舞台で注意すること
 東梅田七瀬は劇団に所属している、その為か演技力は相当なものでまだ中学生ながら地元のテレビ局のドラマに出ることもある。
 だがその七瀬がいつも仕事前に聞くことがあった、それは何かというと。
「服はスカートですか?ズボンですか?」
「今度の役のよね」
「はい、何ですか?」
「どっちでもいいわよ」
 劇団の先輩が七瀬に答えた。
「別に指定ないから」
「わかりました、じゃあズボンでいきます」
 七瀬は真剣な顔で答えた。
「そうします」
「何か七瀬ちゃん指定なかったらズボンよね」
 着る服はとだ、先輩はズボンにするという七瀬にこう聞き返した。
「そうよね」
「はい、そっちの方が好きなんで」
「だからなの?」
「いつもズボンなんです」
「そうなのね、けれど学校じゃ」
「制服ですから」
 この返事はもう七瀬の中で決まっていていささか事務的に返した。
「それで」
「スカートなのね」
「学校にいる時は」
「そうなのね、やっぱり」
「はい、ただ普段もです」
「ズボンなの」
「それでいます」
 そうしているというのだ。
「大抵は」
「本当に衣装でスカートって指定がないと」
「ズボンです」 
 こちらを穿いているというのだ。
「そうしています」
「好きっていうけれど」
「スカートもですか」
「いいと思うけれどね、私は」
「それでもなんです、私としては」
「ズボンなのね」
「そっちじゃないと困ります」
 こうも言った七瀬だった。
「どうしても」
「?困るって?」
 先輩はその七瀬の言葉に妙なものを感じてすぐに聞き返した。
「何が?」
「あっ、何も」
 自分の失言に気付いて咄嗟に言い繕いにかかった、舞台で演技をしているだけあって表情には出していない。ここでも演技をしたのだ。
「ないです」
「そうなの?」
「はい、気にされないで下さい」
「だといいけれどね」
「とにかく私はズボンが好きで」
 言い繕ってからあらためてこう言ったのだった、取り繕ったものをさらに覆って隠す為にこう言ったのだ。
「それで履いてるんです」
「それだけ?」
「はい、それだけです」
 こう言う七瀬だった、とにかくいつもズボンを履いていた。そして制服のスカートの時もであった。
 体育の授業の前に着替えるともうそこから体操服の半ズボンが出て来た、クラスメイト達はその半ズボン姿の七瀬を見て言った。
「また?」
「またなの」
「スカートの下に半ズボンなの」
「体操服の半ズボン穿いてたの」
「そうしてたの」
「こうしてると楽じゃない」
 にこりと笑って言う七瀬だった、上着のブラウスを脱ぎつつ。
「そうでしょ」
「まあね」
「スカート脱いだらすぐだしね」
「それに暖かいしね」
「もう一枚穿いてるしね」
「だからいつも穿いてるの」
 制服のスカートの下にというのだ。
「私はね」
「夏でも?」
 クラスメイトの一人が笑って話す七瀬に言ってきた。
「そうしてるの?」
「ああ、七瀬ちゃん夏もよね」
「夏も制服の下半ズボンよね」
「いつも半ズボン穿いてるわね」
「冬だけじゃなくて」
「ああ、それはね」
 ここでも演技をする七瀬だった、すぐに女優のスイッチを入れていた。
「私冷え症だから」
「夏でも?」
「夏でも制服の下は半ズボンなの」
「そうなの」
「そうしてるの」
 こう答えるのだった、クラスメイト達に。
「夏もね」
「そうなの」
「冷え性だからなの」
「そういえば半ズボンの上からストッキング二枚だしね」
「七瀬ちゃん冷え症なのね」
「それで夏も半ズボンなのね」
「そうなのよ」
 こう言うのだった、冷え症なのは事実だが隠すものは隠していた。そうして上も体操服を着て授業に出た。
 だがこの授業の時だ、クラスメイトにふと注意された。
「めくれてるわよ、裾」
「えっ、何処の?」
「ズボンの、そのままだとめくれるから」
 だからだというのだ。
「ここはね」
「そうね、すぐになおす」
 足の付け根のズボンの裾を手でチェックしてなおした。そのうえで注意してくれたクラスメイトに囁いた。
「言ってくれて有り難う」
「うちの中学のズボンって完全な半ズボンだからね」
「うん、丈短いのよね」
「だからちょっとめくれたらね」
 裾の部分がだ。
「見えかねないのよね」
「下着がね」
「それが困るのよね」
「そうよね、けれど昔はブルマだったんでしょう?」
 七瀬はクラスメイトにこの体操服の話をした。
「そうだったのよね」
「あのパンツみたいなのね」
「あれだとデザインもかなり恥ずかしいけれど」
 七瀬達から見て下着そのものだからだ、実際こんなものを穿いて体育なんて出来る筈がないと思っている。
「ちょっとめくれたら」
「もうすぐによね」
「ずれたりしてもね」
 そのブルマがだ。
「下着見えるわよね」
「よく昔の人あんなの穿いて授業出来たわね」
「お母さん達ね、私あれは絶対に無理」
「私もよ」
「あんなの穿いて人前に出られないわ」
「絶対にね」
「そうよね、けれどうちの半ズボンもね」
 あらためて言う七瀬だった。
「ちょっとめくれるとだから」
「注意しないとね」
「本当にね」
 ズボンの裾をなおしてからこうした話をした、七瀬にとっては危うい時だった。
 その危うい時を友人の忠告で難を逃れた後日だった、家であるドラマの再放送がされていた。そのドラマを見てだった。
 七瀬はすぐに不機嫌な顔になってドラマを見ている母に言った。
「お母さん、チャンネル替えよう」
「あんたが出てるドラマじゃない」
「ちょっとした役でね」
「だから見たらいいのに」
「そのドラマは見たくないわよ」
 憮然として言う七瀬だった。
「私は」
「まだあのこと気にしてるの」
「だってスカート穿いてたら」
 見れば画面に小学校低学年の頃の七瀬が出ている、顔立ちはあまり変わっておらず童顔のままである。
「風でめくれてね」
「一瞬じゃない」
「ちょっとでも見えてたのよ」
「だからなのね」
「そのドラマは見たくないわ」
「そんなの覚えてる人いないでしょ」
「私は覚えてるの」
 当人はというのだ。
「だからね」
「嫌だっていうの」
「そうよ、まさか自分が見えるなんて」
「女優さんとかアイドルの人じゃよくあることよ」
「そうかも知れないけれど」
「自分が見えたら嫌?」
「いいって人いないでしょ」
 それこそと母に言う。
「お母さんだってそうでしょ」
「それはね、やっぱりね」
「だからその別の番組見て」 
 そのドラマでなく、というのだ。
「そうして」
「仕方ないわね」
「他のドラマならいいけれど」
 七瀬が出ているドラマはだ。
「将来もっと大きな役で出られたら余計にね」
「それは頑張ってね、けれどあんたこのドラマ見てからよね」
 自分が出ているそのドラマにだ。
「もうずっとズボンよね」
「ええ、スカートの時は下に穿くし」
「ガードしてるのね」
「だって見えるの嫌だから」
 それ故にというのだ。
「そうしてるのよ」
「気にし過ぎでしょ」
「それだけ見られるのが嫌なの」
 あくまで言う七瀬だった。
「私はね」
「そうなのね、それでズボンか下に穿く様にしてるの」
「そういうことなの、もうすぐその場面だから」
 まだ小学校低学年の頃の自分、テレビの画面の中にいる自分自身を見ての言葉だ。
「替えてね」
「はいはい、仕方ないわね」
 リモコンを手に取ってだ、母は娘に応えた。
「じゃあクイズ番組見るわね」
「そっちの方にしてね、じゃあ私今から劇団のレッスンに行くから」
「頑張ってね」
「ええ、今日もね」
 挨拶はにこりとしている七瀬だった、そうして家を出るがこの時もズボンだった。ズボンを可愛く穿きこなしてレッスンに向かったのだった。


舞台で注意すること   完


                    2017・11・24

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