かんざし売りの女
 紫蓮は凄腕のくノ一だ、里では彼女に勝る忍の者は男であっても誰一人いなかった。
 だが今は泰平の世だ、それで彼女は忍の仕事がない時は相棒の幼い時から共に暮らしているくノ一仲間と二人で大坂の街でかんざし売りをして暮らしているが。
 ついついだ、紫蓮は日本橋の自分の店にいながら相棒にこう漏らした。
「あたしは里ではね」
「敵なしのくノ一だったね」
「そうだよ、それこそ苦無を使わせたら」
 それこそというのだ。
「百発百中、男だって獣だって倒す」
「無敵のくノ一だったね」
「それがね、いざ里を出たら」
 忍として活躍するその時になったがというのだ。
「忍の仕事がなくてね」
「かんざしばかり売ってるね」
「そうだよ、これはどういうことだい」
「戦国の世が終わったからね」
 相棒は紫蓮に苦笑いで応えた。
「だからね」
「それでだよね」
「そうだよ、戦国が終わってもう随分経って」
「あたし達があれこれ動くことなんてね」
「なくなったよ、時たま飛脚とか虚無僧に化けてでかいお大名の状況観に行ったりもするみたいだけれどね」
「その飛脚もないねえ」
 ぼやいて言う紫蓮だった。
「あたし達には」
「女で飛脚はね」
「旅芸人に化けてもね」
「そっちもないね」
「天下は今どれだけ泰平なんだよ」
「もう波風一つない位だよ」
 そこまで泰平だとだ、相棒は紫蓮に返した。
「それこそ」
「いい時代だね」
「そうだね、いい時代なのはいい時代だよ」
「けれどね」
 そのいい時代だからとだ、紫蓮は眠そうな顔で左手で頬杖をつきつつ店の中で言うのだった。目の前の往来は実に賑やかだ。
「忍にとってはね」
「暇だね」
「今のあたし達の仕事は完全にじゃないかい」
「かんざし売りだね」
「職人さんから買ってね、しかしね」
 ここでだ、紫蓮は店の品物であるかんざし達を見てこうも言った。
「どのかんざしも立派なもんだね」
「いい細工のばかりだね」
「大坂のかんざし職人は腕がいいねえ」
「特にあたし達が仕入れている職人さん達はね」
「ああ、秀さんなんてね」
 紫蓮はその職人の一人の名前を出した。
「次から次にね」
「いいかんざし作ってくれてね」
「それが売れるから」
「本当にいいね、さてお客さんが来たらね」
「売ろうね、かんざし」
「今日もね」
 今は完全にかんざし売りとしてだ、紫蓮は相棒に応えた。そうして実際にこの日もかんざしを売った。
 紫蓮も相棒も商い自体は愛想がよくその外見もあって人気で店の売り上げはよく暮らしも楽だった。それでだ。
 二人は今は店の休日なので大坂の街に出て美味いものを食べ歩いていた、
 その中でうどんを食いつつだ、紫蓮は相棒にこんなことを言った。
「あたしもあんたもかんざし売るだけじゃなくてね」
「自分でも作ってるけれどね」
「最近自分達のかんざしはね」
 これはというのだ。
「他の職人さん達のと比べてね」
「売れてないっていうんだね」
「秀さんのが一番でね」
 店のかんざしの売れ行きはというのだ。
「あたし達のはね」
「確かに今一つだね」
「そうだよね、それでね」
 うどんだけでなくつゆも楽しみつつ言う紫蓮だった。
「考えてるんだけれどね」
「どういった考えだい?」
「今あたし達は大人用のかんざしばかり作ってるじゃない」
 紫蓮達はというのだ。
「秀さん達もそうでね」
「じゃああれかい」
「そうだよ、子供用のもね」
 そちらのかんざしもというのだ。
「作って売らないかい?」
「そうだね」
 相棒もうどんを食べつつ応えた。
「ここはね」
「そうだろ、子供用を作って売ったらね」
「あたし達のかんざしも売れるね」
「そうなったらだよ」
 紫蓮はそこから先のことも話した。
「あたし達の暮らしもよくなるよ」
「今も悪くないけれどね」
「長屋暮らしもね」
「けれどだね」
「やっぱり店持ってるならね」
 それならばというのだ。
「店大きくしたいだろ」
「そうだね、それも大店にね」
「だったらだよ」
「子供用のかんざしをだね」
「作って売らないかい?」
 相棒にこう提案するのだった。
「そうしないかい?」
「そうだね、それじゃあね」
「あたしの考えに乗るだね」
「実際うちには子供用のかんざしないしね」
 相棒は紫蓮にこのことから答えた。
「しかもあたし達のかんざしは秀さん達のより売れてない」
「だったらだよ」
「大坂は商売人同士の競争も激しいからね」
「若しちょっとでも油断したらだよ」
 若しくは手を抜いたらだ。
「その時はね」
「店が潰れるね」
「店が潰れたらまた道で開いた店からだよ」
 今みたいに建物の店でなくというのだ。
「雨だの雪だのにいつも気をつけないといけないね」
「そうした店に逆戻りだからね」
「折角屋根のある店にまでいったんだし」
「それならだね」
「商いも知恵と工夫だよ」
 紫蓮は相棒に強い声で言った。
「ならいいね」
「ああ、子供用のかんざしをだね」
「これから作ってね」
「売るんだね」
「そうしようね、あとここのうどん美味いから」
 紫蓮はこちらの話もした。
「もう一杯どうだい?」
「いいね、しかし道頓堀も美味いうどん屋あるんだね」
 二人は今そちらの店にいるのだ、二人が店を開いている日本橋から歩いて行ける場所で実際に歩いて行ったのだ。
「こんな美味い店が」
「そうだね、だからね」
「うどんもう一杯だね」
「それでまたここに来ようね」
「そうしようね」
 こう話して実際に二人はそれぞれうどんをもう一杯注文して食べた、そうしてこの日は食べ歩きをさらに続けた。
 二人は子供用のかんざしを作ってそちらも店で売る様にした、すると店の前を通りがかった小さな女の子達がだ。
 店の前に書いてある子供用かんざしありますという言葉と実際に店に並べられている実物を見てだ、自分達の手を引いている親達に言いだした。
「おかん、あれ買って」
「あのかんざし買って」
「かんざしいいよね」
「だから買って」
 こう言いだしてだ、親達がそれならと親によっては仕方ないなという顔になってそのうえでだった。
 子供用のかんざしは最初からかなり売れた、それでだった。
 紫蓮はその売り上げにだ、また子供用のかんざしが売れた時に相棒ににんまりと笑ってそのうえで話した。
「いい具合だね」
「子供用のかんざし売れてるね」
「ああ、あたしの読み通りだよ」
「子供のかんざしも作って売ればね」
「それでいいんだよ、これからはね」
 紫蓮は商いの話を続けた。
「あたし達はね」
「子供用のかんざしを主に作ってだね」
「売っていこうね、そうすればね」
「お店の売り上げがだね」
「さらによくなるよ、それでね」
「目指すはだね」
「大店だよ」
 そう言われる店になるというのだ。
「そうなっていこうね」
「そうだね、しかしね」
「しかし?何だい?」
「あたし達忍の者なんだけれどね」
 相棒は少し苦笑いになって自分達の本来の仕事のことを話した。
「それも里で生まれ育った」
「泰平だからね」
 紫蓮は相棒にこのことから話した。
「だったらね」
「それならだね」
「忍の仕事がないから」
 それでと言うのだった。
「仕方ないよ」
「そうなるんだね」
「ああ、それでだけれど」
 紫蓮は相棒にさらに話した。
「売り上げがよくなってお金も入ったし」
「店はまだ大きく出来ないけれどね」
「その分は貯めてね」 
 店を大きくする資金は置いておいてというのだ。
「また食べ歩きに行こうかい」
「また道頓堀に行くのかい?」
「今度は船場に行かないかい?」
「あっちにかい」
「それで鯖食って牡蠣とか他の海の幸のもん食わないかい?」
「今度はそちらかい」
「鉄砲でもね」
 紫蓮はこうも言った。
「食うかい?」
「えっ、鉄砲かい?」 
 鉄砲と聞いてだった、相棒はすぐに眉を曇らせた。そしてそのうえで紫蓮に対してこう言った。
「あれはね」
「毒かい」
「あれがあるだろ」
 だからだというのだ。
「ちょっとね」
「いや、それがね」
「大丈夫なのかい?」
「いい店らしいんだよ」
「鉄砲がよくわかってるかい」
「そうした店らしくてね」
 それでというのだ。
「食ってもね」
「あたって死なないんだね」
「そうらしいんだよ」
「だといいがね」
「それでどうだい?」
 紫蓮は相棒にあらためて誘いをかけた。
「鉄砲食うかい?」
「あたしは止めておくよ」
 相棒は紫蓮にこう返した。
「やっぱり当たるとね」
「怖いからかい」
「ああ、だから止めておくよ」
「そうかい、じゃああたしもね」
「止めておくのかい」
「二人で一緒に食いに行くんだよ」
 それならというのだ。
「だったらね」
「あたしが食わないならだね」
「あたしも食わないよ、じゃあ別のを食おうかい」
「あそこは鯖よく食うね」
「じゃあ鯖食うかい?」
「いいね、じゃあ鯖食おうか」
「そうしようね」
 二人で話してだ、そしてだった。
 二人で船場まで行って鯖を食べた、その鯖は実に美味かった。


かんざし売りの女   完


                2018・7・27

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