第四章:ドグマの嘘――9

          ☆  ☆  ☆

 黎明警察署の内部は、不気味なほどに静まり返っている。

 六階まで難なく辿り着いたところで、流石に政はおかしいと思った。

「なあ? ちょっと、異常じゃないか?」
「何だよ? ここまで来て怖じ気づいたんじゃねえだろうなあ?」

 哲也が非難の眼差しを向けてくるが、もちろん、覚悟はできているし、揺らいでもいない。

「そうじゃないさ。ただ、ここまで誰一人の署員とも遭遇していないんだぞ?」

 順調すぎるのだ。

 黎明警察署は地上六階建てのビル。魔術の街の警察署ゆえ、セキュリティは頑強である筈。
 なのに、地下二階の独房から、屋上へと繋がる六階まで、何の妨害にもあっていない。

「確かに、――全てのフロアがもぬけの殻というのは、不気味ではありますね」

 ドグマも、その異常を感じているようだ。

「ここは警察署。当然、重要な書類もある筈です。なのに、誰一人として残っていないのは、理に反しています」

 そう。この署内にも、守るべきものがあるだろう。いくら、こちらの目的が脱走と言えど、ここまで無防備なのは逆におかしいと、勘繰ってしまう。

「多分、敵わないから。半分は、諦めていると思う」

 言葉足らずなフィロの説明は、恐らくは戦力的な考え方だ。

 つまり、魔術を攻略する〝理の書〟と、〝神霊兵器〟と同等以上の〝空の書〟の魔術を以てすれば、警察官が束になろうと敵わない。
 だから、あえて本陣を捨てて、逃亡阻止に狙いを絞った。肉を切らせて骨を断つ、との思考法だろうか?

「警報の内容聞いただろ? あちらさんは、霊脈移動に一点張りなんだ。俺たちが火事場泥棒の真似事はしねえと踏んでるのさ」

 屋上へと続く階段を先行しながら、こともなさげに哲也が言う。

「そう……か。なら良いんだが、何か誘導されているようで、気持ち悪いな」
「罠、か? なら話は簡単だ。かいくぐりゃあ問題ねえ」

 階段先には、ドアがある。
 屋上、天空車両の駐車スペースへ続くものだ。

 そのドアはアッサリと、こちらの逃走を手伝うように、開け放たれた。

 下の階と同じく、表面積の大きなフロアだ。
 一郭には、自分たちをここまで運んできた護送車や、パトカーを模した天空車両。真っ白い二輪車状のものもあった。

 その屋上のど真ん中に、二つの人影がある。

「やはり、ここまで来てくれたか。霊脈移動を警戒していると明かせば、屋上を目指すだろうと思っていたよ。そのために、署内から邪魔者を排除したのだから」

 黄昏色の空の下。黒ずくめの青年と、黒衣崎魔美が立っていた。

blackletter
グループ名

blackletter

作者

虹元喜多朗

作品目次
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