【立体的な長浜】のキャッチフレーズで、ドラゴンの仕掛けはツァーに、またたく間に申込みを殺到させた。
JR長浜駅から人数によって30人まではマイクロバス、70人までは近江鉄道バスツァーに分けた。
大盛況だった。
日帰りプランの一例を紹介しよう。
JR長浜駅発→木ノ本町大(お)音(おと)の式内社・伊香具神社→リフトで賤ヶ岳山頂往復→北近江リゾート(昼・休憩)→赤(しゃく)後(ご)寺十一面観音→西野水道(ずいどう)→ゴシック建築の高月公民館→ヴォーリズ建築の湖北町・朝日教会→JR長浜駅。
「季節により組合せを変えれば良い。紅葉のシーズンは石道寺を入れる。盛夏には高山キャンプ場内での体験学習を入れる。厳冬期には余呉個散策スノーシュートレッキングを入れる。
「奥琵琶湖パークウェイから富永荘を見る方法も面白い。つづらお荘で昼食・休憩、場合によっては宿泊が出来る」
梅本総務部長は、【富永荘】を売りにしたプランにこだわりを持ち続けようと意気込む。
「奥琵琶湖ドライブウェーまで来たら、菅浦集落に先に寄ってから一方通行です。気を付けるべきです」
私は、総務部長に提言した。
盛りあがったのは、山門水源の森と、深坂古・深坂地蔵など、さまざまな鼓動に溢れた観光資源が、エリア内にはたくさん存在することだ。しかも、四季の変化で楽しめる。その際に、【富永荘】を必ず入れる。
「再確認しよう」
ドラゴンの声が響いた。
「まず久保さん」
「富永荘は比叡山の聖供之地に指定された荘園。それだけ重要な米どころであった」
「松木さん」
「富永荘を中心とする旧伊香郡には、延喜式内社が、滋賀県の中で裳群を抜いて多い。神々しい場所。必ず、式内社の一社二社をツァーに組み込むべきです」
「宮本さん」
「オコナイの多いところ。オコナイは、比叡山の修正会、修二会に影響を受けた神事。パワースポット長浜!」
「次に杉田君」
「立体的に見る。平面でとらえない。高山キャンプ場から鳥越林道から見る大眺望もツァーには林道ゆえに組みにくいが必見である」
「そして、久保さん」
「長浜は他の地域に無い魅力のある土地。雪が多い時にスノーシュー体験をしたりするなどして逆手にとれるはず。今、杉田君の指摘にあったように、高低差を絶対に活かすべきです」
「さあ、ここで代表。ひとことをよろしく」
ドラゴンは満面の笑みだった。
「それぞれのポイントを平面的につないでいるのではなくて、立体的につなぐ。そうすると、いろいろな球体や立方体が出来る。まさにトポロジーだ。これこそが、これからの長浜を活かす大きな視点になる!」
「代表。【ながはま焼】と【チョコッとながはま】を忘れてはいませんか?」
私の言葉で、ドラゴンは腕組みをした。
「ながはま焼は人通りの多いところでないと収益が上がらない。幸いにして、JR長浜駅近辺は、長浜の玄関口尾。すぐ近くに長浜城と豊公園、少し歩くと黒壁やオルゴール堂、曳山博物館がある。大通寺もある。至るところに洒落た店があり、立ち寄るのに事欠かない」

打ち合わせが終わった後、私は事務所で残業をしていた。
ふと、気が付くと、前にドラゴンが居た。
緊張する。
なぜなのだろう。前はイヤだった。65歳になって何を考えているのだろうと思っていた。でも、ドラゴンには信念がある。私は、そう伝わる。それを、今、確かめたい。

定年退職とリストラで神様が与えてくれたチャンスは、勇気を持って有効に使ってみることだ。六十歳代であれば時間的な猶予はある。七十歳を過ぎれば気力も体力も無くなる。そうなる前に自分の手足でお金を稼げるという自身を身につけることだ。この自信があるだけで老後の人生が大分変わる。このタイミングで新しい人生を創り出す挑戦をすると、自分の生き方を年齢に関係なく、死ぬまで構築できる。

ドラゴンは、私に、このように伝えてくれた。
「私は、会社に就職するという就活が当たり前だと考えていました。社会が、そのように教え込んでいるのです。自分の生活を自分の力で支える仕事を作り出すことが本来だと思うのですが、私には経験が無くて出来ません。組織という、他人に頼る人生を選択するしかありません」
「ありがとう。僕は、既に、自分に頼る人生に切り替えています。普通、定年退職や再雇用の終了というと、それで人生が尽きてしまったかに思われがちですが、何も悔やむことはないのです。チャンス到来だから」
私にとって、初めてドラゴンのことが、偉大な人だと認識した瞬間だった。
組織を離れて、自分一人でお金を稼ぐ行為は冒険であると思う。私のように、就活が当たり前だと教えられてきた若い世代には、すごく違和感を覚える。でも、ドラゴンは、自分の生活を自分の力で支えている。支えようとしている。
そこが素晴らしいと思うようになった。
「久保さん。ともに頑張りましょう!」
ドラゴンに言われて、私は、一瞬、顔が熱くなってしまっているように感じた。しばらく間を置いて、私はドラゴンに答えた。
「あなたとなら、きっとうまくやっていけると思います。これからも、ぜひ、よろしく」
ドラゴンは笑顔満面でうなずいた。
私は、心が満たされていくような思いに高揚していた。
私の新たな人生は、これから始まる。

(了)

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