第一話:選ばれし七名。

 それは突然の出来事だった。家賃の安いボロボロのアパートに請求書などではない一通の手紙が届いたのは。それが、後の白花紗紀の人生を大きく変えた。

「政府からって、私何をやらかしたの?」

 両親が離婚し、紗紀を育てると誓った父親は再婚と共に紗紀を祖母の家に預けていった。それから高校を卒業して就職後、祖母は他界。お葬式で会った父親は紗紀が就職が決まった事をとても褒めた。

「そらならもう、一人でも大丈夫だな」

 最後に言ったその一言に天涯孤独になった事を知る。両親は居て、生きているにも関わらず、助けを求められる人はもう居ない。無償の愛をくれる者は存在しない。
しばらく紗紀は孤独で不安で悲しくて寂しくて涙が止まらなかった。
 そうして新しく始まった日常になんとか馴染もうと頑張っていたある日の事だった。その手紙が届いたのは。
 手紙に指定されてある日時に、指定の場所へと向かった。悪い事は何もしていないと思ってはいるものの、やはり怖い。しっかりと話を聞いてできうる事をしなければと改めて自分自身に喝を入れる。
 社会人と言っても高卒だ。右も左も分からない。何が正しくてどれが詐欺なのかすら教えてくれる者は居ない。例えばこれが詐欺だったとしても。

「ここ、だよね?」

 高い高級そうなビルを見上げる。しかも指定場所はなんと最上階。エレベーターで上がりながら見下ろす街々は密集していて迫力がある。これが夜になれば夜景へと早変わりするのかとぼんやりと思う。
 到着時間は予定の十五分前。
 時計を確認して早くも遅くも無い時間に安堵しつつ紗紀はエレベーターを降りて分厚そうな扉をノックした。

「どうぞ」

 高めの女性らしき声と共に扉が開いた。声の持ち主であろう女性が深々と頭を下げる。紗紀も慌てて頭を下げた。紗紀の腰まである長い黒髪がさらさらと揺れた。

「失礼します」

 部屋に入れば既に人が数名居た。
(これはなんの集まりなのだろう?)
 手紙には詳しい事は書かれていなかった。日時と場所。後は遅れないようにとの事。それだけだ。でも政府と言われれば流すわけにもいかず、恐る恐るこうして訪れたわけだけれど。見た限り知り合いは一人も居ない。
 ふと目が合った男の人が小さな会釈をしてにこりと笑った。紗紀も慌ててお辞儀を返す。
(この人は呼ばれた人じゃ無いのかな?)
 七名程はスーツ姿で私を合わせて五名は私服と制服姿だった。
(まさか高校生も居るの?)
 本当にどうして呼び出されたのか分からない。

「ようこそ。もうしばらく待ってくれ」

 恰幅の良いおじさんが高そうな椅子に腰かけたままニカリと笑ってそう言う。きっと手紙を送って来た政府の人だろうと思った。紗紀は返事をして会釈を返す。未分不相応な場所に妙に緊張してしまう。逃げ出してしまいたい。そう思っていると再びノック音が鳴って重い扉が開いた。

「し、失礼します!」
「失礼します」

 紗紀と同じく緊張している男の子の上ずった声と、凛とした女性のしっかりとした声が室内に響く。

「これで全員揃ったようだな。突然呼び出して済まない。我々で吟味に吟味を重ねてキミたちを選ばせてもらった。自体は最高によろしく無い」

 そう言って俯く呼び出したであろう男性。
(一体何が最高によろしく無いのだろう?そしてここに居る私達は吟味されて選ばれた……?何の為に?)
 男の言葉に紗紀は思案しつつも続きを待つ。

「順を追って説明しよう。実はこの国のとある神社の七つにはある妖怪を封印するべくお札が貼ってある。この七つのお札が破壊されるとその妖怪がこの地で大暴れする危険性がある。神社には結界を張り巡らせてあるのだがここ最近頻繁にその結界を越えようとする妖達が多く存在するようだ。何がきっかけなのかは未だ分からない。だがしかし、なんとしてでも結界を死守する必要がある」

 突然の話に頭が付いていかない。
(妖怪?結界?ファンタジー小説や漫画でよく読むあれだろうか?)
 それにしても現実味がなさ過ぎる。

「そこでキミ達に集まって頂いた。以前から準備は進んでいてついに万全の用意が整ったのだ。この七つの神社に似せたフェイクの神社。この装置の上にその神社にまつわる狛犬と共に立つ事でフェイクの神社へと転送される」
「それって……異世界へ飛ぶって事ですか?」

 先程入って来たばかりの凛とした女性が片手を上げて発言をする。
(異世界?転送?フェイク?)
 紗紀の頭は混乱していた。以前からそんな準備をしていたって事はいずれこんな時代が来ると把握していたって事かな?

「まさにその通り。日本の技術は日々進化している。新たな次元、異空間をも生み出し、そこへの転送、暮らしが可能となりつつある。そこでキミ達には狛犬と共に神社へ現れるだろう妖と戦ってもらう」

「えっ!?」
(戦う!?)
 急に不穏な空気へとなり、周りもざわつく。今まで平穏かつ平凡に暮らしていたのにも関わらず戦場へ赴けと言うのだろうか?
(それなら適材適所で鍛えてる人が赴くべきでは……?)

「戦うとなると不安も大きいだろう。だが、何も武装も無しに戦えとは言ってはいない。キミ達には妖である狛犬の力を借りる事が出来る」

 次第に内容が胡散臭くなってきた。
(妖の力?それを人間が借りてどうするの?)
 それならその狛犬が戦った方が数倍早いに決まってる。

「それならば狛犬に戦ってもらっては?わざわざ力の無い人間が出向く必要性があるのでしょうか?」

 先程と同じ女性の質問に周りもうんうん頷いている。

「妖が一匹とは限らないだろう?たくさん来れば人数も必要になる。キミ達には式神を使い手助けをして欲しいと考えている。そして、この初の転移を試して貰いたい」

(一番はむしろ最後の一言が本音なんじゃ……?)
 納得のいかない雰囲気が立ち込める。危険が無いとは言い切れない。戦いとなればもしかして、は必ず起こり得る。
 そう分かっていて、誰が一言返事で了承出来るだろう。
(私だって、怖い)
 こんなよく分からない事に命をかけるなんて、出来るならしたくない。紗紀は言い知れぬ恐怖に俯き。拳を固く握り締めた。まだ十八歳という若さなのだから仕方もない。

「キミ達の不安は痛い程理解出来る。だからこそ報酬は手厚くしよう。この任務が無事に終われば、キミ達には老後の生活まで裕福に過ごす権利を与える。働きたく無い者は働かなくてもいい。入りたい会社や学校に行かせる事も可能だ。やってみたい事、習い事何でもさせよう。この任務に勤しみながら未来について深く考えてみてはいかがかな?」

 その言葉に不穏にざわついていたはずが明るい雰囲気へと包まれる。結局はお金なのかもしれない。正直な話、これから一人で何の保証も無く生き抜くのに自信が無かった。紗紀には守るべき者も、残されて泣く者も居ない。
 そう、何も無いのだ。
 ならば、この賭けに乗るのも悪い話では無い。せっかく選んでもらったんだ。必要とされてるならば私でいいなら、やってみたい。
 大きなチャンスのように感じた。

「引き受けてくれる者はここにサインを。会社や学校、その他の者達にはこちらから連絡しよう」

 悩んでいたはずなのに、結局全員がその契約書にサインをしていた。

「ありがとう。本当にありがとう。キミ達の事を私は誇りに思う。そしてどうかこの国を、キミ達の力で救って欲しい」

 わざとらしくハンカチで涙を拭いながらそう言うと男は立ち上がった。そうして壁際にスーツ姿で立っていた七名を手の平で指し示す。

「さて、紹介をしよう。こちらが神社を守っている狛犬の皆様だ」

 紗紀は思わず唖然としてしまった。
(イメージと違う!)
 狛犬と言えば鳥居の所にお互いを見つめ合って座っている動物の形を模した石像だとばかり思っていた。
(石を持ち歩くまでとはいかないけれどせめて動物の姿でしょうに!!人の姿って……!!!)
 脳内でツッコミが追いつかない。

「擬人化なるモノが流行っているだろう?それだ!」

(マジですか!?)

「と、言うのは冗談で。人の姿に化けて貰っている。突然だと驚くかと思ってな」

(むしろ人の姿で紹介されたことの方が驚きです)
 視線を狛犬だと紹介された七人に向ければ、先程入って来た時に目が合った彼と再び目が合う。彼はまたにこりと笑ってみせた。
 そうか、この中の誰かと一緒に神社へ向かうのか。
(パートナー?)

「では姿を現してくれ」
「はっ!」

 目の前に煙が立ち込めると姿を現した彼らは人の姿に耳や尻尾が付いいていて和装をしていた。
(やっぱり人型!!そして肝心の犬が居ない)
 先程からこちらを見つめたままの彼は真っ白い耳に尻尾九つも生えて居た。
(……たぶん、狐?白狐?)
 素直にとても綺麗だと思った。
(あの耳や尻尾は本当についてるのかな?)
 とても気になる。

「さて、誰が誰とタッグを組むか決めたいと思う」

 パンパンと手を大げさに叩き、政府の人は注目を集めるとそう告げた。
(上手くやっていける人……妖だったらいいな)
 そう心で願う紗紀。

「では始めよう。あみだくじを!」

 そうして鼻歌を歌いながら真っ白なホワイトボードにあみだくじ用の七本の線を書き、あいだ間に横線を適当に書き込んで行く。そんな事の為にこのホワイトボードがあるわけじゃ無いと思う。そうして始まったあみだくじ。下の方には妖の事が雑に書かれてあった。
 左から猫、鳩、猪、虎、蛇、鹿、狐と書いてある。やっぱり犬が居ない。狛犬にしてはとても珍しい動物のチョイスだと思う。
 全員が線の上に名前を書き終えると、再び変な鼻歌を歌いながら政府の人があみだを辿っていく。
 そうしてついに、紗紀のパートナーが決まった。そしてその相手に驚いて思わず振り向く。
(この人……この狐はもしかして分かっていたの?分かっていて何度も目を合わせては笑っていたのかな?)
 再び視線が会うと、彼は歩みより目の前で跪いて見せた。そっと顔を上げて紗紀の左手を優しく掬う。

「ミタマと言うんだ。よろしくね、ご主人様」

 その美しい所作に思わず見入っていたけれど、ハッと我に帰る。

「ご主人様では無い、です。私はただの人間だから」

 そう。ただの、平凡な、ごくありふれた人間だ。何の力も何も無い。唯一今回は運が良かった。それだけ。何をどう吟味されて選ばれたのかは分からないけれど。

「いいや。今日から俺は貴方に使えるので合っているよ」
「ひえっ!?」

 そう言って私の左手の甲に唇を落とす。そのむず痒さに変な声が出た。顔が熱い。

「な、なな……!?」
「はっはっは!どうやら気に入られたようだね」

 政府の人がお腹に手を当てて笑い声を上げる。
(見られていた!!いや、こんな大衆の面前でなんてことを……!)
 周りを見渡せば注目を浴びていて尚更顔が赤くなる。

「さて、キミらにはこれからそれぞれの神社へ転移してもらう。向こうに無事に着いたらこれで連絡を取り合おう。使い方はチュートリアルに記載してある。画期的だろう?」

 そう言って配られたのはタブレットだった。
(こんな高価な物をいいのかな?)
 手で持つだけでも妙に緊張してしまう。こんなに高い物、手にした事すら無い。紗紀は恐る恐るそれを受け取り落とさないように抱きしめた。

「因みに電波が違うからケータイは使えない。連絡手段はそれだけだ。大事にしてくれ」

 そんなプレッシャーを与えないで欲しい。

「ではキミから行って貰おうかな。白花さん」

 そう名前を呼ばれてハッとする。
(ああ、そうか、さっき苗字を書いたし、サインだってしたもんね。それにしても……一番最初だなんて。少し、いやかなり怖いこの転送は上手くいった上での転送?それともこれが既に初めての実験だったりして……)
 ドクドクと心音がうるさい。

「大丈夫だよ。俺も一緒だから」

 繋がれたままだったらしい手に少しだけ力を込められてぎゅっと握られた。その温かさに安心する。
(そうだ。一人では無い。だからきっと、大丈夫)
 すっと深呼吸をして、転送装置へ促されるように向かう。

「頑張ってね」

 そう声をかけてくれたのは良くハキハキと質問していたあの女性だった。声をかけて貰えた事が嬉しくて紗紀は笑顔で頷く。

「はい!行ってきます!」

 あなたもご無事で、そう口にしようとしたら、ミタマと名乗った狛犬が転送装置に足を踏み入れた途端吸い込まれる様な激しい圧がかかり意識が遠のいて行った。



カナタソウ。ゆゆいち
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カナタソウ。ゆゆいち

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