2 龍神拝所

 都久夫須麻神社の本殿の向かいには龍神拝所という龍神様をお祀りする社があり、ここから琵琶湖に向かって宮崎鳥居が建立されているのでした。この鳥居は琵琶湖に突き出た断崖の上にポツンと立っており、鳥居の足元にはたくさんのかわらけが白い石を敷きつめたように積もっています。何年も何百年も投げられたかわらけが鳥居の足元に降り積もり、参拝者はこの光景から龍神様の神秘なる力に思いを寄せるのでした。
 龍神拝所の壁にかけられた看板には次のように書かれていました。
「1枚にお名前、1枚にお願い事を書いてお名前の方より鳥居の方にお投げください。1人分300円」


龍神様は弁天様の小言を聞き流しながら、
「今日で2日目か。早く解決したいな。弁天様に小言ばかり言われるし。ホントもう嫌になっちゃう。」
とぼやくと、お供え物を食べ、
「でも、犬の格好するのも悪くないよな。意外と可愛いがってくれるし。最初に平方天満宮の道真公に相談してよかったよ。琵琶湖のそばでここから近いし。」
と一人ブツブツつぶやいていました。今日のように春の陽気が漂うおとといのことを龍神様は思い出していました。ただ、犬の姿をして平方へ行くとは思ってもいなかったようです。



~おとといの事~
 パワースポットとして全国に知れ渡った竹生島だが、休日はともかく平日は参拝客もそれほどではなく、かわらけ投げをする人もそう多くはなかった。
「おい秀太。この階段上がれるか。けっこうきついぞ。」
子供がいるにしては若く見える男が息子とおぼしき子供に話しかけていた。
「石段をまっすぐお登りください。」と書かれた看板から上に続く階段を見上げ、自分に言い聞かせるようにその男は続けて言った。
「何段あるんやろう。宝厳寺はけっこう上の方かなあ。」
竹生島へ向かう船の上からはそれほど大きな島には見えなかったが、上陸してみると意外に大きく宝厳寺までは結構大変そうだ。
「僕は全然大丈夫。パパこそ上がれるの?」
秀太は無邪気に父親に返事をすると母親の手を握りながら、
「ママ。階段上がったらお弁当食べようよ。」
と嬉しそうに話しかけていた。母親もまた秀太の笑顔に小さく微笑み返した。やはりその男が家族を連れて竹生島に来ていたのだ。さわやかな風とやわらかい日差しが家族を迎えているようであった。
宝厳寺へ続く階段を上り始めた父親を見て、秀太は母親の手を放し父親の方へ駆け出した。そのまま負けじと階段を上り父親を追い越した。
「秀太。ゆっくり上がりなさい。こけるわよ。」
階段を上がる秀太に向かって母親は心配そうに話しかけた。母親には階段を途中まで上がった息子の後ろ姿が少し遠く小さく見えていた。父親と違い母親は落ち着いた雰囲気を漂わせている。
「ママ。早くおいで。パパがハアハア言ってるよ。」
日差しがドラマのように家族を写し出していた。
「秀太。ちょっとそこで待ってて。」
母親は階段を上っていくが、子供は面白がってさらに上ってしまい、また遠く見えた。母親の口元に笑みは無かった。階段の途中で待っていた父親は母親に話しかけた。
「清美。秀太はきっと分かってくれると思うよ。」
二人だけの時間が流れた。
「秀文さん。秀太にはいつ話すの。もう話さないといけないんじゃないの。春休みも終わっちゃう。」
清美は心配そうに話しかけた。穏やかではあるがしっかり者の清美は秀太のことを心配していた。
月定院を横目にさらに進むと宝厳寺本堂へ通じる高い階段がさらに続いていた。澄み切った空気と階段から見た青く広がる琵琶湖は参拝者の足を止めさせた。きつい階段では息も上がるが、参拝者はみな高揚感を感じているようだ。
「おーい。上まで着いたよ。」
秀太は本堂へ続く階段を上りきると、他の参拝者を気にすることもなく、階段の途中の二人へ大きな声で話しかけた。秀文と清美はそろって秀太に笑みを浮かべた。
 
 まわりの参拝者にはこの家族がほほえましく見えたであろう。この島の神々もこの家族を見守っているようだった。
 秀太は階段を上りきった秀文と清美の間に入り二人と手をつないだ。秀太の目線からは両親の先に見える空が抜けるように青かった。
「じゃあ、弁天様にお参りしましょう。」
秀文は二人に話しかけた。
「オッケー。」
秀太はそう答えると、宝厳寺本堂へ急ぐように二人の手を引いた。三人は朱に塗られた本堂が自分たちに迫り来るようで圧倒されていた。お参りを済ませた三人は境内の隅にあるベンチに腰を掛け、階段で疲れた足を休めていた。参拝客はまばらでも途切れることはなかった。

大入冷蔵庫
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