夏でもすき焼き
 福島藤男は大阪二十六戦士の一人であり居合の達人でもある、しかし今の彼はすき焼きを前にしていた。周りには他の大阪二十六戦士達がいる。
 彼はおちょこを手にすき焼きを食べつつ微笑んで言った。
「やはりお酒とすき焼きは」
「いいよな」
「いい組み合わせだよ」
「特に冬はな」
「この組み合わせがいいわよね」
「うん、かなりいい」
 藤男は仲間達に微笑んで応えた。
「僕の大好物だしね」
「そうだよな、藤男はすき焼き好きだからな」
「そしてお酒も」
「それでこの組み合わせだといつも喜んで食べるよな」
「他のお料理を食べる時以上に」
「どちらも大好きだから」
 すき焼きも酒もというのだ、この場合の酒は日本酒だ。
「堪能させてもらっているよ。ただ」
「ああ、すき焼きはな」
「関西風だよな」
「関東風のすき焼きはあまり、だよな」
「同じすき焼きでも」
「そうだよ、そしてお肉も」
 すき焼きの主役であるこちらもというのだ。
「関西の牛でないとね」
「駄目だよな」
「大阪にいたらやっぱりな」
「関西の牛を食べないとな」
「駄目だよな」
「ステーキとかなら他の地域の牛でもいいよ」
 関東や九州、ひいてはアメリカやオーストラリアの牛でもだ。藤男はすき焼き以外の料理では牛肉にはこだわらなかった。
 しかしだ、ことすき焼きにおいてはだったのだ。
「けれどすき焼きなら」
「和牛でだよな」
「しかも関西の牛」
「それに限るよな」
「そうだよ、高いけれどね」
 笑って肉の値段の話もした。
「それでもね」
「すき焼きなら関西の牛」
「関西風の焼き方で」
「それが一番だよな」
「藤男にとっては」
「そうだよ、勿論お酒もね」
 高校生であるが藤の精霊なので飲んでもよかった、実は藤男は何百年も生きていてそうして大阪の街を守っているのだ。
「こっちのお酒だよ」
「一番いいのは摂津か」
「それか河内か和泉」
「大阪の地酒か」
「元々の」
「ここはお水がいいんだよ」
 その日本酒をおちょこで上品で飲みつつ話した。
「だからお酢もいいしね」
「いい水と米がいい酒を造ってな」
「いいお酢にもなる」
「そういうことだよな」
「だからか」
「藤男は酒も関西でか」
「特に大阪の酒だな」
 関西つまり大坂風の焼き方のすき焼きで大阪の酒を飲んで楽しむ、これが彼の最高のすき焼きの楽しみ方だ。
 それでだ、彼は今は仲間達と共にだった。
 すき焼き、そして酒を楽しんだ。この時は冬だったので自然だったが。
 藤男の家で祝いごとがあった、その時母は一家に尋ねた。
「お祝いでご馳走出そうと思ってるけれど」
「なら出すものは一つです」
 藤男は母に率直な声で言った。
「すき焼きです」
「えっ、すき焼き?」
「はい、すき焼きです」
 こう言うのだった。
「ご馳走なら」
「ちょっと、すき焼きは」
 母は息子の提案に困った顔になって返した。
「今は」
「お金がないですか」
「お金はあるわ」
 家は居合道場に塾を経営している、門弟も生徒も多く経済的には全く困っていない。
「けれどね」
「それではいいと思いますが」
「いえ、今夏よ」
 母は季節のことを話した。
「夏にすき焼き?」
「暑い時に暑いものを食べると身体にいいですが」
「汗をかいてよね」
「後でお風呂に入ればいいですし」
 それで流した汗を清めるというのだ、藤男は和風の男なので基本風呂派だ。あと夏は行水も好きである。
「ですから」
「すき焼きなの」
「それがいいと思いますが」
「暑いのに」
「ですから後でお風呂に入れば」
「いいのね」
「そしてお酒もです」
 藤男はこちらも話に出した。
「用意しましょう」
「まあお酒はね」
「問題ないですね」
「ええ、けれどご馳走は」
「やはりすき焼きです」
「そっちなのね」
「僕はそれを推します」
 藤男は母にあくまでという口調で話した、家族の他の面々は特に反対することもなくすき焼きとなった。だが。
 そのすき焼きについてだ、藤男の弟に四人の妹達はすき焼きのぐつぐつ煮えている様子を見つつどうかという顔で言った。
「ちょっとね」
「夏にすき焼きはね」
「普通はね」
「ないわよね」
「お兄ちゃんならではね」
「何を言ってるんだ、お祝いといえばな」
 まさにとだ、藤男はそのすき焼きを笑みを浮かべて見つつ彼等に話した。
「すき焼きじゃないか」
「そうだよね、お兄ちゃんは」
「すき焼き大好きだから」
「もう何といってもよね」
「すき焼きよね」
「いいことがあったら」
「嫌なら食べなくてもいい」
 藤男はそれならと話した。
「それならな」
「いや、食べるよ」
「私もすき焼き好きだし」
「私もね」
「だから食べるわ」
「暑いけれどね」
「なら皆で食べよう」
 藤男は弟や妹達がいいと言ったのでそれならと返してだった、彼が率先して食べはじめた。肉に葱に糸蒟蒻に豆腐、しらたきや菊菜も全て楽しみ。
 酒も飲む、父も酒を飲むがそうしつつ我が子に言った。
「暑いがそれがだな」
「かえっていいです」
 藤男は父のおちょこに酒を入れつつ答えた。
「お酒もこうして」
「あえて冷やさずに」
「普通の温度で」
 ありのままでというのだ。
「飲むことが好きです」
「夏でも冬でもか」
「はい、では今日は」
「すき焼きにお酒でな」
「お祝いをしましょう、お母さんも」
 すき焼きを作ってくれてお酒も出している母にも酒を勧めた。
「飲んで下さい」
「それじゃあね、そして明日もよね」
「はい、大阪の街と市民の方々に何かあれば」
「その時はね」
「僕はすぐに動きます」
 藤男はこのことは鋭い目で答えた。
「大阪二十六戦士の一人として」
「そうよね」
「その為の居合、そして銘刀千本藤を以て」
「戦ってくれるのね」
「その時はお任せ下さい」
 藤男は母に確かな声で答えた。
「僕はやります」
「いつもそうしていて」
「これからもです」
「大阪の街と私達を守ってくれるわね」
「そうします」
「お願いするわね、じゃあすき焼きとね」
 母は息子から酒を受けそれを飲みつつ話した。
「お酒を楽しんでね」
「英気を養いですね」
「皆の為に頑張ってね」
「そうさせて頂きます」
 藤男は強い声で約束した、そして実際にだった。
 淀川で溺れている子供がいた、藤男はその情報を聞いてすぐに現場に向かい一切躊躇せず川に飛び込み。 
 子供を救い出した、そのうえで言った。
「すき焼きとお酒がある限り僕は無敵でいられるんだ」
 英気を養うこの二つがあってこそというのだ、藤男は助け出した子供をタオルで優しく拭いてあげてから言った、その整った顔には実に明るい笑顔があった。
 だがそのすき焼きも酒もだ、どちらも関東のものと聞くとだった。
「好きは好きですが」
「どうにもだよな」
「君としては」
「はい、最高ではないですね」
 こう周りに話した。
「僕は大阪で生まれ育っているので」
「大阪二十六戦士だし」
「そのこともあってね」
「すき焼きとお酒はね」
「関西、ひいては大阪のものだね」
「そうです、他のお料理もそうですが」
 うどんなりおでんなり鰻なりにしてもだ、藤男にとって大阪の味付けは最高であり関東風はどうもなのだ。
 そしてだ、特にだったのだ。
「すき焼きは、そしてお酒も」
「こっちのお酒でないとね」
「最高じゃないんだね」
「そうです、どちらも関西風でないと」
 どうしてもというのだ。
「僕は納得出来ないものがあります」
「大阪じゃないとね」
「どうしてもだね」
「そこは絶対だね」
「はい、そうです」
 このことは、だった。彼にしては大好きなすき焼きや酒は最高のものは関西ひいては大阪のものだった。この二つが彼を最も力付けるものだった。


夏でもすき焼き   完


                   2018・2・22

作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov151931102960936","category":["cat0008","cat0015","cat0018"],"title":"\u590f\u3067\u3082\u3059\u304d\u713c\u304d","copy":"\u3000\u798f\u5cf6\u85e4\u7537\u306f\u3059\u304d\u713c\u304d\u3068\u65e5\u672c\u9152\u304c\u597d\u304d\u3060\u3001\u305d\u308c\u306f\u590f\u3082\u540c\u3058\u3067\u3002\u81ea\u5206\u306e\u30ab\u30b7\u30ad\u30e3\u30e9\u3067\u66f8\u304b\u305b\u3066\u3082\u3089\u3044\u307e\u3057\u305f\u3002","color":"#555567"}