犬の心
 今宮有紗は犬の心がわかる、それである日散歩に行く時に家の飼い犬であるワラビ、薄茶色の巻き毛で垂れ耳のブリアード犬の彼女を見てから母に言った。
「ワラビ何か急いでる感じするけれど」
「そうなの?」
「早く散歩に連れて行ってってね」
 その様にというのだ。
「そんな気持ちみたいよ」
「よくそんなことわかるわね」
「だってね」
 犬小屋から出ているワラビを見つつ犬小屋の近くにある鉢の手入れをしている母に対して言った言葉だ。
「顔がね」
「ワラビの顔を見てわかるの」
「ええ、何か雨が降るからって言ってるわ」
「雨って」 
 母は娘の言葉に空を見上げた。すると雲が殆どない奇麗な青空だ。
「このお空でなの」
「降るってね」
「そんな筈ないじゃない」
「まあワラビはそう言ってるし」
 そのワラビを見つつ母にさらに話した。
「今からね」
「ワラビの散歩になのね」
「すぐに行ってくるわ」
「それじゃあね。けれどこのお天気でね」
 それは有り得ないとだ、また言う母だった。
「降るのはね」
「ないと思うわよね」
「どうして降るのよ。天気予報でも降水確率ゼロパーセントよ」
 降るとは全く言っていないというのだ。
「それで降るなんてね」
「私もそう思うけれどね」
「ワラビはそう言ってるのね」
「ええ、心の中でね」
 犬だから当然人間の言葉を喋ることは出来ない、だがその顔を見ているとその考えがわかるというのだ。
「だからね」
「今から急いで行くのね」
「そうするわ」
 こう言ってだ、有紗はワラビの首輪からチェーンを外してその代わりにリードを付けてうんこを入れるビニールも持ってだ。
 そうして散歩に行った、ワラビは急ぎ足でいつもの散歩コースを歩いてトイレも何処か急いで済ませてだ。
 そうして帰路についたが家が近くなるとだ。
 急に天気が悪くなった、そして。
 有紗がワラビの首にまたチェーンを付けてうんこを入れたビニールは家の外にあるごみ箱の中に入れて家の中に入るとだ。
 雨が降ってきた、それでだった。
 鉢の手入れを中断して家にはいってきた母が娘に言った。
「いや、本当にね」
「雨降ってきたわね」
「ええ」
 その通りだとだ、母は娘に答えた。
「あんたが言った通りに、いえ」
「ワラビが言った通りにね」
「雨が降ったわね」
「本当にこうなるなんてね」
「やっぱりあれね」
 ここでこう言った有紗だった。
「動物の直感は凄いわ」
「そうね、というかあんたって本当にね」
「ええ、ワラビの考えというか犬の考えがね」
「わかるの」
「その顔と目を見てるとね」
 それでというのだ。
「わかるの」
「そうなのね」
「不思議とね」
 自分でもこう言う有紗だった。
「わかるの」
「そうみたいね」
「そのお陰でね」
「今日もなのね」
「雨に遭わずに済んだわ」
「よかったわね、お母さんはぎりぎりでね」
「遭ったのね」
 有紗はすぐに自分が今まで使っていたタオルを母に差し出した、犬の散歩の後で手を洗った後でその手を拭く為に使ったものだ。
「今さっき」
「すぐにお家の中に入ったから殆ど濡れてないけれど」
「それでも雨に遭ったのね」
「そうよ、ワラビの言う通りね」
「ええ、犬も勘がいいから」
 人間よりはというのだ、犬は鼻や耳だけではないということか。
「だからね」
「犬の知らせがわかるとなのね」
「本当に今の私みたいに助かるのかしら」
「そうみたいね」
 母は有紗から受け取ったタオルで髪の毛を拭いた、窓の外はもう土砂降りになってしまっていた。先程の快晴が嘘の様に。
 有紗にはこうしたことが度々あった、ワラビだけでなく会った犬の感情がわかるのだ。そんなある日のことだった。
 有紗は下校中にふと擦れ違った白いポメラニアン、一人のおじさんが連れているその犬を見てすぐに連れているおじさんに言った。
「あの」
「何や?」
「はい、最近困ったことはないですか?」
「困ったこと?」
「何かこの子がご主人大丈夫かしらって思ってるんです」
「リリーが?」
 おじさんはそのポメラニアンを見つつ有紗の言葉に応えた。
「そんなん思うてるんか」
「はい、今の生活で」
「生活でって。うちは家庭円満で奥さんも子供も平和やし」
 おじさんは有紗に問われ考える顔になって述べた。
「それにや」
「それに?」
「わしも今日は休日やけど仕事も順調やしな。この前も接待が上手くいって何よりやったわ」
「そうですか」
「ああ、ほんまにな」
 おじさんは笑って言うがここでだった。
 おじさんがリリーと呼んだポメラニアンが有紗に顔を向けた、有紗は犬のその訴えかける顔特に目を見てだった。
 すぐにだ、おじさんに言った。
「ビールお好きですよね」
「昔から好きで最近も接待でよお飲んでるわ」
「それみたいですよ」
「ビール飲んでても体重は普通やけどな」
 見れば腹は出ていない、普通の体形と言うべきか。
「それでもかいな」
「ビールはそれだけじゃないですよね」
「痛風かいな」
「それじゃないですか?」
「そうか。この前健康診断あったしな」
「その結果見ればいいかと」
「わかった、それからや」
 おじさんはこの時はこう答えただけだった、だが一週間後有紗の下校中に彼女と会うとすぐにこう言った。
「プリン体が多くてな」
「ビールの飲み過ぎで」
「このままいくと痛風になるって言われたわ」
「やっぱりそうですか」
「実はお嬢ちゃんに言われてからビールは控えてたけど」
 そうしていたがというのだ。
「このままビールはあまり飲まん方がええって言われたわ」
「痛風になるからですか」
「これまで飲み過ぎやったってな」
 そのビールをというのだ。
「そう思うとリリーの心配通りや」
「はい、私もこの娘の心がわかったので」
「犬の心がか」
「私わかりますから」
 犬のその心がとだ、有紗はおじさんに話した。
「ですから」
「そうか。お嬢ちゃん凄いな」
「凄くないですよ、とにかくです」
「ああ、リリーも心配してるしな」
「ビールの飲み過ぎには注意して下さいね」
「わかったわ」 
 おじさんは有紗に笑顔で頷いて答えた、有紗にとってはいいことだった。
 有紗は犬の心がわかる、このことは家族もよく認識する様になって母は犬の散歩に行く彼女が今から散歩に行こうと犬にリードを付けた時に尋ねた。
「ワラビ今は何て思ってるの?」
「御飯欲しいって言ってるわ」
 有紗は母にすぐに答えた、母は今も庭の鉢の手入れをしている。
「そう言ってるわ」
「そう、じゃあドッグフード用意しておくわね」
「おやつの煮干しも欲しいって言ってるわ」
「わかったわ。ただワラビ最近太ってきたからね」
 このことは母が見てもわかることだった。
「煮干しは少し減らしてね」
「そうして出すの」
「そうするわ」
「今それ聞いてワラビがっかりしたわよ」
 有紗は今も犬の気持ちがわかって母にそれを尋ねた。
「もっと食べたいって」
「そう言っても太ってきたからね」
「煮干しの量は減らすの」
「そうするわ」
「ワラビがっかりしたままだけれど」
「いいの、犬にもダイエットは必要だから」
 あくまでこう言う母だった、有紗は母のその言葉を聞いたワラビの心がわかった。それはがっかりとしたままであった。


犬の心   完


                    2018・4・22

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