母と兄
 月満光はもう父親とは死別している、実は光は両親が年老いてから出来た娘で兄とも二十は離れている。光はまだ独身だが兄は光が小さい時に結婚していてもう大きな子供どころか孫もいる。父は光が成人した時に亡くなっている。
 その光が住んでいるアパートに手紙が来た、それは実家の法事に来る様にというものだった。
 光は手紙を受け取ってすぐにスマホで母に連絡をした、そして母に言った。
「私法事は」
「そう言うけれど今度はかなり大事な法事だから」
「だからなの」
「絶対に出て。親戚の人全部集まるの」
「全部なの?」
「そう、全部よ」 
 母はスマホから光に言った。
「だからね」
「それでなの」
「そう、だからね」
 それでと言うのだった。
「絶対に来てね」
「どうしてもなの」
「ええ、お願いね」
「私が行ってもと思うけれど」
「あんたがそう思っていてもよ」
 それでもというのだ。
「そうもいかないから」
「だからなの」
「絶対に来てね」
「それじゃあ」
 仕方なくだった、光も頷いた。そしてだった。
 光は十年以上帰っていなかった実家に行った、実家は最後に来た時のままだった。
 懐かしい感じはあった、だが喜びはなく。それでだった。
 光は家の中にいても楽しみは感じずだ、母に会ってもだった。こう言うだけだった。
「法事が終わったらね」
「あっちに帰るの」
「そうするわ」
 こう母に言うのだった。
「私は」
「本当に実家にいたくないのね」
「いても」
 それでもと言うのだった。
「仕方ないから」
「だからなの」
「それで兄さんは」
「今家族で親戚の人達と一緒よ」
「法事の場所に先に行ったの」
「ええ、旅館にね」
「そうなの。もうなの」 
 光は母に暗い顔で応えた。
「もうそっちに行ってるのね、兄さんは」
「そうよ、ただね」
「ただ?」
「光が来てくれるって言ったら喜んでいたわよ」
「別に喜ぶことじゃないでしょ」
 光は母の言葉を聞いて言った。
「私が来ても」
「そうじゃないわよ。家族じゃない」
「家族っていっても全然付き合いないじゃない」 
 それでとだ、光は母に言葉を返した。
「私が生まれた時から」
「そうじゃなかったわよ」
「そう?」
「兄さんもずっとあんたのことを気にかけていて」
 そしてとだ、母は光に話した。
「お母さんだってそうなのよ」
「そうだったの?」
「そうよ。あんたは昔から人付き合いに苦労していてね」
 そのことも見ていてというのだ。
「心配もしていたのよ」
「そうだったの」
「ええ。そのことはわかってくれたら嬉しいわ」
 母は光に包み込む様に言葉をかけた。
「家族だから」
「それでなの」
「だから今年の法事には呼んだの」
「どうしてもなの」
「実際にかなり大事な法事だし」
 このことは事実でというのだ。
「それでなのよ」
「そうなのね」
「そう、それで今からね」
「旅館に行って」
「皆と会いましょう。明日はお寺に行ってね」
「その法事よね」
「それをしましょう」
 こう言ってだ、そのうえでだった。
 光は母と共に法事に出た、そしてずっと会っていなかった兄と彼の家族に他の親戚の人達に会った。誰もがだった。
 光に対して笑顔を向けて挨拶をしてくれた、宴会の時に飲んで食べてもだ。
 その時も光にビールにご馳走を勧めてくれた、宴会はとても明るく普段一人でいることの多い光にとって心地よいものだった。
 それでだ、光は母に言った。旅館は温泉でそこに入って二人の部屋に戻ってから。
「何かこうして皆と一緒になることは」
「なかったのね」
「社員旅行に出ても」
 それでもというのだ。
「私特にお付き合いもないし」
「会社の人達ともなのね」
「ええ、だからね」
 それでと言うのだった。
「今みたいなことはね」
「なかったのね」
「修学旅行の時でも」
 光は自分の学生時代のことも話した。
「ずっと一人だったから」
「あんたずっと友達も少なかったしね」
「だからね」
 それでとだ、光は自分から話した。二人共今は浴衣になっていて旅館の一室でくつろいでいる。部屋はもう布団が敷かれている。
「こうして皆と一緒にいて」
「それで飲んだり温泉に入ったり」
「カラオケも」
 それもというのだ。
「そんな色々なことはなくて」
「皆まだ宴会場にいるわよ」
「それで楽しんでるのね」
「そちらに戻る?」
「そうね」
 光は言ったところで少し驚いた、自分から賑やかな場所に行くと言い出すことはこれまでなかったからだ。
「それじゃあ」
「ええ、行きましょう」
 母も言ってだ、光はその母と共に旅館の宴会の間に戻った。そこではもう夜遅いので子供は皆寝る為にそれぞれの部屋に行っていたが大人達は残っていて。
 それで飲んでご馳走の追加を食べて歌って賑やかにしていた、そこに戻ると。
 兄もいた、兄はすぐに光のところに来て言った。
「元気そうだな」
「ええ」
 光は今日久し振りに会った兄に応えた。
「仕事続けているわ」
「そうか、それは何よりだ」
「ええ、それで兄さんも」
「元気でやっている」
 笑顔でだ、兄は答えた。
「仕事の方も家でもな」
「そうよね」
「孫も出来たしな」
「ええ、聞いてるわ」
 光は兄に落ち着いた顔で応えた。
「そのことも」
「そうか、孫も元気でな」
「そのこともなのね」
「いいことだよ」
 こう妹に言うのだった。
「本当に幸せだよ」
「そうよね」
「孫に会ったよな」
「ええ、お子さん達にも」
 兄のとだ、光はまた答えた。
「皆元気そうでね」
「御前もな、ずっと会っていないからどうかって思っていたが」
「心配してくれていたの」
「妹だぞ」
 兄の返事は即答だった。
「だったらな」
「心配することもなの」
「当然だろ、それであっちじゃ苦労もしていないか」
「ええ、今はね」
 昔から変な男が周りにいた、だが今は人付き合いを避けていることもあってというのだ。
「何もないわ」
「それは何よりだ、じゃあな」
「じゃあ?」
「飲むか」
「ええ」 
 光は兄の言葉に頷いてだ、そしてだった。
 兄が出してくれたビールを自分のカップで受けた、そうしてそのビールを飲み歌ったり芸は出さなかったが。
 それでもだ、宴が終わるまでそこにいてだった。
 次の日の法事にも出た、そしてだった。
 法事が終わってからだ、母に声をかけられたのだった。
「ねえ、来年は」
「来年は?」
「戻ってきてくれる?」
 こう言うのだった。
「そうしてくれる?」
「考えさせて」
 光は母にこう返した。
「若しかしたらね」
「来年も」
「来させて」
「ええ、待ってるわね」
「ひょっとしたら」
 来るかも知れないとだ、光は答えた。そしてだった。
 今住んでいる部屋に帰った、部屋に帰っても母と兄の言葉が心に残っていた。それが暫く続いていてだった。
 今度は自分から言って正月に実家に戻った、それはゴールデンウィークにも法事が行われるお盆にもとなって。
 何時しか光は実家によく顔を出す様になった、それからいい人を紹介してもらい結婚することになった。そして子供が出来た時にも。
 母は喜んでくれた、そして兄も。もう二人は光にとって疎遠な存在ではなくなっていた。暖かく優しい家族だった。今まで気付いていなかったが最初からそうだったことに気付いたこともあってその家族の存在が余計に嬉しかった。


母と兄   完


                 2018・6・18

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