第四章:ドグマの嘘――2

          ☆  ☆  ☆

 政は嘆息した。

 今に始まったことではない。彼女の言動がぶっ飛んでいるのは、何時ものことだ。
 何時も、と言ったが、よく考えたら時間にして一日も経過していない。

 しかし、政は確信していた。

「冗談でも、そんなこと言わないでほしいぞ? 今更、よそよそしいことは、なしだ。オレは、絶対にキミを見捨てない。その程度の覚悟はできているんだ」

 ドグマの考えが、自己犠牲であることは筒抜けだ。
 彼女が、天空車両を墜落させるような、危険人物ではないことも、それをネタに強請っているだけで、ふだんはあんな邪な表情を浮かべられないことも、ただし、ある程度腹黒いことも、分かっている。

 分かっているんだ。

「ほら? この通り、見事なまでに騙されているでしょう?」

 じゃあ、何でこの子は、こちらの目を見てくれないんだろう?
 目にするのも鬱陶しいと言いたげに、唇を噛んでいるんだろう?

「……冗談、だよな?」

 急に怖くなってきて、恐る恐ると尋ねる。
 そんな筈がない。この子は、倫理観と貞操観念が残念な恥女だけど、自分に対する愛情は、本物の筈。

「彼は、ワタシに利用されただけなんですよ。彼が持っていた夢に付け込めば、簡単な話だったんです」

 だが、ドグマの繰り返した回答は、どこまでも冷ややかなものだった。

「夢に付け込んだ? どう言う意味だろうか?」

 興味津々と尋ねる魔美の声が、どこか遠く聞こえる。

「彼は、元々、七柱軍への所属を希望していました。ですが、実力と才能が不足していたため、叶えることができなかったのです」
「ああ、〝神霊兵器〟は、誰もが扱い切れる代物ではないからね」
「だから、ワタシは考えました。彼に、相応の力を提供する。そう嘯けば、彼はワタシと契約するだろうと」

 ――な、何を言ってるんだ? ドグマ……。

 意識が遠のきそうだ。本当に目眩がする。

 ――ワタシは政に守って貰える。政は夢を叶えられる。悪い話ではないですよね――?

 そんな中、何時しか耳にしたフレーズが蘇った。
 ああ。そうだな。全く以て合理的だ。悪い話である訳がない。

 ……でも、何故だろう? 今思い返したら、詐欺師の常套句に聞こえてくる。そう言えば、昔から美味しい話には裏があるって言ったっけ?

「キミは、……オレのことが信頼できるから、自分の身分を明かしてくれた。そうだよな?」

 口にしている自分自身、声が震えているのが分かる。

「考えて見てください。ワタシの身分を明かさないで、どうやって契約できると言うのですか?」

 ドグマは一瞥もくれない。真正面を向いたまま、嘲笑すら交えて切り捨ててきた。

「でも、オレのことが好きで、オレを選んでくれたんだよな?」
「そんな訳ないでしょう? 一目惚れなんて運命的な出会いは、そうそう転がっていませんよ。自意識過剰もほどほどにしてください」
「じゃあ、何であんな熱烈なアプローチを……」
「人肌恋しかった。そう言った筈ですが? ずっと独りぼっちだったんで、戯れたかっただけです。誰でも良かったんですよ」

 足下が崩れていくようだった。
 自分が信じていた何もかもが、砕け、割れ、出来上がったクレーターに呑み込まれていく感覚。
 それはクレバスにも似付かわしい、どこまでも冷たく暗い、非情なまでに致命的な絶望だ。

「そうなんです。ワタシは、こんなにも醜い悪女なんですよ」
 だから、
「ワタシみたいな酷い女は、……忘れてください」

 何故だろう? 絶望のどん底に響いてきた、ドグマの最後の一言が、一番苦しそうで、一番温かかった。

blackletter
グループ名

blackletter

作者

虹元喜多朗

作品目次
作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov14874583703942","category":["cat0001","cat0002","cat0004","cat0006","cat0009","cat0011","cat0012","cat0016"],"title":"\u6cd5\u9663\u90fd\u5e02\u3068\u7406\u306e\u53f8\u66f8","copy":"\u301d\u91cf\u5b50\u30b3\u30f3\u30d4\u30e5\u30fc\u30bf\u301f\u3068\u96fb\u6c17\u56de\u7dda\u304c\u8a18\u3059\u3001\u301d\u9b54\u6cd5\u9663\u301f\u306e\u5185\u5074\u306b\u5b58\u5728\u3059\u308b\u301d\u6cd5\u9663\u90fd\u5e02\u301f\u3002\n\u3000\u5c0f\u7b20\u539f\u8af8\u5cf6\u306b\u6240\u5728\u3092\u7f6e\u304f\u4eba\u5de5\u5cf6\u301d\u9ece\u660e\u5cf6\u301f\u3002\u305d\u306e\u4e0a\u306b\u9020\u3089\u308c\u305f\u8857\u3067\u66ae\u3089\u3059\u301d\u6708\u8a60\u653f\u301f\u306f\u3001\u301d\u8fd1\u4ee3\u5100\u5f0f\u301f\u306e\u7ba1\u7406\u8005\u3092\u76ee\u6307\u3057\u3066\u3044\u305f\u3002\n\u3000\u3042\u308b\u65e5\u3001\u5f7c\u306f\u4e00\u4eba\u306e\u5c11\u5973\u3068\u51fa\u4f1a\u3046\u3002\n\u3000\u5f7c\u5973\u306e\u540d\u524d\u306f\u301d\u30c9\u30b0\u30de\u301f\u3002\u301d\u9b54\u5c0e\u53f8\u66f8\u301f\u3068\u8a00\u3046\u301d\u9b54\u5c0e\u66f8\u301f\u306e\u4fdd\u6709\u8005\u3060\u3002","color":"#4fcbb8"}