玉座と血
 マツリカには九十九人の弟がいる、そのことについて彼はある日周りにこう語った。
「父上もお盛んだ」
「はい、百人ですからね」
「百人のお子がおられるのですから」
「どういう訳か王子だけですが」
「王女はおられないですが」
「政略結婚にはこと欠かない」
 こう言うのだった。
「実にいいことだ、そして王妃つまり母上との子はな」
「殿下だけですね」
「マツリカ様だけです」
「そうなっていますね」
「これも面白い、後宮の多くの女達との間に子を為しているが」
 その中でというのだ。
「母上の子は私だけだ」
「長子であり正妻であられる」
「だからこそです」
「殿下が太子に立てられ」
「今に至りますね」
「そうだ、しかしだ」
 ここでだ、マツリカはいつも周りにその整った眉を顰めさせて言うのだった。
「その筈だがな」
「王弟殿下ですね」
「大公様ですが」
「まだ王位に未練があり」
「次の王の座を狙っておられますね」
「そうだ、叔父上は父上と激しく王位を争った」
 自身の父である現国王と、というのだ。
「共に正妻、王妃の子でありな」
「お歳も陛下より一つ下なだけで」
「非常に近いので」
「しかも武の才覚がおありで」
「戦では常勝の方なので」
「父上に武の才はないという」
 実際に彼の父は戦に出たことは一度もなく乗馬も剣術も不得意だ。兵法の授業でも及第とはとても言えなかった。
「父上は政の方だ」
「そして文ですね」
「陛下の治世は素晴らしいものです」
「その為国がどれだけ豊かになったか」
「領土も増えていますし」
「そうだ、領土を政略結婚で拡大されていっている」
 外敵はその王弟が退けてきたのだ。
「弟達もやがてな」
「周辺の国々や国内の諸侯の家に婿入りされ」
「そうしてですね」
「我が国の領土を拡大されていっていますね」
「戦は必要だが結婚で領土を手に入れることが出来れば最善だ」
 それで話が進めばというのだ。
「それでな、そして叔父上に政の才はな」
「戦では常勝ですが」
「どの様な相手にも勝ってきておられますが」
「それでもですね」
「あの方にはそちらの才はない。だから王に選ばれなかったのだ」
 政が出来ない、国王としては政の方が戦よりも大事だったが彼にはそちらの才覚がないことを見られてというのだ。
「だからだが。それでもだな」
「はい、困ったことにです」
「王位への未練はまだおありです」
「ですから殿下にもです」
「激しい対抗心を燃やされているのです」
「何度も陥れ叔父上の家臣達を追放するか取り込んできたが」
 弟達を侮辱されて報復としてだ、行ってきたのだ。
「激しい戦もしたがな」
「はい、政争を仕掛けましたね」
「それで今は軍も殿下のものです」
「殿下が掌握されました」
「叔父上はまだ元帥そして軍務大臣のままだがな」
 マツリカに実験を奪われていったのだ、今のマツリカは父王を助け政治も戦争も行っているがどちらにも傑出した才覚を見せている。
「そうなったがまだだな」
「どうしましょうか」
「また動かれる様ですが」
「もう実験もないというのに」
「それでも」
「ここはだ、叔父上の希望を完全に奪うか」
 マツリカは酷薄な笑みを浮かべて呟く様にして言った。
「二度と何も出来ない様にしておくか」
「といいますと」
「一体どうされるのですか」
「ここは」
「うむ、見ておくのだ」
 こう言ってだ、そしてだった。
 マツリカは周りに自分の考えを話した、すると周りは最初は驚いたがすぐに彼の考えに大いに頷いた。
 ある日宮中において王族や廷臣達が集う中でだ、マツリカは玉座に座る国王と王妃の前に進み出た。王族の筆頭に彼の政敵である王弟彼の叔父もいる。
 その彼を横目で一瞬見てからだ、自身の両親に言うのだった。
「父上、母上、お話があります」
「何だ?」
「はい、私は今婚約者がおりません」
 以前自身が生まれた時に密かに定められていた許嫁が自身の親友と相思相愛だったのを知って二人の間を取り持って今はいないのだ。幸い婚約が発表される前のことだったので騒ぎは大きくならなかった。
「それでこの度です」
「未来の王妃をだな」
「決めたいのですが」
「そうだな、その話をしていこう」
「いえ」
 ここでだ、マツリカはにやりと笑ってだった。
 王そして王妃だけでなく居並ぶ王族と廷臣達に高らかに言った。
「もう決めています」
「既にか」
「はい、その相手は」
 ここでだ、何とだった。
 王弟のすぐ後ろに控えていた小柄で楚々とした外見の少女が前に進み出た。王弟のただ一人の子である。
 頬を赤らめさせているその娘を自分の傍に来る様に言って強く抱き寄せてからだ、彼は両親に言った。
「彼女です」
「何と・・・・・・!」
 このことには王と王妃だけでなく事情を知らない誰もが驚いた、だが彼に近い廷臣達や弟達は事情を知っていたので笑みを浮かべていた。
 だが知らない者は驚いていた、特に王弟がだ。
 驚愕していた、そしてだった。
 マツリカにだ、蒼白になって問うた。
「一体何時の間に」
「さて、しかしです」
「もうというのか」
「決まったのです」
「それが誰が決めたのだ」
「王太子である私が」
 マツリカは王弟に傲然として言い放った、その間娘はずっと彼に抱き寄せられたまま頬を赤くさせて寄り添っている。
「決めたのです」
「それで決まったというのか」
「そうです、何か言われたいのですか」
「私の娘であるぞ」
「その娘殿を私は妻に選んだのです。そして」
 父親である彼に対してこれ以上はないまでの残酷な言葉をあえて言うのだった。
「私の子を産んでもらいます」
「くっ、私は許さないぞ」
「叔父上がお許しになられずとも」
 それでもと言うのだった。
「王太子である私が言ったのです、そしてです」
「そして。何だというのだ」
「父上と母上はどう思われますか」
 両親、国家元首とその伴侶にも決断を仰いだ。既に決まっているその決断を。
「このことに」
「よいことだ」
 父王は彼に笑みで応えた、彼にしても自身の弟と王位を争ってきたし今も彼が息子と王位を争っているのを知っている、それで決断は決まっていたのだ。これで王弟を黙らせて王位継承争いが終わるならだ。
「その結婚を許そう」
「私も同じです」
 王妃も同じ考えでありこう言った。
「それではですね」
「はい、式の用意を進めましょう、ではだ」
 マツリカは王弟以外の王族や廷臣達にも言った。
「そなた達には式の用意をしてもらう」
「御意」
「それでは」
 彼に近い廷臣達も応えた、ただ王弟と彼の周りの者達だけが歯噛みしていた。
 マツリカと王弟の娘の婚約は国中に広まり式の用意も進められていった、彼はその中で会心の笑みで言った。
「これでだ」
「はい、もうですね」
「王弟殿下は動けないですね」
「政略結婚で取り込まれたので」
「それも娘殿が」
「実は私達はだ」
 マツリカはここで種明かしをした。
「従兄妹同士だったがな」
「それでもだったのですか」
「お二人は」
「既に」
「それで婚約者ともな」
 マツリカ自身にも事情があってというのだ。
「そうだった、そして今だ」
「婚約をされて」
「そうしてですね」
「将来の王妃様とされて」
「王弟殿下をですね」
「王になっても一代では意味がない」
 マツリカはこの現実を指摘した。
「そうだな」
「はい、子孫に王位を伝えねば」
「一代では意味がありません」
「王は血です」
「血でなるものですから」
「その血を取り込むのだ」
 即ち彼の娘をというのだ。
「ではどうしようもなくなるな」
「殿下がそうされれば」
「政敵であられる殿下が」
「これでもう叔父上は只の軍人だ」
 そうした存在に過ぎなくなったというのだ。
「精々義父上と呼ばせて頂こう」
「そうしてですね」
「絶え間ない屈辱を与える」
 マツリカは嗜虐的な笑みを浮かべて言った。
「そうしていこう」
「それがあの方への報いですね」
「これまでのことに対する」
「そうなのですね」
「そうする、しかし彼女はな」
 妻となる王弟の娘、彼にとっては従姉妹になる彼女のことはこう言うのだった。
「実にいい女性だ、尊敬出来るまでにな」
「だからですね」
「あの方は純粋に愛していかれる」
「そうされるのですね」
「そうする」
 こう言って実際にだった、彼は妻となった彼女は愛した。そうして二人の間に最初に生まれた愛息を王弟である叔父に見せたが。
 叔父は彼には怒りに満ちた真っ赤な顔を見せた、しかし彼と娘の間に生まれたその赤子に対しては笑顔を向けた。マツリカはそれを見て満足した笑みを彼の妻の横で浮かべた。


玉座と血   完


                     2018・7・28

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