Silver Bullet

 銀の弾丸は好き勝手な場所に飛んでいく。
 その暴れっぷりと言えば、世界が可愛く思えるほどだ。
 だが、じゃじゃ馬は何を思ったのか、狙い過たずその心の臓へと活路を開けた。
「なん、だって……!?」
「どうした、興奮して聞こえなかったのか?なら、何度だって言ってやるよ。お前は、恥を知らない弱者だ、とな」
 やるときは堂々と。そして最も効果的な言葉を選び取れ。
 どんな強敵をも打ち倒す弾丸は、すでに敵を貫いたのだから。
「調子に乗りすぎだ!!」
 明らかに先程よりも余裕を欠いている大振りの攻撃を、オレは難なく避ける。
 あえて紙一重で避けるようなことも出来たが、この状況でリスクに見合うリターンは多くはない。
 それに、何事もほどほどにやるべきだ。
「ふっ!」
「!?」
 攻撃のタイミングに割り込むように、ナイフを滑り込ませる。
 その一手に、明らかな動揺が感じ取れた。
 ほとんど無理矢理に回避したような形となった少女は、腹立たしそうに歯噛みをしている。
「それが、お前の弱点か」
 勝利を確信して、オレは一気に警戒の薄れている懐まで飛び込む!
 これで完全に虚を突いた形となる。
「そんな、程度!」
 しかし。
 その出鼻を狙っていたのは相手も同じだった。
 動揺の機はここに完全に逸してしまった、そう言っても過言ではないような、最悪の状況。
 それにしても、と、思わず笑みが漏れる。
「ここまでオレの仕掛けに乗ってくれるとはな!」
 一息、足を返す。
 それを予測していなかったであろうバグが狼狽する姿を、オレはしっかりと目に焼き付ける。
 先程の一撃は、元よりただのフェイントだ。
 オレを知っているとするのなら、それを逆に利用する。ただし、策には次善も用意していた。
 最善手に持ち越せなければ次善。そして次善さえも不可能であったのなら、あるいは違う手を用意していたが。
「これが、お前の限界だ!」
 それも、今や不必要だ。
 上の更に上を読みあう頭脳戦は果たして、こちらに軍配が上がった。
 フェイントによってできた大きな隙に、返す刃でナイフを滑り込ませる。
 伝わってきたのは、確かな手応え。
 リーズのナイフが、バグを焼き切る!
 しかし、勝利を確信するのも束の間、認識の甘さを思い知ることになる。
「なッ……!?」
 捉えたというバグはもはや目の前にはおらず、数メートルも先に立っていたのだ。
 その出で立ちに、驚きや怒りを通り越して理不尽さえ感じてしまう。
 確かに、オレの攻撃は当たっていた。
 事実として、バグの少女は腹部を抑え、恨めしそうにこちらを睨んでいる。
「…………チクショウめ」
 胸に溜まったどす黒いものすべてを、そう吐き捨てる。
 腹立たしさに今にも自分を見失いそうになるのをこらえて、未だに闘志の消えないバグの少女へと意識を向けた。
 ここまでの経緯で、ようやく五分と五分まで持ち込んだ、という状態だ。
 それに引き換え、こちらは肉体的な限界が近づいてきている。
「よくここまで、善戦しましたね」
「よう、ヒーロー。アンタは、いつも最低なタイミングでやってくる」
「それだけ皮肉が言えるなら、まだ大丈夫そうですね」
 まったく、いつもこれだ。
 助けられてばかり。そうとしか言いようがない。
 不甲斐ないことに、ピンチのときは決まって誰かがオレのことを助けにくる。
 変わらない日常。変わらなくなった日常。
 ああ、まるでそれは、日常であることに甘んじているかのようで。
「……なあ、リーズ」
「どうかしましたか?」
「アレの相手はオレだ。だから、余計な手出しはするな」
 それは最も、オレが嫌うもののはずだ。
 単なるカッコつけ。無意味で無駄な自尊心だとか意地だとか、そう言われても構わない。
「流石に、そこまで舐められるのも腹が立つわ」
「あん?なに取り違えてるんだ。テメェを相手するのは、オレ一人で事足りてるってことだ」
「それが、舐めてるってことでしょ!」
 慣性さえ感じさせない転移に、いつの間にか目前にその攻撃が迫っていた。
 避けられない。いつだって、そうやって出来ないフリをしようとするのは、オレの信念に反することだろ?
 少し突飛すぎる話をしよう。
 人間、誰だって現実を受け入れなければいけないときがある。
 それがどんな天才でさえ、恐らくは何らかの事態で、自身の限界というものを思い知る。
「…………」
 けれど、それが諦めであることを、諦めることを知るということで。
 ――ああ、バカで青臭いガキの妄言だ。
 だとしても。諦めたくない!認められない!
 戦え。
 それが運命だからといって、受け入れるのは簡単だ。
 闘え。
 それが決められたことだと、そうして諦めるのは容易い。
 戦え!
 なら、抗うなという運命は受け入れるか?真っ平ごめんだ!
 闘え!
 決められたことなら、誰もが不幸になっていいのか!

 愚かで浅はかで、取り返しのつかないほどのバカなオレは、ただ一途に、幸せであれと願う!

「クソくらえだ!」

 たとえそれが神であれバグであれ。
 オレにとっては全てが同様に邪魔なだけだ。

「自己紹介が、遅れたな」
 結末という丘も立つのは勝者、ただ一人だけ。
 その胸に深々とナイフを突き立てたオレは、二本の足で、強く、地を踏みしめる。
「オレは水守宗司、不良だ。この名前、せめて地獄にでも持ち帰って旗印にでもしておけ」
 最後に強いのは、誰かのために生きようとするヤツだ。

blackletter
グループ名

blackletter

作者

夜行性の人

作品目次
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