潮騒の娘 
 湊潮音はいつも海を見ている、神秘的な美貌はいつも多くの男子生徒達に注目されている。だが潮音はその目を意識することはない。
 その彼女についてだ、周りの者はよくこう言っていた。
「いつも海を見ているけれど何かあるのか?」
「海に何か思い入れがあるのか?」
「海から離れようとしないけれど」
「海の近くから離れると体調が悪くなるみたいだし」
 海辺の町にいる彼等でも思うことだった。
「何か普通の娘と違うな」
「そうだよな」
「一体どんな娘なんだ」
「よくわからないな」
「人付き合いもしないし」
「どういった娘なんだ」
 誰も彼女のことを知らない、そしてあれこれ思うが彼女がどういった人間なのか誰もわからなかった。
 しかし潮音は今も海を見続けてその傍にいる、夏も冬も。そうしている彼女にだ。
 ある転校生が声をかけた、それは明るい少年だった。
「いつも海観てるよね」
「ええ」
 潮音は少年の方を見ずに答えた。
「そうしているわ」
「海好きなんだ」
「好き。というか」
「というか?」
「離れられないの」
 こう少年に話した。
「私は」
「離れられないって」
「海から離れたら体調が悪くなるから」
「その話本当だったんだ」
「どうしてかわからないけれど」
 自分でもというのだ。
「水や海の声も聞けるし」
「それって何か妖精みたいだね」
「私は人間よ」
 潮音はこのことは確かだと答えた。
「それは言っておくわ」
「そうだよね。何かこの世の人じゃない感じだけれど」
「私は人間だから」
「わかってるよ、心が人間なら人間だからね」
「心が」
「心が化けものなら人間の姿形でも化けものだからね」
 少年は潮音に笑って話した、夕暮れの海岸に学校帰りに一人立って海を見続けている彼女に対して。
「だからね」
「私は人間だっていうの」
「僕はそう思うよ、それで海をなんだ」
「ええ、こうしてね」
「いつも見ているんだ」
 少年はまた潮音に尋ねた。
「今みたいに」
「そうしているの。水は私の全てだから」
「海はなんだ」
「湖も川もだけれど」
 そうした場所もというのだ。
「お池も」
「とにかくお水はなんだね」
「私にとって全てで」
「その声も聞こえるんだ」
「そんな感じがするの」
「成程ね、それじゃあお水から離れたら」
「私は駄目になるわ」
 こうも言うのだった。
「本当にね」
「それで今も見ているんだ」
「傍にいてね」
「それは明日もかな」
「そうなるわ、それで貴方は」
「いや、君の噂を聞いてさ」
 見ればやや小柄で明るい顔立ちをしている、癖のある赤髪で動作はかなり激しく剽軽な感じがする。
「どんな娘かって思ってね」
「会いに来たの」
「お話をしに来たんだ」
「そうだったの」
「俺実は海辺の町はじめてなんだ」
 少年は潮音に自分のことも話した。
「ずっとさ、群馬のど真ん中にいて」
「群馬県なの」
「海がない県だからね、それが親の転勤で」
「ここに来たの」
「だから山には詳しいけれど海はさっぱりなんだよ」
「海に興味あるの」
「あるよ、海には詳しいよね」
「ええ、海の傍にいないと生きていけないから」
 それだけにとだ、潮音は少年に話した。
「信仰も持っているわ」
「そうなんだね」
「それで私からなの」
「海の話聞かせてくれるかな」
「いいわ」
「じゃあ俺も山のこと話すね」
 自分は自分でとだ、少年は潮音に話した。そしてだった。
 二人はお互いに海と山の話をしていった、そうした日々を過ごしているうちに。
 潮音は山についてだ、こう言う様になっていた。
「山についてはこれまで」
「関係ないと思っていたんだ」
「海の傍にいるから」
 だからだとだ、潮音は少年と高校の昼休みに図書室の中で話しながら答えた。
「だから」
「そうなんだ、けれどね」
「山も面白いっていうのね」
「そうだよ、この街にも海の傍に山があるわね」
「ええ、あるけれど」
「登ったことはないんだ」
「山は海と正反対だと思っているから」
 そうした世界だからだと思っているからだとだ、潮音は少年に答えた。
「これまでは」
「そうなんだ、けれど海の傍の山なら大丈夫だよね」
「登っても」
「今度登ってみない?日曜にでも」
 少年は潮音を笑顔で誘った。
「そうしない?」
「そこでも海の声が聞こえるのね」
「海の傍だからね」
「それだったら」
 潮音は海の傍にあるならと思ってだ、少年の言葉に頷いた。そうしてその日曜日に二人で街の海の傍にある山に登った。
 山は結構高く華奢な身体の潮音には辛かった、だが身体は不思議と疲れず。
 昼には頂上まで登ることが出来た、それで頂上から青い海を見て言った。
「ここから見る海もね」
「奇麗だよね」
「ええ、声も聞こえるわ」
 自分と共にいる少年にこうも答えた、二人の周りには緑の木々がありその下に青い海が銀の波と共に広がっている。
「海の声も」
「ここにいてもなんだ」
「聞こえるわ、静かで奇麗な声が」
「そうなんだ」
「山でも聞こえるのね」
 潮音は微笑んでこうも言った。
「そうなのね」
「海の傍だからね、この山も」
「それでなのね。ここにいたら」
「どうかな」
 少年は海を見下ろす潮音に尋ねた。
「この光景は」
「奇麗ね、またね」
「観たいよね」
「海が観て欲しいって言ってるわ」
「海がなんだ」
「ええ、だからまた観たいわ」
 潮音は少年に対して答えた。
「本当に。だからね」
「それでなんだ」
「また観たいわ、じゃあまたね」
「うん、この山に登ろうね」
「そうさせて。ただ」
「ただ?」
「貴方も一緒ね」
 潮音は少年を見て彼に尋ねた、今度は彼女が尋ねた。
「そうよね」
「駄目かな」
「いえ、お願いさせてもらうわ」
 これが潮音の返事だった。
「貴方の気持ちもわかったから」
「というと」
「私に声をかけてきたのもよくお話をしたこともここに案内してくれたことも」
 全てとだ、潮音はわかったのだ。それが海の声が今彼女に教えてくれたことだった。
「わかったわ、だからね」
「いいんだ、それで」
「この海を見せてくれたから」
 それならとだ、潮音は少年に答えた。
「お願いするわ」
「よかった、じゃあね」
「また今度ね」
「一緒にここから海を観ましょう」
 潮音はここで微笑んだ、そうしてだった。
 二人の交際がはじまった、やがて少年は地元の水産工場で働く様になり潮音は神社の巫女になった。二人は共に海の傍で過ごしてお互いに離れることはなかった。


潮騒の娘   完


                2018・6・28

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