人間になった理由
 ハナは大学生だ、だがその彼女が実はカタツムリが人になったことを知る者は人間では誰もいない。
 彼女自身が語らないことであるし外見や生活にそうだと思われることは一切出ないからだ、その為だ。
 彼は温和で平和主義、とてものんびりとした女性として知られていた。それでアルバイト先の農家でもだ。
 のどかだが真面目に働く彼女にだ、農家のおじさんはこう言った。
「ハナさんはいい娘だよな」
「ええ、そうよね」
 おじさんの奥さんもこう言うのだった。
「とてものどかでね」
「しかも優しくてよく気がついてな」
「本当にいい娘だよ」
「うちの嫁に欲しい位だね」
「うちは娘しかいないがな」
「その娘達もよく懐いてね」
「あんないい娘はいないよ」
 動きは確かに遅いが真面目にしっかりと一つ一つの仕事を確かにこなしていくハナはアルバイト先でも評判がよかった、しかも。
 農作物だけでなく植物全体の知識も豊富だ、それで農家にとっては余計に有り難い存在だった。そして虫にもだった。
 詳しくそのことも助かっていた、しかしハナは家に帰ると。
 水槽の中にいるナメクジやカタツムリ達に語り掛けていた、それは人間の言葉ではなかった。
「只今~~」
「ああ、おかえり」
「今日も平和だったかい?」
「何もなかったかい?」
「うん、なかったよ」
 そののどかな口調で答えるのだった。
「平和だったよ~~」
「それはよかったな」
「やっぱり平和が一番だな」
「わし等ナメクジやカタツムリはな」
「塩と争いがないのが一番だよ」
「うん、お塩派少しならいいけれど」
 ハナは塩についてはこう言った。
「どうしてもね」
「人間になってもな」
「塩が多い食べものは駄目だな」
「そうだな」
「うん、お塩はね」
 どうしてもと言うのだった。
「いいから」
「そうだよな」
「その塩と争いがない」
「あとマイマイカブリも鳥もいない」
「そんな世の中が最高だな」
「そうだよね、だから今日もね」
 水槽の中にいるナメクジやカタツムリ達にさらに話すのだった。
「平和だったよ」
「それは何よりだな」
「本当にな」
「じゃあ今日も休むか」
「そうするか」
「そうするよ。ただね」
 ここでこうもだ、ハナは言った、どうにもという顔になって。
「一つ気になることがあるの、最近」
「どうしたんだ?」
「学校かアルバイト先で何かあったのか?」
「平和だよ、どっちも」
 即ちそうした場所で気になることではないというのだ。
「のどかで皆優しいよ~~」
「じゃあ何なんだ?」
「何が気になるんだ?」
「一体どうしたんだよ」
「うん、私どうして人間になったのか」
 このことがというのだ。
「どうしてもわからないの」
「ああ、そのことか」
「どうして人間になったのか」
「そのことについてか」
「うん、どうしてかな」
 自分の仲間達にも尋ねた。
「一体」
「どうしてだろうな」
「それはな」
「わし等にもわからないんだよ」
「どうしてもな」
 彼等もわからないといった返事だった。
「それはな」
「どうしてなんだろうな」
「ハナはどうして人間になったんだろうな」
「わからないな」
「このことが気になってるの」
 また言うハナだった。
「今ね」
「それな」
「本当に不思議だよな」
「急に人間になってな」
「それで暮らしているなんて」
「不思議なことだよ」
「誰がどうして私を人間にしてくれたのか」
 ほわんとした感じだが考えている顔だった。
「わからないよね」
「全くだな」
「誰がどうしてハナを人間にしたのか」
「それがな」
「本当にわからないな」
「そうだよね」
 ハナも仲間達もこのことがどうしてもわからなかった、だが彼等は元々のどかでくよくよ悩むタイプでもないので。
 このことはあまり考えていなかった、しかし高天原においては。
 そのハナを見てだ、神々が話していた。
「うむ、今日もな」
「あの娘は幸せに過ごしているな」
「のどかに」
「そうしているな」
「いいことだ」
 こうしたことを話していた。
「まことにな」
「あのまま暮らしていけば」
「やがて力に目覚める」
「そうなるからな」
「だからだ」
「あの娘を人間にしたが」
「本来は性別がないがな」
 カタツムリだからだ、カタツムリは雌雄同体でありハナにしても女性の外見だが実は性別が存在していないのだ。しかし人間としての心は女性である。
「そこは置いておいてだ」
「やがて神になってもらおう」
「カタツムリの神に」
「だから人間にしたが」
「それは正解の様だな」
 ハナの穏やかな性格を見ての言葉だ。
「さて、人として暮らしていき」
「天寿を全うすればな」
「あの娘は神となる」
「その時に力に目覚めてな」
 神のそれが出るというのだ、人として天寿を全うしたその時にこそ。
「ではな」
「今は見守ろう」
「あの娘が人として生きていくのを」
「これからの人生をな」
 高天原の神々はこう話していた、そしてだった。
 ハナを見守っていた、だがハナはそのことに全く気付かず人として生きていた。そしてこの日は休日で朝から農家で仕事をしていたが。
 その中でだ、彼女は農家のおじさんとおばさんにお昼をご馳走になったが胡瓜や茄子の漬けものだけは食べず。
 他の料理を食べていた、それでこう言ったのだった。
「塩分が適度で美味しいです」
「いや、これ薄くないか?」
 おじさんはハナが美味しいというその料理を食べてこう言った。
「ちょっとな」
「お塩足りなかったかしら」
 おばさんもその料理を食べてこう言った。
「これは」
「そうだよな」
「私はこれでいいです」
 だがハナはこう言うのだった。
「お塩苦手なんて」
「ああ、ハナさん塩辛いの駄目か」
「だからお漬けもの食べないのね」
「はい、お塩苦手なんです」
 それでというのだ。
「ですから」
「そうした好みなんだな」
「そうみたいね」
「じゃあ塩辛とか塩ジャケも駄目か」
「そうよね」
 二人でハナに話した。
「だったらな」
「今度からハナさんには塩気の強いもの出さないわね」
「そうしたのが駄目な人がいるしな」
「それならね」
「すいません」
 こうおじさんとおばさんに応えたハナだった、このことはカタツムリであるが故だった。だがそのことに誰も不思議に思わずだ。ハナは人間として天寿を全うするまで誰にもカタツムリと気付かれずに過ごすことが出来た。穏やかで心優しい人として。そしてその性格はナメクジやカタツムリの神になってからも変わらなかった。


人間になった理由   完


                  2018・7・28

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