鬼妹
 鹿倉武は帰宅部だが毎日学校から家まで十キロの距離を走りかつ誰の相談にも快く乗ってくれるまさに快男児だ、だが。
 彼をよく知る者はいつもだ、こんなことを言っていた。
「あいつにも弱点あるんだよ」
「妹さんには勝てないんだよ」
「小学六年生の妹さんにはな」
「どうしても頭が上がらないんだよ」
「それはまたどうしてなのよ」
 その話を聞いた諸星玲菜は少し驚いて言った。
「あの鹿倉君が妹さんには頭が上がらないって」
「さあ、どうしてかわからないけれどな」
「それでもなんだよ」
「妹さんにはどうしても勝てなくてな」
「もう絶対服従らしいぜ」
「五歳下の妹さんにな」
「おかしな話ね」
 玲菜は首を傾げさせて言った、太い眉が目立つショートヘアは幼さが残る顔とあいまって小柄な身体に相応しい。
「あんな元気のいい子が」
「体力だってあるしな」
「面倒もよくて気風もある」
「そんな奴がな」
「何で妹さんにだけは勝てないか」
「確かに不思議だよな」
「どうも」
「不思議過ぎてね」
 それこそとだ、玲菜はまた言った。
「私訳がわからないわよ」
「それは鹿倉本人に聞くか?」
「あいつ自身にな」
「そうしてみたらどうだよ」
「そこまでしないけれど」
 本人に言えない事情があるのかと気を使ってだ、玲菜はそれにはと及び腰になった。
「けれどね」
「気になるんだな」
「何で鹿倉が妹さんだけには弱いのか」
「そのことがか」
「どうしても」
「五歳年下でしょ」
 それだけ年齢が離れていることをだ、玲菜は話した。
「相手は小学生で」
「しかも妹だな」
「立場圧倒的に上だな」
「それでどうしてか」
「確かに気になるな、それでどうして弱いのか」
「それも頭が上がらないって」
「しかもあの鹿倉がね」
 元気がよく気風もいい彼がとだ、とにかく玲菜はこのことが気になっていた。だが本人に聞くことも出来ず。
 どうにも困っていた、しかし。
 ある日玲菜はバイト先のドーナツ屋で仕事をしていた、するとの店にだ。
 何と武が来た、その横には小学生高学年位の女の子と男の子がいた。武はその二人に店に入るとすぐに聞いた。
「何食べたい、二人共」
「エンゼルショコラがいいわ」
「僕はオースドファッションにするよ」
 二人はそれぞれ武に答えた。
「飲みものは紅茶ね」
「私もそれにするわ」
「じゃあ俺はチョコレートのにして」
 武は二人の言葉を受けて自分が食べるドーナツの話をした。
「飲みものはコーヒーにするか」
「お兄ちゃんいいわね」
 女の子がここで武に強い声で言ってきた。
「食べる時はね」
「わかってるよ、お行儀よくだな」
「そうしてね、お兄ちゃんすぐにね」
「食う時行儀が悪いからか」
「そうよ、あんたもよ」
 女の子は男の子にも言った。
「お行儀よくね」
「俺もなんだ」
「当たり前でしょ、人様の目があるのよ」
 それでとだ、女の子は男の子に厳しい声で言った。
「それならよ」
「人様に恥ずかしくない様にだね」
「ちゃんとしないと駄目よ」
「わかったよ、じゃあね」
「ええ、今から食べましょう」
「じゃあ今から注文するな。あれっ」
 ここでだ、武は玲菜を見て言った。
「諸星じゃねえか」
「いらっしゃいませ」
 まずは店の挨拶で返した玲菜だった、そして。
 そのうえでだ、武にあらためて言った。
「今はバイト中だから」
「それでか」
「店員とお客様ってことでね」
「相手してくれるか」
「そういうことでいいわね」
「ああ、それじゃあな」
 玲菜はこうした仕事と学校、それに家でのことはしっかり分けるので今は店員と客の立場で武に応えた。そしてだった。
 武の注文を受けてカウンターのガラスケースの中にあるドーナツを出して紅茶を用意してもらった。そのうえで。
 武の弟妹達とのやり取り、客席の一つでのそれを見た。見れば。
 女の子は席でもだ、彼と弟に言っていた。
「肘つかないね」
「おっと、しまった」
 武は妹の言葉で肘を戻した。
「食ってる時はな」
「そう、肘をつかない」
「そうだよな」
「あとあんたもよ」
 今度は弟に言った。
「口一杯に入れないの」
「わかったよ」
 男の子も姉に応えた。
「じゃあ」
「そうよ、お行儀よくね」
「食べないとな」
「そうしないと」
「駄目よ」
 このこと言うのだった。そしてだった。
 女の子は玲菜が見ている前で武と弟に注意を続けつつ自分も食べていた、玲菜はその一部始終を見た。
 この時の彼女はドーナツ屋の店員だった、だが。
 次の日学校でクラスメイトとしてだ、玲菜は武に尋ねた。
「昨日のことだけれど」
「ああ、ドーナツ屋でな」
「妹さんに随分言われてたわね」
「いつもなんだよ」
 武は玲菜に笑って返した。
「妹にはああしてな」
「言われてるの」
「そうなんだよ」
「噂には聞いてたけれど」
 こう前置きしてだ、玲菜は武に言った。
「あんた本当に妹さんに頭が上がらないのね」
「否定出来ないな」
「何でなの?あんたの方がずっと年上で身体も大きいのに」
「おいおい、歳とか体格の問題じゃないだろ」
「どういうこと?」
「女の子だぞ、というかそんなことで威張れるかよ」
 年齢や体格でとだ、武は玲菜に少し真面目な顔になって言った。
「人間中身だろ」
「中身がどうかで」
「そうだよ、自分が年上だとか力が強いとかで威張るとかな」
「あんたそうした人間じゃないからね」
「ああ、弟もでな。妹は俺や弟の為を思って言ってるしな」
「お母さんみたいだったわね」
「実はうちの家コンビニやっててな」
 武はここで自分の家のことも話した。
「駅前のな」
「ああ、あそこのコンビニね」
 玲菜もそのコンビニが何処かわかった、駅前のあの店だとだ。
「あそこあんたのお家のお店だったの」
「コンビニって夜もやるだろ」
「それでなの」
「結構親父もお袋も店に出てるからな」
「家は子供だけになって」
「そうした時は妹が母親代わりになって俺や弟の面倒見てるんだよ」
「しっかりしたいい妹さんね」
 家事をあまりしない自分と違ってとだ、玲菜は心から思った。
「それはまた」
「そうだろ、それでな」
「妹さんが家事を全部してくれてるから」
「あと間違ったことも言わないからな」
「それでなのね」
「俺も弟も妹に頭が上がらないんだよ」
 武は少し苦笑いになって玲菜に話した。
「料理だって美味いの作ってくれるし便所や風呂の掃除だってしてくれるしな」
「本当にしっかりした妹さんね」
「そうだろ?だからな」
「あんた妹さんに頭が上がらないのね」
「そうだよ、まあ別に妹に頭が上がらなくてもいいだろ」
「まあね、実際かかあ天下の方が家庭はいいっていうし」
 玲菜はよくこう聞いている、家庭というものは奥さんが強い方が上手くいくというのだ。亭主関白よりも。
「だからなのね」
「俺はそれで困ってないしな」
「そうなのね」
「ああ、別に誰に言われてもな」 
 妹に頭が上がらないことをというのだ。
「俺は気にしないしな」
「それじゃあ」
「ああ、家庭円満だしな」
「成程ね、謎は解けたわ」
 玲菜は納得した顔で頷いて言った。
「あんたのね」
「謎だったんだな」
「私としてはね、けれどしっかりした妹さんだし」
「それでだよな」
「ええ、これからも妹さんの言うこと聞いた方がいいわね」
「俺もそう思うよ、それじゃあな」
「ええ、それでね」
「家族仲良く暮らしていくよ」
「それがいいわね」
 玲菜は武のその言葉に笑顔で頷いた、そしてだった。
 武はその日家に帰っても妹の言うことを素直に聞いて暮らしていた、それで彼は困ることなく幸せに暮らしていった。玲菜から見ても。


鬼妹   完


                    2018・2・24

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