調子の秘密
 眞鍋香澄の職業は大学の事務員である、その勤務ぶりには定評があり若いながらも何かと頼りにされている。
 しかしこの時はだ、彼女がいる事務課の課長が困った顔で言った。
「あの、眞鍋君」
「何でしょうか」
「今日どうしたのかな」
 傍目から見ても疲れきっている香澄に尋ねた。
「何か仕事が凄く遅いよね」
「午前中に言われた書類がですか」
「まだ出来てないよね、もう二時だけれど」
「すいません」
「謝る必要はないよ、けれどね」
「今日中に終わりますので」
 こう答えた香澄だった。
「安心して下さい」
「そうだよね、君ならね」
「仕事はしていますので」
 真面目な香澄はさぼったりすることはしない、仕事はいつも勤務時間の間はコツコツと確実に進めていく。
「ですから」
「そうだね、ただ普段の君なら」
 課長は香澄に難しい顔でこうも言った。
「あれ位の書類ならお昼までには」
「終わってですね」
「出してくれているからね」
「今日は」
「うん、まあこんな日もあるね」
 所謂『出来る』香澄でもだ。
「じゃあ今日はね」
「あの書類をですね」
「出してね」
「わかりました」
 こう返した香澄だった、そしてその書類は五時しっかりに出した。それで香澄のこの日の仕事は終わりだった。
 だが次の日の香澄はいつも通りテキパキとして順調に仕事をしていた、書類だけでなく雑用も無事にこなしている。
 それでだ、課長は密かに彼の同期の大学の人事課の課長にその日の夜一緒に飲みながら香澄のことを話した。
「うちの眞鍋君だけれどね」
「事務課のエースだそうだね」
「うん、仕事は凄く出来るんだよ」
 二人で串カツ屋のカウンターに座って串カツとビールを楽しみつつ話した。
「普段はね」
「普段は?」
「何かたまに凄く調子が悪い日があるんだよ」
 こう人事課長に話した。
「妙にね」
「そうなのかい」
「昨日は凄く調子が悪かったんだよ」
 昨日の香澄は、というのだ。
「やけにね」
「そうだったんだね」
「ところが今日は普通だったよ」
 普通の事務課のエースと言っていい仕事の出来だった、実際に。
「これがね」
「その日によってムラがあるタイプかな」
「いや、普段は本当にね」
「出来るんだね」
「凄くね、けれどたまにね」
「かなり調子の悪い日がある」
「そうなんだよ、何かそれがわからなくてね」
 どうしてたまにでも調子の悪い日があるかだ。
「不思議に思っているんだよ」
「成程ね」
「まあ人間大なり小なり調子の波があるね」
「それはあるね」
「そうだね、それは眞鍋君もなのかな」
「そうじゃないかい?何時でも絶好調な人なんかね」
 人事課長も言う、串カツを一本食べてそれからジョッキのビールをぐい、と飲んで美味いと思いながら。
「いないだろ」
「そうだね、しかしね」
「エースの調子はだね」
「やっぱり気になるね、今頼りにしているからね」
 香澄の仕事の出来をだ、事務課を預かる立場として。
「眞鍋君の調子が悪い時に大事な仕事を任せるとね」
「普段みたいにだね」
「遅いってこともあるから。エースはうちはまだいるし」
「事務課は人材豊富みたいだね」
「お陰でね、控え選手はいないよ」
 笑ってこうも言った事務課長だった。
「それでエースの一人の調子はね」
「把握しておきたいってことだね」
「そういうことだよ、一体どうして極端に調子が悪い日があるのか」
 香澄にだ。
「そのことをわかっておきたいよ」
「そこをわかってやっていくのも中間管理職だからね」
「どうしてなのかな」 
 首を傾げさせつつだ、事務課長はビールを飲みつつ考えた。そうして香澄のことを見ているとだった。
 休日明けの月曜日は調子が悪い日が多い、だが火曜からはいつもの調子に戻る。香澄は日曜は交際相手とよく遊びに行くと休憩時間に同僚達に笑顔で話していた。
 そう聞いてだ、事務課長は思った。それで人事課長と二人で大学の一室で書類整理をしている時にこんなことを言った。
「ひょっとしてうちの眞鍋君は」
「何かわかったのかい?」
「うん、疲れているとね」
 その時はというのだ。
「日曜日に交際相手の彼と遊んでね」
「それで次の日はだね」
「月曜日にはね」
「疲れていてだね」
「調子が落ちるのかな」
 こう思うのだった。
「そうなのかな」
「疲れているとだね」
「それが出てね」
 そうしてというのだ。
「仕事の能率が極端に落ちるタイプかな」
「そうした子はいるね」
 人事課長は特に人事を預かっているのでそうしたことはよくわかった、人のそれぞれのタイプというものがだ。
「疲れていない時は普通でもね」
「疲れるとだね」
「調子が極端に落ちる子がね」
「じゃあ眞鍋君は」
「そちらだろうね」
 まさにというのだ。
「タイプとして」
「そうだったんだ」
「だからね」
「疲れている時はだね」
「特に月曜はね」
 その日はというのだ。
「あまり重要な、それも急な仕事はね」
「回さない方がいいだろうね」
「そうだね、それにね」
「疲れはわかるね」
「うん、顔に出たりするからね」
 このことは事務課長もわかることだ。
「どうしてもね」
「そうだね、ならね」
「それを見てだね」
「やっていくといいよ」
 香澄にどういった仕事を任せるか決めることをというのだ。
「そうしたらいいよ」
「そうだね、しかしね」
「しかし?」
「いや、こうしたことはね」  
 どうにもという顔で言うのだった、書類を二人で的確に整理をしつつ。
「実際によく見てわかるね」
「そうだね、そしてわかればね」
「それを活かしていくべきだね」
「是非ね」
 人事課長もこう言った。
「さもないとね」
「それぞれの課を預かる意味がないね」
「そうだよ、課長は伊達か」
 同期にだ、人事課長は聞いてきた。
「それはどうかな」
「勿論違うさ」
 事務課長は笑って返した。
「そこはね」
「そうだね、じゃあね」
「うん、眞鍋君のこと以外にもね」
「ちゃんとやっていくよ」
「頑張ってくれよ、そっちも」
「そうさせてもらうよ」
 事務課長は笑顔で応えた、そうして彼の仕事をしていった。そして香澄の方もであった。その夜交際相手と一緒に自分の部屋でゲームをして遊んでいたが。
 時間をチェックしてだ、こう彼に言った。
「もうすぐ十二時でしょ」
「じゃあ今日はだね」
「もう寝ましょう」
「君いつも十二時になると寝るね」
「しっかり寝ないとね」
 香澄は彼に真面目に返した。
「どうしてもね」
「疲れが残るからだね」
「私疲れが残ってるとね」
 それでというのだ。
「どうしてもお仕事がね」
「能率が落ちるよね」
「そうなるから」
 自分でわかっていて言うのだった。
「だからね」
「十二時はだね」
「寝るのよ」
「じゃあだね」
「今日もよく寝て」
「明日もだね」
「しっかり働くわ、あなたと一緒にお風呂も入ったしね」
 入浴の話は笑ってした。
「明日も朝起きてしっかり走って」
「それから大学に行って」
「働くわ」
「頑張ってね、じゃあ僕もね」
「また論文書くのよね」
「修士論文は評判がよかったけれど」
 それに慢心せずにとだ、彼は香澄に少し真剣な顔になって話した。
「もっとね」
「いい論文を書くのね」
「そうしたいから」
「学んでそして」
「書いてるよ」
「じゃああなたもね」
「今日はしっかり寝て」
 交際相手も香澄に応えた。
「そうしてね」
「論文書いてね」
「そうするよ、それで君もね」
「よく寝るわ、それで今日の疲れを取って」
 また言う果須美だった。
「明日も頑張るわ」
「そうしてね、ただ日曜はね」
「ええ、その日だけはね」
「お互いどうしても遊ぶから」
「休みの日は遊ばないとね」
 どうしてもと言う香澄だった、今は少し苦笑いになっていた。
「心の方がね」
「疲れるからね」
「どうしても遊ぶけれど」
「月曜はあれだよね」
「疲れてるわね」
「それは仕方ないかな」
「やっぱりね、けれど今日はね」
 月曜でないこの日はというのだ。
「よく休むから」
「よし、じゃあ寝ようか」
「ゲームセーブして電源も消して」
「お部屋の灯りも消してね」
 そうしたやるべきことを全て済ませてというのだ。
「そうしてね」
「寝ましょう」
「ゆっくりとね」
 二人で話してそうしてだった。
 香澄は交際相手と共にじっくりと寝た、そのうえで次の日に向かうのだった。仕事の能率が落ちない様によく身体を休めたうえで。


調子の秘密   完


                   2017・12・23

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