変わらない味
 大阪二十六戦士の一人天王寺作之助は普段は作家業の傍ら大阪の街中を歩き食べ歩くことを楽しんでいる。
 特に難波の店にお気に入りが多くこの日は金龍ラーメンのラーメンを食べたうえで共に食べていた客達に言っていた。
「豚骨ラーメンもな」
「作之助さん好きやな」
「ここのラーメンも」
「ああ、僕が最初に生きてた頃はなかった」
 戦前から戦中、終戦間もなくの頃の話だ。
「こうしたラーメンはな」
「昔は中華そばっていうたな」
「それで大阪やと薄口醤油か」
「そっちのラーメンばかりでな」
「こうした豚骨はなかったんやな」
「そや、こうして大蒜やキムチがどっさりもや」
 作之助は取り放題のそちらのことも話した。
「そうしたこともなかったわ」
「それが今は大阪名物の一つやさかいな」
「変わったやろ、作之助さんが最初に生きてた頃と」
「金龍ラーメンも出来てや」
「難波や道頓堀のあちこちにあるってな」
「ほんまなかった、けど美味い」
 このことは確かだというのだ。
「こうしたラーメンもな」
「そやろ、ほなもう一杯か?」
「もう一杯ここのラーメン食べるか?」
「そうするか?」
「そうしよか、今日はここで金龍ラーメン楽しんでや」
 作之助はその細長い顔を綻ばせて他の客達に応えた。
「そうしてや」
「執筆やな」
「本書くな」
「そうしてくな」
「そうするわ」
 まさにと言ってだ、そしてだった。
 作之助は金龍ラーメンもラーメンをもう一杯食べた、そのうえで家に戻り執筆に励んだ。こうした日々を送っていたが。
 その彼にだ、ある子供が自由軒のカレーを食べた後で難波の街を散策している作之助に対して尋ねた。
「作之助さんっていつもこうしたところで食べてるん?」
「ああ、家におる時は奥さんの御飯でな」
 作之助は子供に気さくな笑顔で答えた。
「それで外に出たらや」
「自由軒のカレー食べて」
「夫婦善哉でも食べるしいづも屋の鰻丼もや」
「鰻が御飯に隠れてるあれやね」
「あれも食べるしな、粕汁でも何でも食べるわ」
「串カツとかうどんは?」
「大好きや」
 そうしたものもとだ、作之助は笑顔で答えた。
「あと最近はスパゲティも何でも食べるわ」
「大阪のもんは」
「そや、僕は美食家でな」
 それでというのだ。
「外に出たら美味しいもんばかり食べてるわ」
「美食家やから」
「そや」
 それでというのだ。
「それを食べてるんや」
「そやねんな」
「美味しいもんをな」
「そうしてるで、今もそやったしな」
「カレーもやね」
「やっぱり美味しかったわ」
 自由軒のカレー達もというのだ。
「満足したわ」
「そうなんやね」
「いや、生き返るとな」
 ここでこうも言った作之助だった。
「大阪は美味いもん滅茶苦茶増えてて何よりや」
「そうなんやね」
「イタリアの料理の志那いや中国の料理もあってな」
「志那って何なん?」
「昔は中国をこう呼んだんや」
 作之助は志那という言葉を知らない子供にこう答えた。
「それで中国の料理もな」
「金龍ラーメンとか蓬莱とか」
「どっちもええな、あとたこ焼きとかお好み焼きとかもな」
 こうした大阪名物もというのだ。
「ええな、美食家には有り難い街やわ」
「作之助さんが最初に生きてた時もそやったん」
「そやった、この店もその時からあったんや」
 自由軒の入り口を笑みを浮かべて見つつだ、作之助は子供に話した。
「僕はその頃から美食家でや」
「ここに来てたんやね」
「そや、面白いわ」
「そうなんやね」
「ああ、明日はまた別のお店に行ってな」
「食べるんやね」
「そうするわ、明日は明日でな」
 こう子供に言ってだった、作之助は家に帰ってまた執筆にかかった。大阪の平和を乱す者がいれば彼等とも戦い。
 その中でお好み焼き屋でお好み焼きを食べている彼に客の一人がこんなことを聞いた。
「ちょっとええか?」
「どないした?」
 作之助はその客にすぐに応えた。
「財布落としたか」
「ちゃうちゃう、お金は持ってるわ」
「そうなんか」
「そや、ちょっと作之助さんに聞きに来たんや」
「次回作のことかいな」
「それは読んでのお楽しみにしとくわ」
 それはという返事だった。
「またちゃうわ」
「ほな何や」
「作之助さん美食家って言うてるな」
「ああ、こうして今もな」 
 いか玉をサイダーと共に楽しみつつだ、作之助は答えた。
「楽しんでるわ」
「お好み焼きをか」
「そや、こうしてな」
「そうやな、けどあんたな」
 客は作之助にさらに問うた。
「別に高いもんは食うてへんな」
「高級なもんはか」
「料亭とか最高級のレストランとかな」
 そうした場所に入ってというのだ。
「食べてへんな」
「ああ、そういうお店はな」
「行ってへんな」
「僕はそうした店は入らんねん」 
 作之助は客にはっきりと答えた。
「最初に生きてた頃からな」
「そういえば」
「作品の登場人物でもやろ」
「そやな、夫婦善哉のな」
「柳吉もやろ」
「あれはあんたか」
「それは想像に任せるわ」
 作之助は笑ってこのことについてははっきり答えなかった。
「あんたのな」
「そうなんか」
「ああ、けどな」
「それでもか」
「僕は昔からや」
「高級なお店には行かんか」
「そうや、別にええとこのボンボンでもないしな」
 自分の生まれのことも話した。
「そうしたもんは食べて慣れてない」
「それでか」
「食べてへんわ」
 そうしているというのだ。
「最初に生きてた時も今もな」
「そうなんか」
「それが僕や」
「美食家のか」
「美食家いうてもや」
 それでもというのだった。
「別に高いもんばかりやないやろ」
「それはな」
「美味しいものを食うのがやろ」
「美食家やな」
「それでや」
 作之助は客に話した。
「僕はそうした美食家やってことや」
「そうやねんな」
「高いもの出して美味いもん食うなんてな」
「あんたの流儀やないか」
「そうや、高いもん出して美味いとは限らんやろ」
 作之助は今度は笑って話した。
「そういうものやな、それでな」
「自分は今もか」
「大阪の美味いもんを食べてるけどな」
「その美味いもんはか」
「こうしたもんや」
 そのお好み焼きを食べながらの言葉だ。
「安くてそしてな」
「美味いもんか」
「そういうことや、今も明日もな」
「食うてくか」
「そうしてくわ、ほなな」
 ここでラムネを飲んだ作之助だった、するとここで彼はこうも言った。
「変わらん味も楽しもうか」
「ラムネはか」
「そや、僕は酒はあかん」
 これは彼が最初の人生を歩んでいた時からだ、彼は酒は飲めなかったのだ。とはいって東京のバーでの写真もある。
「それでラムネとかサイダーをな」
「よお飲んでるな」
「それで飲んでるけどな」
「ラムネの味は変わらんか」
「ほんまにな、昔からの味や」
 そのラムネを飲みつつにこにことしての言葉だ。
「ほんまにええ味や」
「自分それ自由軒とかいづも屋でも言うてるやろ」
「そや」
 その通りだとだ。作之助は自分にラムネのおかわりを入れてくれた客に礼を言ってから笑って話した。
「そやから今もよお行ってるんや」
「そやねんな」
「夫婦善哉もな」
 そこもというのだ。
「今も行ってるで」
「そやねんな」
「色々美味いもんが増えたけど変わらん味もある」
 作之助の最初の人生の時の味がというのだ。
「それも楽しんで新しい味もな」
「どっちもやな」
「楽しんでそしてな」
「執筆をして大阪の為にもか」
「戦ってくで」
 笑顔で応えた作之助だった、昔と変わらない味のラムネを楽しんで今のお好み焼きの味もまた楽しんでの言葉だった。


変わらない味   完


                 2017・12・23

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