたからなあ……。最後までちゃんと聞けよ? 良いな? ――オレたちは、テロ活動なんざしていねえ」

blackletter
グループ名

blackletter

作者

虹元喜多朗

作品目次
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