兄への紹介
 出戸まりかはこの時一つ年下の彼氏に言っていた。
「これから私のお家に行ってね」
「はい、僕をですね」
「彼氏って紹介するけれど」
 こう彼氏に言うのだった。
「お父さんとお母さんは大丈夫なの」
「僕が彼氏でも」
「そう、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんもね」
 親達はというのだ。
「大丈夫よ、お姉ちゃんもね」
「僕が彼氏でもですか」
「私を宜しくって言ってくれるわ。妹もいるけれど」
 まりかは自分の家への道を彼氏と共に歩きつつ彼に話した。
「まだ小さいし」
「妹さんお幾つですか?」
「九歳なの」
「小学校三年生ですか」
「そう、だから別にね」 
 その妹もというのだ。
「気にしなくていいわ、ただ私って四人兄妹の三番目で」
「ってことは」
「そう、一番上にお兄ちゃんがいるの」 
 ここでこのことを話したまりかだった。
「高校出てお家を継ぐ為に修行中の」
「お家のお店で、ですね」
「お料理の腕は抜群なの、中華料理なら何でも美味しく調理出来るの」
「プロですか」
「ええ、ただね」
「ただ?」
「子供の頃私が男の子と遊んでいたら」
 まりかは彼氏に自分の過去のことも話した。
「妹に何してるんだって言って」
「まさか」
「そのまさかよ、その男の子にリキラリアットから蠍固めかけたのよ」
「懐かしいコンボですね」
「それも本気でよ」
 どちらの技も仕掛けたというのだ。
「かけられた子泣いたわ」
「蠍固めって本気でかけると痛いんですね」
「そう、それでね」
「僕もですか」
「お兄ちゃんもいるけれど」
「そのお兄さんがですか」
「唯一で一番ね」
 まさにと言うのだった。
「問題だから」
「お兄さんがどうか、ですか」
「包丁持ってるしね、今」
 言うまでもなく調理用のだ。
「怒ると家族で一番怖いし」
「蠍固めだけじゃなくて」
「ええ、もう鬼になるの」
 怒ったその時はというのだ。
「しかも家族思いで私達三人大事にしてくれてて」
「先輩にお姉さんに妹さんに」
「そう、三人共ね。だからね」
「あの、僕を見て」
「いい?私が一緒にいるから」
 彼氏の手をぎゅ、と強く握ってだ。まりかは彼氏に顔を向けてそのうえで言った。
「安心して」
「先輩がいてくれるから」
「そう、逃げることはないから」
 こうも言うまりかだった。
「むしろね、私がずっと一緒だから」
「お兄さんとですか」
「会ってね、安心してね」
「いえ、覚悟決めました」 
 彼氏は真剣な顔でまりかに返した。
「というか先輩にお家に行くって決めた時から」
「覚悟決めてたの」
「はい」
 強い顔でまりかに言うのだった。
「もう」
「だからなの」
「はい、幾らお兄さんが怖くても」
 まだ幼さの残るその顔での言葉だった。
「僕は行きます、そして会います」
「お兄ちゃんにもなのね」
「そうします」
「そうしてくれるのね」
「正直怖いです」
 見れば顔は真っ白になっている、それにまりかが握っている手も震えている。怖がっているのは明らかだ。
「ですが」
「それでもなのね」
「僕は行きます」
「そうして家族に。お兄ちゃんにも」
「会います、いえ会わせて下さい」
 まりかに勇気を振り絞って言った。
「これから」
「覚悟を決めてなのね」
「はい」
 まさにというのだ。
「行きますから」
「そうなのね、じゃあ私もね」
 まりかは彼氏の決意と覚悟、そして勇気を受け止めた。そうしてだった。
 確かな顔になってだ、こう彼に言った。
「一緒に行きましょう」
「宜しくお願いします」
「それじゃあね」
 こう話してだ、そのうえで。
 まりかは年下の彼氏を自分の家に入れてだった。家族に紹介した。最初は姉妹達だったが二人は笑顔で彼氏に宜しくと言った。
 そして両親や祖父母達はというと。
「そうか、まりかもそんな歳になったか」
「よさそうな子じゃない」
「二人で仲良くな」
「喧嘩したら駄目よ」
 四人共彼氏を見ても温和で優しい対応だった、彼氏もここまでは安心出来ていた。だが兄の部屋に行く前にだ。 
 まりかはまるで仕事をする前の刺客の様な顔になってここで彼氏に言った。
「それでね」
「はい、遂にですね」
「この時が来たから」
 こう言うのだった。
「そのお兄ちゃんに合う時がね」
「そうですよね」
「本当にここからが本番だから」
「正念場ですね」
「ええ、もう何が出てもね」
 その兄からというのだ。
「逃げないでね、お兄ちゃんヤクザ屋さんより怖いけれど」
「怒ったらですよね」
「ええ、実際にお店でヤクザ屋さんが酔っ払って暴れた時があったけれど」
「そのヤクザ屋さんがですか」
「一睨みですいません、でしたから」
「一睨みですか」
「そこで手も出すから」
 ただ睨むだけでなく、というのだ。
「本当に怖いから」
「気をつけてですね」
「ええ、それで何かしてきてもね」
「逃げないで、ですね」
「いてね」
「はい、覚悟してますから」
 このことをここでも言う彼氏だった。
「もう」
「そうよね、それじゃあ」
「行きます」
「そうしましょう」 
 二人で死地に行く顔になってそうしてだった。
 まりかは彼氏を兄の部屋に案内、した。まりかが木の扉をノックすると入れと往年の広島を舞台にしたヤクザ映画のシリーズの主役の俳優の様な声で返事が返ってきた。
「入れ」
「ええ」
 まりかが応えた、そしてだった。
 二人は一緒にだった、その扉を開けて。
 部屋に入った、するとだった。 
 部屋の真ん中に背筋がぴんと張った若い男が座っていた、清潔そうなシャツとスラックスと靴下という外見だ。
 背は高く髪の毛は短く刈っていて面長の顔である、目は鋭く口元は引き締まっている。その声に相応しい顔だった。
 その彼がだ、まりかと彼氏に言ってきた。
「座れ」
「ええ」
 まりかが応えてだ、そのうえで。
 二人で男の前に座った、男は正座している二人に自分も正座をしていて言った。
「出戸まりかの兄出戸文太だ」
「はい」
「君はまりかの何だ」
 彼氏を見据えて聞いてきた。
「それで」
「はい、僕は」
 まずは名乗ってだ、それからだった。必死に勇気を振り絞って、まさに一生分の勇気を振り絞る気持ちで彼に言った。
「妹さんと交際させてもらっています」
「まりかとか」
「そうです」
 自分を見据える彼に答えた。
「そうさせてもらっています」
「そうか」
 兄はこう返した、しかし。
 彼氏は彼が何をしてくるのかと身構えた、だが。
 ここでだ、彼は言ったのだった。
「わかった、宜しく頼む」
「えっ!?」
「妹を宜しく頼む」
 彼氏だけでなくまりかも驚いていたがそれでもこう返したのだった。
「これからな」
「出戸さんをですか」
「そうだ、宜しくな」
 こう言うのだった、それで話は終わった。
 これには彼氏もまりかも唖然となった、それでまりかは唖然となったまま彼氏を駅まで送ったがここで言った。
「あの、何ていうかね」
「凄く怖い人ですよね」
「ええ、私に男の子が近寄ったらね」
「プロレス技仕掛けて」
「ヤクザ屋さんも一睨みよ」
「そんな凄く怖い人ですよね」
「家族で一番怖くて怒ったら鬼なのに」
 それでもというのだ。
「それなのに」
「あっさりとでしたね」
「宜しく頼むだったから」
「あの、本当に」
「私も驚いてるわ」
 実際にまりかはそうした顔であった。
「本当にどうなるかって思ってたから」
「僕も殺されるかもって」
「思ってたわよね」
「それで覚悟決めてたんですけれど」
「いや、こうなるなんて」
「意外でしたね」
「本当にね」
 二人で話しながらだ、彼氏を駅まで送った。そしてその後だった。
 まりかは家に帰ってからあらためて兄の部屋に入ってだ、兄自身に尋ねた。
「あの、さっきのことだけれど」
「彼氏の子のことか」
「交際していいの?」
 兄に怪訝な顔で尋ねた。
「そうしても」
「彼に言った通りだ」
 これが兄の返事だった。
「いい子だな、大事にしろよ」
「昔私が男の子と一緒にいたらその子にリキラリアットと蠍固めかけたのに」
「それはあいつが悪い奴だったからだ」
「だからなの」
「あいつは今はヤクザをやっている」
「えっ、そうなの」
「子供の頃から弱いものいじめが好きで強い奴に媚びり嘘を言いあることないこと吹き込み底意地が悪い」
 そうした人間だったというのだ。
「そうした奴だと知っていたからな」
「だからなの」
「あいつと付き合うなと言ったんだ」
「あの子にあそこまでして」
「妹に近寄るなと言った」
「そうだったの」
「そうだった、だが彼はいい目をしている」
 彼氏の目を見ての言葉だった。
「しかも御前はわしのことを彼に話していたな」
「そうしていました」
「しかしそれでもここまで来た震えていたが覚悟を決めている顔だった」
 そこまで見てというのだ。
「わしは彼ならいいと思った」
「そうでしたか」
「本当にな」
「そうですか」
「そうだ、彼なら大丈夫だ」
 兄ははっきりと言った。
「だから大事にしろ、いいな」
「ええ、人を見てなのね」
「わしも対応を取っている」
「そうなのね」
「ああ、じゃあいいな」
「ええ、これからも仲良くやっていくわ」
 まりかは兄に笑顔で応えた、そうして彼氏と明日この話をしようと心に決めたのだった。


兄への紹介   完


                  2018・3・24

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