低音
 日本橋郁美はよくカラオケで歌っていることからもわかる通り歌が大好きだ、いつもアニメの主題歌やアイドルの曲を歌っている。
 だがどの曲も歌える訳ではない、郁美はあるアニメの主題歌男性のバンドグループが歌っているその曲を歌う時になると。
 リモコンを操作して相当な高音にして歌った、それで一緒にカラオケボックスに入って歌っていた友人達はその郁美に言った。
「郁美ちゃん男の人の曲よくそうするわね」
「相当高音にするわよね」
「そうして歌ってるわね」
「いつもそうね」
「ええ、低い音はね」
 どうしてもというのだ。
「苦手なのよ」
「そうなのね」
「低音は苦手なの」
「どうしても」
「そうなの、特にあれよ」
 また言った郁美だった。
「男の人の歌でね低い音だとね」
「歌えないの」
「難しいの」
「そうなのね」
「そうなの、だからそうした曲を歌う時は」
 今の様にというのだ。
「もう目一杯ね」
「キー高くしてそうして」
「本来の曲より思いきり高音にして」
「そして歌ってるのね」
「そのまま歌わないと駄目かしら」
 難しい顔になってだ、こうも言った郁美だった。
「やっぱり」
「どうかしらね」
「歌いやすい音で歌っていいんじゃない?」
「別にありのままにこだわらず」
「郁美ちゃんの好きにすればいいんじゃない?」
「そうかしらね」
 郁美は友人達の言葉にかえってどうしたものかと考えた、だが男の歌で低いとどうしても歌えなかった。それでだった。
 郁美はある日通っている学校の音楽の先生に自分の歌声のことを話した、すると先生は郁美にすぐにこう言った。五十位の太った穏やかな顔の女の先生だ。吹奏楽部の顧問を務めていることでも知られている。
「それは悪いことじゃないわよ」
「そうなんですか」
「ええ、あまり自分の声に合わない歌を歌うとね」
 そうすればというのだ。
「喉によくないから」
「喉を痛めたりしますか」
「するわ、オペラ歌手でもね」
 まさに専門的に歌を歌うこの職業の者達でもというのだ。
「自分の声に合わない役の歌を歌うとね」
「よくないんですか」
「それで喉を痛めかねないから」 
 実際にというのだ。
「自分に合った役や歌だけを歌う歌手もいるのよ」
「そうなんですね」
「ええ、特に女の人が男の人の歌を歌うことは」
「よくないですか」
「そうよ。もう根本から声が違うから」
 その為にというのだ。
「あまり男の人の歌でね」
「低い声を歌うと」
「喉によくないのよ」
「じゃあ私がそうした歌を歌う時に音を高くすることは」
「いいことよ」
 喉を痛めない為にはというのだ。
「本当にね」
「そうだったんですね」
「そうよ、日本橋さんのことを言うと」
 先生は郁美自身の話もしてきた。
「女の人でも音が高い方ね」
「それは自分でも思っていました」
 郁美もこう答えた。
「私の声は高いって」
「そうよね」
「はい、声変わりしてもです」
「高いままね」
「そうなんです」
「日本橋さんの声はソプラノよ」
 先生は音楽の専門用語も出してきた」
「女の人でも一番高い声よ」
「あっ、それは知ってます」
 ソプラノと言われてだ、郁美も答えた。
「ソプラノ、メゾソプラノ、アルトの順にですね」
「低くなるの」
「そうでしたね」
「それで男の人の声はね」
「テノール、バリトン、バスですね」
 郁美から答えた、これは小学校の音楽の授業で習ったことで今もはっきりと覚えていることなのだ。
「やっぱり順にでしたね」
「低くなるのよ。それで女の人の方がね」
「声は高いんですか」
「しかもソプラノやテノールにもそれぞれ高さがあるの」 
 一口にそうくぐられているがというのだ。
「レッジェーロ、リリコレッジェーロ、リリコ、リリコスピント、ドラマティコってね」
「複雑ですね」
「それで日本橋さんはレッジェーロかリリコレッジェーロね」
「かなり高い方ですね」
「ソプラノの中でもね。さっきオペラ歌手は歌を選ぶって言ったけれど」
「同じソプラノでもですか」
「選ぶわよ」
 そうだというのだ。
「これがね」
「そうなんですか」
「そう、だからね」
「私もですか」
「その音だとね」
 ソプラノでも高い方の音だからだというのだ。
「やっぱりね」
「低い音の歌は歌わない方がいいですか」
「特に男の人の低い、バスとかの曲はね」
「そのまま歌うと危ないですね」
「喉にとってね」
 実際にというのだ。
「そうよ」
「そうですか」
「だからその判断は正解よ」
 カラオケの時にありのままの曲を歌うことはというのだ、低い声の曲を。
「高くして歌うことはね」
「いいことですか」
「そうよ、ずっと歌いたいならね」
「声のこともですか」
「考えて」
 そしてというのだ。
「歌っていってね」
「わかりました」
 郁美は先生の言葉に頷いた、そしてだった。
 今度は友人達に先生に言われたことを話した、それは自分達のクラスにおいてだったがすると友人達も言った。
「歌は楽しく歌うものだし」
「それだったらね」
「別にありのままにこだわらなくてもいいわね」
「自分が歌いたい風に歌えばね」
「それでいいわね」
「そうみたいね、実はね」
 ここで郁美はこの歌手の名前を出した。
「美空ひばりさんの歌テレビで聴いたら」
「ああ、昭和の人よね」
「昭和の大歌手の中の大歌手じゃない」
「もう伝説って言っていい」
「物凄い人じゃない」
「あの人が高い音も低い音も歌えてたから」
 それを聴いてというのだ。
「凄くね」
「凄いって思ってそれでなの」
「自分もってなったのね」
「郁美ちゃんも」
「そう思ってもいたから」
 それでというのだ。
「ありのままの曲で歌えるのが一番って思ってたけれど」
「いや、それでもね」
「美空ひばりさんはもう別格でしょ」
「特別っていうか」
「あの人は伝説だから」
「だからね」
「比較する方が間違いよ」
 生前は天才と言われ今は伝説と言われる様な歌手とはというのだ。
「だからね」
「美空ひばりさんは置いておいて」
「あの人はもう違うから」
「郁美ちゃんは郁美ちゃんでね」
「一番歌いやすい風に歌えばいいのよ」
「郁美ちゃんの喉にあった風にね」
「そうね。私は私ね」 
 郁美は友人達のその言葉に頷いた。
「それじゃあね」
「そう、郁美ちゃんの歌い方があるから」
「美空ひばりさんじゃなくて」
「郁美ちゃんのね」
「そうしていくわね」 
 郁美は再び頷いた、そしてだった。
 カラオケボックスで歌うそのままでは自分に合わないと思った曲はしっかりと曲の音程を変えた。そうして歌い楽しんだ。自分が一番歌いやすい様に。


低音   完


                 2018・4・22

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