古本屋にて
 稲荷葛葉はかつては稲荷神社の神様で今は妖怪になっていて普段は古本屋でアルバイトをして暮らしている。
 その彼女を見てだ、黒い詰襟を着た背の高い高校生が声をかけた。
「お姉さんここの店員さんだよね」
「うむ」
 その通りだとだ、葛葉はカウンターに座ったままで高校生に答えた。
「左様じゃ」
「何か古風な喋り方だね」
「まあそれはな」
 妖怪で数百年生きているからだがそこは言わなかった、それでいつもの言い繕いを以て彼に答えた。
「個性と思ってじゃ」
「それでなんだ」
「そうじゃ、納得してくれ」
「それじゃあね」
「そういうことでな、それで」
「うん、実は本を探してるんだけれど」
「どんな本じゃ」
 葛葉は高校生を見つつ彼に応えた。
「それで」
「漫画なんだけれど」
「漫画か」
「そうなんだ」
 ここで高校生はその漫画のタイトルを言った、すると葛葉はすぐに彼に言った。
「今店には並んでおらん」
「えっ、そうなんだ」
「全巻な。しかしじゃ」
「しかしっていうと」
「店の中にはある」
 本屋の本は店に出しているだけとは限らない、店の中にもありそれは古本屋にしても同じなのだ。在庫だったりまだ出していなかったりしてだ。
「だからな」
「それじゃあ」
「うむ、今から出してくる故待っておるのじゃ」
 こう言ってだ、葛葉は一旦店の中に入って。
 すぐに高校生が所望している漫画の単行本を全巻出してきた、そうして彼に言った。
「これじゃあ」
「うん、これだよ」
「そうか、ではな」
 葛葉は値段も言った、高校生は数枚の千円札でその本を買った。勿論おつりも渡してそれでこの話は終わった。
 次の日は初老の男が夜に店に来て葛葉に聞いてきた。
「谷崎潤一郎全集ありますか」
「そこにあるぞ」 
 葛葉はカウンターに座ったまま作家の全集が置いてあるコーナーの一番上を指差して答えた。
「全巻な」
「そうですか」
「高い場所にある故待っておれ」
 葛葉はこう言って台を持って来てだった。
 そのうえで台を置いてその上に立って全集を全部出してだった。
 そしてだ、カウンターに谷崎樹日郎全集を置いて客に言った。
「こちらじゃ」
「有り難うございます、置いてくれて」
「これ位当然のことじゃ」
 葛葉は客に答えた。
「気にするでない」
「左様ですか。しかし」
「しかし。何じゃ」
「思ったより広くて」
 客はここで店の中を見回した、多くの本棚が店の中にありそこに数え切れないだけの本が置かれている。
「色々な本がありますね」
「うむ、書を集めるのは得意じゃ」
「だからですか」
「わらわが集められぬ書はない」
「それで、なんですね」
「ここにない本はない」
 それこそという言葉だった。
「最近話題のアマ何とかにも負けておらんぞ」
「どんな本でもですね」
「出せる、だからまた何か欲しい時があればな」
 その時はとだ、葛葉は初老の客に微笑んで述べた。
「言うがいい」
「それでは」
 初老の客は微笑んで答えた、そうして谷崎潤一郎全集を買ってから笑顔で店を後にした。この客が最後でこの日は店を閉めたが。
 店を閉めてすぐにだった、葛葉は店の中で店主と共に夕食を食べた。店主は若いが地味な外見の頼りなさそうな男だ。
 その彼がだ、葛葉と一緒に食べながら彼に言ってきた。
「葛葉さんいつもね」
「いつも?何じゃ」
「うん、どんな本でも出してくれるね」
「その時店にない本でもじゃな」
「すぐに出してくれるけれど」
「わらわの力を使えばな」
 それでというのだ。
「その本がある場所がわかってじゃ」
「即座に安く仕入れて」
「それで買うことがじゃ」 
 それがというのだ。
「出来るからのう」
「だからなんだ」
「このことはじゃ」
 まさにというのだ。
「わらわにとって何でもないこと」
「そうなんだね」
「わらわに即座に集められる本はない」
「神様の力を使えば」
「今は妖怪じゃ」
 そこは笑って言う葛生はだった、今の自分のことは。
「間違えるでないぞ」
「妖怪でもいいんだ」
「妖怪も悪いことではないぞ」
 よく神と比べると格落ちと言われるがというのだ。
「それでじゃ」
「そのことはいいんだ」
「うむ、それであらためて言うがのう」
「葛葉さんの力を使えばだね」
「即座に集まられぬ書はない」
「どんな本でもすぐにだね」
「そうじゃ、だからこの店もじゃ」
 一見すると中は広いが古臭い感じの昭和の頃にはよく商店街の中にあった感じの古本屋でもというのだ。
「アマ何とかみたいにじゃ」
「ネットのお店だね」
「うむ、ネットのことは苦手じゃが」
 ネットだけでなく機械全般が苦手である。
「しかしじゃ」
「そっちみたいにだね」
「書ならばじゃ」
 それこそというのだ。
「何でも集めてみせるからのう」
「だからだね」
「店のことは任せよ」
「ううん、しがない古本屋だけれど」
 それでもとだ、店主はまた言った。
「葛葉さんのお陰でだよ」
「やっていけてるとか」
「思えるよ、じゃあね」
「これからもじゃな」
「お店頑張っていくよ」
「そこでわららに任せるとは言わんな」
「いや、お店は一人でやるものじゃないから」
 だからだとだ、店主は葛葉に答えた。
「だからね」
「そう言うか」
「そうだよ、じゃあこれからもね」
「一緒にじゃな」
「お店やっていこうね、あと今日のデザートは」
「何じゃ?」
「御手洗団子だよ」
 それだとだ、店主は葛葉に笑顔で答えた。
「それだよ」
「わらわの大好物か」
「それを用意してあるから」
「そうか、ではな」
「晩御飯の後はね」
「茶を煎れてのう」
「それから食べようね」
「ではな」
 葛葉は店主に満面の笑みで頷いて答えた、そうしてだった。
 二人で楽しく食べた、そのうえで食後の団子も楽しんだ。葛葉は団子を食べつつ明日の店の仕事も頑張ろうと思った。


古本屋にて   完


                 2018・10・22

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