第4話 初めてのトモダチ

「で? なんで俺はこんな所にいるんだ?」

 どうしてこうなったと、千風は目の前の男に問うた。

 千風たちがいるのは都内の某ハンバーガーショップだった。
学校に通うことになった初日、先ほど知り合ったばかりの男と飯を食いに来たことに、千風は異様な違和感を感じていた。
異様な違和感、形容しがたいがまさにそんな感じだった。

 察しろとウインクをしてくる誠。

「それで、何が聞きたい?」

 ウインクの似合うイケメン野郎に無性に腹が立ったが、無視して会話を進めることにした。

「そうだな、この際どうしてここにいるかなんて些細な問題だ。一つ聞こう、なぜ俺に構う?」

 ――俺に構ってコイツに何のメリットがある? 俺の正体を知るわけでもない、厄介ごとを押しつけられる前に逃げるのが得策か?

「ん〜〜別に、これといった理由はないかな? ただの気まぐれってヤツ? キミの瞳がかわいそうに見えたから……だからそう、これは憐れみ!」

 頭に電球でも点いたのだろうか、ポンと手を叩いて平然と千風を煽って来た。

「あ? つまり俺はお前の気まぐれで憐れまれた、と?」
「そそ、憐れまれたついでに聞きたいこと聞いておきなよ? どうせ、この学校のことなんて、なーんも知らないでしょ!」

 確かに千風は名桜学園の内情とやらを全く知らない。
表向きの評判をC.I.にいた時、資料で軽く目を通した程度の知識しか持ち合わせていない。

 ここは、誠の言うとおり、話を聞いておいて損はない。元々、誰か一人とっ捕まえて聞こうと思っていた。その手間が省けたと思えばいい。

「よし分かった、聞いてやるよ。まず俺らのクラスのことを教えてくれ。注意しておくべき人間は?」

 自分のクラスの実力を知っておくのは最重要項と言ってもいい。
強いヤツをマークしておかないと、この先の出方がまるでわからない。

「やっぱ、そう来るよね! よかった、君がただの馬鹿じゃないって判明して……。そうだね、ウチのクラスはだいたい三つの勢力に別れている。まず|緋澄《ひずみ》、ここが一番でかい。なんたって緋澄重工の令嬢がトップだからね」

 緋澄重工、当然知っていた。緋澄重工といえば、攻撃魔法の開発においてトップクラスの実績を誇る企業だ。
ヴィーナス製薬に引けをとらない汎用性の高さと、圧倒的な火力がウリだ。ただ、その分反動の大きさと副作用の影響もあり、中級以上の魔法師に人気の高い企業と言える。

 もともとは重工業関係で名を馳せた企業だったが、一定の生産ラインを維持したまま、現在は魔導器の開発に注力していると聞いたことがあった。
面接時に千風を襲ってきた教師も緋澄重工の魔導器を使っていた。

「ああ、あの髪の赤いクソガキか? 最前列でやたらどっしり構えていたな」

 彼女の髪はおそらく魔法による後遺症だろう。

「うん、ウチのクラス40人中25人が緋澄の傘下だ。そして二つ目が、|蓮水氷室《はすみひむろ》率いる10人グループ」

 蓮水氷室……千風には心当たりのない名だった。

「蓮水、聞かない名だが?」
「そうだね、当然と言えば当然かな。彼は有名企業の息子でもなければ、特別な業績を上げた家の生まれでもない、いたって普通の家庭の人間だ。貴族や企業の子息が多いこの学校では珍しい、平民の出だからね」

 けれど……と誠は言葉を続けた。

「厄介な相手はむしろ氷室の方かもしれない。魔法の腕前だけなら彼は純粋に緋澄を上回るよ? もっとも組織的な力は彼女に軍配が上がるけどね……」
「ふむ、確かにそいつは厄介そうだな。注意しよう。それで三人目は――」

 と、そこで千風の注文していた品が来た。

「お待たせいたしました。ハバネログラタンコロッケバーガーEXになります!」

 どうもと短く礼を述べ、品物を受け取る。最近発売した期間限定の商品らしく、辛いもの好きな千風にはちょうどよかった。

 一口かじる。サクッと、揚げたてのコロッケが軽快な音とともに口の中で溶けた。
コロッケの中からグラタンとは思えない真っ赤なソースが見える。舌をチクリと刺激するハバネロの風味。喉を通過するときには攻撃的な香辛料の香りが鼻腔を満たした。

 今まで食べた中でも最高クラスに辛い部類ではあるが、文句のつけどころなく――美味かった。

「それ美味しいの? グラタンがしていい色にはみえないけど?」

 頬杖をついて皮肉げに聞いてきた。

「一口食うか?」

 誠の目の前に差し出すと、咳払いをしてわざとらしくドリンクを飲み始めた。

「いや、ありがたいけど遠慮しておく。辛いのはニガテなんだ……」
「なんだ、ただのガキか? そいつは悪かった。これからは気をつけるよ。……と、話がそれたな三人目は誰なんだよ?」

 軽口を叩きつつ、話を戻す。

「あ! 今馬鹿にしただろ!? いいけどさ……、それで三人目だけど……実は俺、なんだよね〜〜」

 あははーと申し訳なさそうに笑う誠。とてもそうは見えないが彼がその三人目らしい。

 その発言に千風は目を細めた。

「ほう、それで俺を引き込むために誘ったと? ようやく話が見えてきたな?」

人数的に圧倒的に不利な誠にとって、千風を引き込むことは大きな戦力強化に繋がると考えたのかもしれない。

「あ〜〜やっぱそう捉えるよなー。けど、キミをここに誘ったのは本当に憐れみからだよ?」

 なんて真剣な眼差しで言ってくる。あまりの真剣さに彼は自分がとんでもない事を言ってることに気づいていなかった。
覗き込むように注視しても、誠の瞳は一切揺るぐことはない。

「ちっ! お前と話してると疲れるな。どうやら本気で俺を馬鹿にしてるみたいだし……」

 誠の真剣すぎる瞳に思わず、千風は折れた。肩の力を抜き、話を聞いてやることにする。

「でしょでしょ? そんな張り詰めた状態じゃ気が疲れるのも無理はない。だからさ? 腹の探り合いはやめて、俺と友だちになってよ! 正直言って利権争いとか、親の言いなりに動くとか……どうも俺の性に合わないんだよねー。で、俺が立ち上げた? のがそうゆう奴らの集まり。って言っても四人しかいないけど!!」

 たはは! と何が面白いのか誠はポテトをもそもそと食い、熱弁してくる。

 誠は今、|利権争い《・・・・》と言った。そうゆう争いごとには興味がない、と。でも、それはおかしい、ならなぜ彼は魔法師を目指す? まさか、災害から人々を救うために戦っているとでも言うのだろうか?

それは、ただの偽善というものではないだろうか?

 ――それはとある昔話だ。金や名誉に囚われず、ただひたすらに人々を救おうと足掻いた男がいた。災害の研究に明け暮れ、自らの身体さえも実験に使った。痛みと引き換えに多くの人を救い、その度にまだ足りない、まだ足りないと、痛みを欲した。
異常、だった。その一言に尽きる。痛みを受け入れ、力を手にする。まるで呪いだ。そう、呪い――魔法とはある種の呪い。そんなことを続けた男はある日、ついに狂った。狂って狂って……それでもまだ救いたいと嘆き続けた。

 ――そうして手に入れた力が、《|神将の帝《エルトリア》》。十二神将を束ねる最強の男の称号だった。
違う、そうじゃない! そうじゃないんだ! 声を枯らしながら男は嘆いた。憤った、絶望した。最強と云われなお、理不尽に死んでいく人々がいる。

 自分はそれを救えない。人の身である自分の手のひらですくい取れるものには限界がある。
そう気づいた時にはしかし、すべてが遅かった。男は禁忌に手を染めてしまった。それはまるであの時の――

「なら、一つ聞いていいか誠? なぜお前はここにいる? 何のために命を張ってまで戦う必要がある? それはここにいないと成し得ないモノなのか?」

 千風の声は震えていた。今、ここで、目の前の男を見極めておく必要がある。

「なんでって……簡単だよ。救いたい人がいる、助けたい人がいる。力になってやりたい大切な人が、いるんだ。……そのための力が俺にはまだない。だからここでその力を手に入れる! 覚悟はしてるさ、どれだけ困難な事かも、ね?」

 それに対する誠の答えはいたってシンプルだった。今の世ではひどく異端で……それでいてとても優しく、尊く神聖な願い。
恥ずかしそうに笑い、はにかむ。

 ――ああ、俺はこういう人間のために、力をつけてきた。だったら何をためらう必要がある? 俺がすべきことは……同じはずだ。
正しい光の下でのみ、自分は輝いていられるのだから……。千風はぐっと拳に力を込める。

「わかった。友達になってやる。好きなだけ馴れ合ってやるから覚悟しとけよ?」

 冗談交じりに手を差し出し千風は彼のグループに入ることにした。

「あれ? もしかして千風って意外と物わかりのいい方?」
「勘違いするなよ? |利《・》|害《・》が一致したからつきあってやると言っただけだ!」
「利害……ね〜〜! 鏡見てみなよ、今の千風、その言葉がもっとも嫌いだーって顔に書いてあるから!」

「ちっ、呼び捨てにすんなよ! ……まだ俺たち今日会ったばっかりだぞ!?」

 グイグイこちらとの距離を詰めてくる誠に、千風は若干ビビっていた。

「いいじゃん! 確かに会ったばかりだけど、もう友だちだろ?」

 友達。誠は確かにそう言ったが、果たしてそれは本当だろうか? 友達という属性を持った人間を側に置くことはあまりにも危険ではないだろうか?

 千風は射殺さん勢いで誠に視線を突き刺す。
少年のように澄んだ瞳。にっと八重歯を光らせて笑う。そんな彼をみているとなんだか色々と考えていた自分が馬鹿らしく思えてきた。

 これ以上長居してペースを乱されても面白くないので、千風は席を立つ。

「って! ちょっと待てよー。たくこれだからツンデレは……」

 後ろでツンデレがどうの聞こえたが、待たず、無視し、店の外へ。

 途中で気づいたみたいで、伝票を持って急いで追いかけてくる誠。だが、間に合わない。

 ドアの開閉音とともにうなだれた誠が出てきた。

「千風っ! よくも嵌めてくれたな!?」

 どうやらこちらの意図に気づいたらしい。今さら気づいても後の祭りだが……。

「何言ってんだか? 俺たち……友達、なんだろ?」

 意識的に笑顔を作る。心のそこから笑ったことのない千風には非常に難しい物だった。

 街中を通ったとき、バカ騒ぎしていた連中は実はすごいんじゃないかと本気で疑うくらいに、笑顔というものは難しかった。

 友達という言葉に妙な気恥ずかしさを感じる。顔に熱が集まる。大丈夫だろうか? 気づかれていないだろうか?

 千風の心配は残念なことに、杞憂とはならなかった。

「ぷっ! 恥ずかしいなら言わなければいいのに〜〜!!」

 このこの〜〜と肘で脇腹を小突いてくる。無性に腹立たしかった。

「なっ! いいだろ別に! 慣れてないんだよ、こういうの!」

 慣れていないというのは、本当だった。

 こういう風に同年代の友達といえる者と笑い合ったのはいつぶりだろうか? 記憶を探るも、それらしい記憶には覚えがない。悲しいことに千風は、ぼっちだった。

 いや、そういった環境で育ってはこなかった、というのが正しいだろう。なにせ彼は小1の頃にはすでに親を亡くし、時枝の所で死に物狂いの修行を積んできたのだから。

 だから、誠は千風にとって初めての友達といえる存在なのかもしれない。

「んじゃ千風、俺はこっちだから。また明日学校で!」
「お、おう」

 手を振り、踵を返す。

 ――明日……明日、か。

 千風は空を見上げた。東京の街に沈む夕焼け景色。ビル群から覗く柔らかな陽光は千風の心を穏やかにしていった。

 そして今日という日が終わる。

 何事もなかったように見えて、地球の裏側では腐るほどの人間が死んでいく。明日だって同じだ。歯車は狂うことなく動き続ける。死体を欲して回り続けるのだ。

 空を見上げる。赤い、紅い夕日を見つめながら、

「綺麗な夕日ってのは大抵ロクでもないことの前触れなんだよな……」

 しかし、そのつぶやきが誰かの耳に届くことはなかった。

紅十字
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