貧乏神の娘と打ち出の小槌

貧乏神の孫娘と打ち出の小槌

むかし、むかし、有る村に、二人の娘がやって来た、一人の娘は、西の方角から、もう一人の娘は、東の方角から

西からやって来た娘は、それは綺麗な贅沢な着物を着て、ふくよかで可愛いい顔をしていた。
東からやって来た娘は、それは粗末な着物を着て、痩せていた。

村人達は、この二人の娘を、村の長者さまの屋敷に、連れて行った。
長者さまの屋敷は、大きな、大きな屋敷で、使用人が何人もいて、蔵が幾つも並んで建っていた、

長者さまは、庭に立っている、娘を、頭の先から、つま先まで、ジロジロと見ながら、二人の娘を見比べていた、
西から来た、綺麗な贅沢な着物を着た、ポッチャリとした娘が、長者さまの耳元で、こう囁いた。
「長者さま、わたしたちは、福の神の娘と貧乏神の娘です。」
「何・・・福の神の娘じゃと~・・・?」
「福の神と貧乏神と言えば・・・爺さんに決まっている・・?」
「フフフフ・・・神様にだって、娘はいるのです。」
「なるほど‥確かに・・・」

二人の娘を、見た長者様は、西から来た、綺麗な贅沢な着物を着た娘が、神の娘だと思った。
その綺麗な贅沢な着物を着た、ポッチャリと可愛い、娘一人だけ、座敷に上げた。
それを見て、村人の中から、
「長者さま、こっちの娘も、座敷に上げてやってくれよ・・・」
と声を掛けた。

長者さまは、
「チッツ・・・誰だ・・?・・今声を掛けたのは・・・?」
と、睨みつける様に、村人達を、見降ろした。

村人達は、長者さまが、怖くて、皆下を向いている。
「おらだ・・・可哀想じゃね~か、・・一人だけ、置いて行ったら・・・」
「チッツ・・・与太郎か・・・・・」
「チッツ・・余計な口出ししている、暇が有ったら、親父の、借金を返してからにしろ・・」
「そんな、貧乏神の娘なんかには、用は無い、追い払ってしまえ・・」

長者さまは、福の神の娘には、丁寧言葉使いに成った。
「さ~あ、さぁ~・・・・こちらへ・・どうぞ・どうぞ・・」

村人達も貧乏神の娘なら、関わりたくは無いと、帰って行く。
ひとり東から来た、粗末な着物の娘が残された。
与太郎が娘の、傍に立ち。
「娘さん・・・おらの家に来るかい・・・」
「何も、無いけど、それでも良ければ・・・」
「ありがとう、ございます・・・」

貧乏神の娘と聞いても、気にする与太郎では無かった。
「良いから・・良いから・・・娘さんさえよかったら、な~・・」
「おらの家を見たら、きっとびっくりするぞ・・・なんにも無いからな・・」

次の朝、与太郎が目を覚ますと、大根の煮た匂いがした。
目を擦りながら、台所を見ると、娘が、朝餉の支度をしていた。
「出て行ったと思ったが・・・未だ居たのか・・・?」
「どうして、出て行くのでしょう・・?・私には、行く所が無いのに・・?」
「居ては、いけなかったのですか・・・・?」
娘は、寂しそうに、与太郎を見た。
「いやいや・・いけない事は無い、・・こんな、あばら家では、住み難かろうと・・?」
「では・・居ても良いのですね・・・!」
「良いとも、良いとも・・おらが家に来いと言ったのだからな~・・」
「ありがとう、ございます・・・」
「朝餉の支度が出来ています・・・」
「よし・・腹いっぱい、食って田んぼに、行くか・・・!!」

貧乏神の娘が、あんな貧乏な与太郎に取り付いたら、与太郎がどんな目に遭うか判らないと、村人達が心配していたが。
当の与太郎は、暢気なもので、毎日が、楽しかった、まるで嫁っこをもらった様に、ウキウキ気分でいた。

家に帰ると、夕餉の支度が出来ている。
「娘さん・・お前・・煮炊きが上手だな・・・?」
「なぜですか、・・?」
「この大根の、うめえ事・・こんなうめえ大根は食った事がねえ~・・・」
「それは、与太さんが一生懸命働いて、お腹がペコペコだからですよ・・・」
「そうか~ぁ・・?・・旨い・・旨い・・・」

何か月もの時が経ち、村人達が、与太郎の事を心配していた。
村の長老は、きっとあの貧乏神の娘に、取り付かれ、惨めな末路をたどるに違いない。
「村の衆、何かあの貧乏神の娘を、与太郎の家から、追い出す手立ては無いものかの~オ・・・?」
「・・・・」
「・・・・」
「こう言うのは、どうだろう~・・」
「祈祷して貰うんだ・・貧乏神の娘が、出て行く様に・・・」
「それは・・それは名案だ・・・しかし・・・誰に・・・?」
「祈祷と言えば・・・祈祷師だが・・・?」

「山寺の和尚さんでは、駄目かな~・・・」
「和尚さんに頼んでみよう・・・」
相談がまとまり、山寺へ行ってみた。

和尚さんは、承知したと、仏様の前で、大きな声で、経を唱えた。

「南無・・・$%&?*%$#・・・・」「#$%&*?%$#」

「これで、大丈夫じゃ・・・貧乏神はもう出て行ったで、有ろう・・・」
村人達は、急いで与太郎の家に戻った。
だが、貧乏神の娘は、家の中にいる。

「駄目だ・・・未だ、平気な顔をして、居座っておる・・・」
「・・あの生臭坊主では、最初から、駄目に決まっている・・」
「じゃ~・・どうする・・・?」
「氏神神社の神主さんなら、何とかしてくれるだろう・・・?」
「そうか・・貧乏神追い出すには、氏神様か・・・?」
「同じ、神様同士だ・・何とか成るんじゃないか・・・?」
早速、氏神神社の神主さんに、お払いをして貰った。

「払え給え・・清め給え・・・“#$%&?*%$#・・・」

「これで、出て行ったであろう」

「駄目だ・・未だ、ニコニコ笑って、家の中に居る・・・」
「同じ、神様同士でも、格の違いが有るのでは無いか・・・?」
「そうか・・・貧乏神の方が、一枚上か・・・?」
「それなら・・追い出すのは・・無理だな~・・・」
「じゃ~・・どうする・・?」
ああじゃ・・こうじゃ、と話し合い、結局、祈祷をして貰うには、家の前で祈祷をしなければ、効果は無かろうと、言う事に成った。

山奥で修行を積んだ、行者さまを呼び、与太郎の居ない内に、玄関先で、祈祷が始まった。

「お~・・お~・・・?&%$##$%&・・・・」

すると、戸が開き、貧乏神の娘が、外に出て来た。
「なにを・・されているのですか・・・?」
「いや~・・その~・・」
「・・・・・」
貧乏神の娘は、慌てて、与太郎の家から出て行った。

「おおおお~さすが・・何年も山にこもり、修行をした、行者様だ・・・」
「これで、与太郎も、安心だ・・・」
村人は、喜び勇んで、帰ろうとした時、貧乏神の娘が帰って来た。
「ありゃりゃ・・・?・・・」
村人の、ポカ~ンとした、顔を見ながら、
「先ほどから、騒がしいですよ・・・何をしているのでしょうね~・・・」
娘は、そう言いながら、家の中に入って行った。
娘は、夕餉の大根を取りに出かけただけだった。

それ以来、貧乏神の娘を追い出すことを諦め、村人達は、与太郎が、好んで家に置いているなら、それで良いのではと、言う事に決まった。
与太郎は、来る日も来る日も、一生懸命に働いた。
何しろ、貧乏神の娘と一緒に居るのだから、人一倍・・いや・・人の十倍も二十倍も働いた、だが、いつも楽しそうに、働いていた。

「そんなに、無理をしては、体に悪いですよ・・少しは、休まないと・・・」
娘に心配される程、働いたのだ。

一方、長者さまの屋敷では、毎日贅沢な酒を飲み、贅沢な物を食べ、贅沢な着物を次から次に、着替えては、仕事もしないで遊び惚けていた。

長者さまが息子に、
「息子よ、あの福の神の娘を嫁にもらったらどうだ・・・?」
「そうなれば、福の神と親戚だ・・・・ハッハッハ・・・」
「何でも、望み道理に成るでは無いか・・・・?」
「そうだな~ぁ・・・そうなれば、一生遊んで暮らせるぞ・・・!!」
「一生どころか、子も、孫も、ひ孫も・・遊んで暮らせる・・・・」

そんな話が聞こえたのか、娘は、にっこりと微笑んでいる。
「ところで、福の神の娘さん・・そろそろ打ち出の小槌で、お宝を出しておくれ。」
「そろそろ、持ち金が無く成ったで~・・・」
「解りました・・・」
そう言うと、娘は、どこかへ出かけて行った。
暫くすると、金銀が沢山入った、巾着袋を抱えて、帰って来た。
「これで、足りるでしょうか・・・?」
「おお~・・おお~・・・これで十分じゃ~・・・」
流石、福の神の娘だと、長者さまも、長者さまの息子も、顔を見合わせながら、満足気に答えた。
そんな事が、長者さまの屋敷では、繰り返し行われていた。

そうして、三年目の秋の事。

ある日、予想もしなかった、出来事が、起こった。
国替えが有り、新しい殿様が、米の出来具合を視察に来るとの、お触れが有った。
今までは、一度もそのような事は無かった、殿様の顔も、姿も、どんな殿様かも、みんな知らなかった。
今度の殿様は、自ら村々を見て回ると言う。

村人は、お殿様をどの様に迎えれば良いのか、解らないまま、その日が来た。
心配なのは、与太郎の事である。
貧乏神の娘に、取り付かれている、と言うよりも、惚れてしまった、与太郎の事だ。
与太郎が、貧乏神のせいで、殿様に対して、無礼を働けば、与太郎の命が無い。
村にもきつい、お咎めが有るだろう。
村人達は、与太郎を、みんなの後ろに追いやり、周りを囲み、殿様に近付けない様にした。
貧乏神の娘も、女たちが囲んで、道の脇に正座をして、殿様を待った。

東の方から、お供の侍数人に守られ、馬にも乗らず、歩いて来られた。
「皆の者・・大儀・・苦しゅうない、楽にせよ・・・」
順に米の出来具合を見ながら、殿様は、与太郎の田んぼの前で止まり、稲穂を掌に乗せた。
「うん~ううん~・・・」
驚いた顔で、こう尋ねた。
「この田の持主は、誰か・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
きっと殿様に叱られるに違いない、与太郎の命が、危ない、皆そう思い、息をのんだ。

「誰が作った、稲かと聞いておる・・・?」
「この田の持主は、誰か・・・?・・」
「・・・・・」
村人が、止めるのを振り切り、与太郎が、立ち上がった。
「おいらです・・!」
「その方、名は何と申す。」
「ハ・ハイ・・与太郎と申します。」

殿様が怒っているに違いない、ああ~与太郎の命が・・・そう皆が思った。

「与太郎か・・・この様な、稲穂をどのようにして、咲かせた・・・」
「咲かせた・・・??」
「どの様にして、育てたと聞いておる。」
「どの様に・・・?・・は・・はい・・」
「稲が大きく、成るのが楽しみで、稲の話を聞き、米が実るのが、楽しみで・・」
「ただ、楽しくて仕方が無かっただけで・・特別な事は・・何もありません・・?」
「そうか、それほど稲の育つのが、楽しいか・・・?」
「その方の申す事、その通りであろう・・?」
「その方の、思いがこの様な見事な、米を実らせたのであろう・・!!」
「余は、この様に大粒の長い穂を見た事が無い・・」
「見事なものじゃ・・・」
「この米で炊いた、飯を持て・・・」

この殿様の言葉に、村の長老は答えた。
「恐れながら・・米は、種籾を残すだけで、すべて年貢米として、お上に差し出しております。」
「・・・・・」
「その方ら、百姓は米を、食しておらんのか・・・?」
「おいら達は、芋か大根を・・しょく・・食しております・・・」
「与太郎とやら・・それは・・誠か・・・?」
「はい・・・誠でございます・・です・・」
「・・・・許せ・・余の我がままで、有った・・。」

その時、娘が、小さな握り飯を差し出した。
「有ったか・・・?」
「・・食してもかまわぬか・・・?」
「これは、田に落ちた米粒を拾い集め、与太さんに食べて貰おうと、炊いたものです。」
殿様は、この娘の言葉に、握り飯に伸ばした手を、引っ込めた。
「殿様に、食べて頂くならば、嬉しく思います。」

「与太殿・・余が食しても、苦しゅうないか・・・」
「ドドドノ・・・はい・食されても・・苦しゅう・・ござりません・・・」
一口で食べられる程の、小さな握り飯だった。

「美味じゃ・・余はこれ程うまい、握り飯は、食した事が無い・・美味じゃ・・」
その言葉に村人は、胸を撫ぜ下ろした。

与太郎が殿様のこの言葉に、ゲラゲラと笑い。
「殿様・・おらの家の大根の煮たのと同じだ・・・」
「与太殿の大根と同じとは、どのような事か・・・?」
「殿様も歩いて、来たので腹がペコペコじゃ~ねえか・・?」
「おらも一日仕事して、腹ペコで食う・・いや食す、大根のうまい事・・」
「そうか・・与太殿と同じか・・・」
殿様と同じとは、無礼だと言おうとした、家臣を止めて、殿様は、上機嫌だ
た。

だが,長者さまの屋敷の方向を見て、一瞬で表情が険しくなった。
「あの屋敷は、誰の屋敷か・・・?」
「はい・・長者さまの屋敷でございます・・・」
「屋敷の前の、あの荒れた土地は、誰の物か・・・・?」
「はい・・長者さまの土地でございます・・・」
殿様は、二人の家臣に命じ、屋敷の中を見に行かせた。

暫くすると、長者さまと長者さまの息子が、連れられて出て来た。
殿様の前で、跪かせた。
「日が高いというのに、酒盛りをしておりましたので、連れて参りました」
「しかも、今日だけでは無く、毎日毎夜の酒盛り、だとの事でございます。」

長者さまは、酔っ払っていて、ろれつが、回らぬ、聞き取りにくい言葉で、
「自分の・カ・金で飲んで、な・何が悪いか・・」
「殿様の御前で・・無礼で有ろう・・・!・・」
家臣の一人に、怒鳴られて、正気に戻った様だった。

「長者とやら、酒を飲んでは成らぬとは、申さぬ、だが・・・」
「屋敷の前の、荒れた土地は、如何いたした・・?」
「領内の尊き土地を、荒れ放題に放置致すは、大罪で有る。」
「返答次第では、許し置く事は出来ぬ・・返答せよ・・・」

こう問われて、長者さまは、酔いが醒めた。
悪賢い、長者さまは、自分に殿様の怒りが、向かない様に。
「あ・あ・・あの土地は・・・こ・こ・・こ奴らの土地でござります・・」
「そなたの土地では、無いと申すか・」
「こ奴らは、怠け者で、働きもせず、あの大切な土地を、あの様な荒れ放題に、致したので、ございます。」

「怠け者で、働きもせず、酒盛りをしておるのは、その方では無いか・・」
「許し置く、訳には参らぬ・・」
「今後、この土地に一歩たりとも、入る事は許さぬ・・家財を持ち、出て行くが良い・・」
「出て行かぬなら、きつくお仕置きを申し付けるが・・良いか・・!!」

長者さま親子は、その場を逃げる様に、屋敷の中に駆け込んだ。
長者さまは、屋敷には、幾つもの蔵が有る、これ程の財産が有るなら、どこへ行っても暮らせると、思っていた。

屋敷に帰った、長者さま親子は、早速、家財をまとめて出て行こうと、息子に、蔵の中の、目ぼしい物を、まとめる様に、言いつけた。
「福の神の娘もつれて行け、一緒に荷造りをしろ・・・」
「一緒にこの屋敷を出て行くのだ・・・」
「こっちには、福の神の娘が付いているのだ・・・」
「貧乏藩の殿様が、なんぼのもんか・・・・」
ところが。
「親父・・・大変だ~・・・蔵に・・・蔵には・・・」
「蔵には・・・どうした・・・どうしなのだ・・・」
「く・く・・蔵の・・蔵の中が、空っぽだ・・・・」
「なに~・・空っぽ・・どういう事が・・・」
「それに・・・福の神の娘も・・居なくなった・・・・」
長者親子は、大慌て。
何もない蔵と、何もない屋敷に二人残され、途方に暮れた。

そんな長者さま親子の事を、知るはずも無く。
村人達に、殿様が。
「では、余が改めて、あの土地は、与太殿に授けよう・・・。」
「来年の秋を、楽しみにしておるぞ・・」
「殿様・・・おら一人に、あの大きな田畑は、どうする事も出来ねえ・・」
「みんなに、分けて良いかね・・・・?」
「うん・・・与太殿に授けた土地じゃ・・与太殿の好きにせよ・・・」

「与太殿の様な、立派な米が藩内で、採れるように成れば、年貢を出しても、皆の元に、残る米も出来よう。」
「当藩の財政も、豊かに成るであろう。」
「余も倹約を約束致そう・・・余の手助けを頼むぞ。」
「勿体ないお言葉・・必ず来年には、良い実りをご覧いただきます。」
「うん・・皆の者・・大儀・・」
殿様は、そう云い放ち、お城に帰って行った。

与太郎のお陰で、村人の土地も増えた。
「与太さんの様な大粒で長い穂が実れば・同じ広さの田でも、田が広く成ったのと同じ事。」
「来年の秋は、豊作ですよ・・・・!!」
娘が言った。

長老が、首を傾げて、
「貧乏神の娘が、与太郎に取り付いたのに、こうも良い事が起こるとは、もしかして、貧乏神の娘と思っていた、この娘は、福の神の娘では、無いのか、山寺の和尚・氏神神社の宮司・山奥の行者達に、貧乏神の娘を追い出そうと、祈祷して貰ったが、効き目が無いはずだ。」
「与太郎の家に居たのは、貧乏神の娘では無く、福の神の娘だから。」
長老は、そう呟くと、「なるほど・・なるほど」と大声で笑った。

与太郎が、娘の顔を、まじまじと見ている。
「与太さん・・わたしの顔に、何かついていますか・・・?」
「いや・・いや・・お前・・もしかして・・?」
「福の神の娘か・・・・?」
「そうですよ、だから最初から、わたしの名前は、お福だと、言ったのに。」
「与太さんは、きっと貧乏神の娘の名が、お福とは、妙だと笑っていたでしょう。」
「ああ~・・すまない・・だが、福の神なら、打ち出の小槌は、如何した・?」
「持っていますよ・・」
「何処に・・何処に有る・・・?」
与太郎は、キョロキョロと探すが、見当たらない。
「与太さんも、ちゃんと持っているでは有りませんか・・」
与太郎はそう言われて、両手広げて、表裏を眺め、辺りを見渡した。
「与太さんは、朝から晩まで、楽しそうに働いていたでは、有りませんか・?」
「そのお陰で、親父さまの借金も返せたし、毎年良い米も実ったし。」
「いつの間に、長者さまに借りた、金を返してくれたのか・・・・?」
「はい・・長者さまにちゃんと返しておきましたよ。」
「それに、四季の野菜も、沢山採れたし。」
「何より、与太さんの事を、みんなが気に掛けて、厄払い迄、してくれたのですよ。」
「それに今日は、お殿様にあんなに褒められたではないですか・・・」

「そうか・・一生懸命働く事が・・打ち出の小槌か・・・?」
「そうですよ・・一生懸命働けば、必ず幸せがやって来るものです。」
「お福・・何時までも、おらと一緒に居ておくれ、何処にも行かずに・・」
「はい・・与太さんが、打ち出の小槌を捨て無い限り、何時までも此処にいますよ。」
 
そんな、村の出来事を見ていたのは、村はずれの、一本杉だった。
この一本杉は、何百年の間、この村を見て来た、こんな幸せそうな、村人達を今まで見た事が無かった。長者親子を除いては。

暗闇の長者の屋敷から、出て来た、二つの影は、貧乏神の親娘で有った。
貧乏神の娘だけかと思っていたのに、貧乏神の親父まで取り付いていたのだから、どんなに長者さまが、金持ちでも、たまったものでは無い。

一本杉が、親娘に尋ねた。
「貧乏神よ、人は皆、福の神は綺麗な着物を着た、太った神様だと思っている。」
「貧乏神は、ぼろぼろの着物に痩せ細った、神様だと思っている。」
「それは、間違いだったのか・・?」

貧乏神は答えた。
「福の神が贅沢なんぞするものか、」
「贅沢な着物を着て、贅沢なものを食い散らす。」
「それが、貧乏神なのだ・・・」
「贅沢な着物を着て、福々しい方を、福の神だと思い込んだのだのは・・」
「人間の欲と言う、目が見間違えたのだ、わしが悪いのでは無い。」
「人間が綺麗な着物を着た、でっぷりと肥えた、わしら貧乏神を、福の神だと、見間違えたお陰で、わしらは、みんなに歓迎される・・」
「・・・世の中に、寝て暮す程、楽有ろか・・・起きて働く、たわけ者・・・・」
「皆、人間の欲がそうさせたのだ・・・」
    
一本杉は、さらに尋ねた。
「貧乏神が、家に入り込んだら、どうすれば良いのか・・?」
貧乏神は、笑いながら答えた。
「心配するな、住み着いた家に、何もなく成ったら、出て行くさ・・」
「それでは遅いでは無いか・・?・家に入れ無ない様にするには、如何すれば良いのか・・・・?」
「この村の、与太郎とか言う若者を見習うが良い、」
「わしらは、福の神の居る家には、入ることはできない・・・。」

一本杉は、思った。
「与太郎は、近い将来、殿様の片腕と成る、大名主に成る事だろう・・。」

貧乏神の親娘が、一本杉を見上げ、睨みつけて言った。
「一本杉よ、この村で見聞きした事は、誰にも話すな・・・」
「この話が、広まれば、わしら貧乏神の行く処が無くなるからな・・。」
貧乏神は、そう言い残し、福の神の娘がやって来た、東方角に消えて行った。
どこかの金持ち長者が、打ち出の小槌を捨てて、しまったのかも、知れない。

くわばら、くわばら・・・チャン・チャン  おしまい
貧乏神の孫娘と打ち出の小槌

むかし、むかし、有る村に、二人の娘がやって来た、一人の娘は、西の方角から、もう一人の娘は、東の方角から

西からやって来た娘は、それは綺麗な贅沢な着物を着て、ふくよかで可愛いい顔をしていた。
東からやって来た娘は、それは粗末な着物を着て、痩せていた。

村人達は、この二人の娘を、村の長者さまの屋敷に、連れて行った。
長者さまの屋敷は、大きな、大きな屋敷で、使用人が何人もいて、蔵が幾つも並んで建っていた、

長者さまは、庭に立っている、娘を、頭の先から、つま先まで、ジロジロと見ながら、二人の娘を見比べていた、
西から来た、綺麗な贅沢な着物を着た、ポッチャリとした娘が、長者さまの耳元で、こう囁いた。
「長者さま、わたしたちは、福の神の娘と貧乏神の娘です。」
「何・・・福の神の娘じゃと~・・・?」
「福の神と貧乏神と言えば・・・爺さんに決まっている・・?」
「フフフフ・・・神様にだって、娘はいるのです。」
「なるほど‥確かに・・・」

二人の娘を、見た長者様は、西から来た、綺麗な贅沢な着物を着た娘が、神の娘だと思った。
その綺麗な贅沢な着物を着た、ポッチャリと可愛い、娘一人だけ、座敷に上げた。
それを見て、村人の中から、
「長者さま、こっちの娘も、座敷に上げてやってくれよ・・・」
と声を掛けた。

長者さまは、
「チッツ・・・誰だ・・?・・今声を掛けたのは・・・?」
と、睨みつける様に、村人達を、見降ろした。

村人達は、長者さまが、怖くて、皆下を向いている。
「おらだ・・・可哀想じゃね~か、・・一人だけ、置いて行ったら・・・」
「チッツ・・・与太郎か・・・・・」
「チッツ・・余計な口出ししている、暇が有ったら、親父の、借金を返してからにしろ・・」
「そんな、貧乏神の娘なんかには、用は無い、追い払ってしまえ・・」

長者さまは、福の神の娘には、丁寧言葉使いに成った。
「さ~あ、さぁ~・・・・こちらへ・・どうぞ・どうぞ・・」

村人達も貧乏神の娘なら、関わりたくは無いと、帰って行く。
ひとり東から来た、粗末な着物の娘が残された。
与太郎が娘の、傍に立ち。
「娘さん・・・おらの家に来るかい・・・」
「何も、無いけど、それでも良ければ・・・」
「ありがとう、ございます・・・」

貧乏神の娘と聞いても、気にする与太郎では無かった。
「良いから・・良いから・・・娘さんさえよかったら、な~・・」
「おらの家を見たら、きっとびっくりするぞ・・・なんにも無いからな・・」

次の朝、与太郎が目を覚ますと、大根の煮た匂いがした。
目を擦りながら、台所を見ると、娘が、朝餉の支度をしていた。
「出て行ったと思ったが・・・未だ居たのか・・・?」
「どうして、出て行くのでしょう・・?・私には、行く所が無いのに・・?」
「居ては、いけなかったのですか・・・・?」
娘は、寂しそうに、与太郎を見た。
「いやいや・・いけない事は無い、・・こんな、あばら家では、住み難かろうと・・?」
「では・・居ても良いのですね・・・!」
「良いとも、良いとも・・おらが家に来いと言ったのだからな~・・」
「ありがとう、ございます・・・」
「朝餉の支度が出来ています・・・」
「よし・・腹いっぱい、食って田んぼに、行くか・・・!!」

貧乏神の娘が、あんな貧乏な与太郎に取り付いたら、与太郎がどんな目に遭うか判らないと、村人達が心配していたが。
当の与太郎は、暢気なもので、毎日が、楽しかった、まるで嫁っこをもらった様に、ウキウキ気分でいた。

家に帰ると、夕餉の支度が出来ている。
「娘さん・・お前・・煮炊きが上手だな・・・?」
「なぜですか、・・?」
「この大根の、うめえ事・・こんなうめえ大根は食った事がねえ~・・・」
「それは、与太さんが一生懸命働いて、お腹がペコペコだからですよ・・・」
「そうか~ぁ・・?・・旨い・・旨い・・・」

何か月もの時が経ち、村人達が、与太郎の事を心配していた。
村の長老は、きっとあの貧乏神の娘に、取り付かれ、惨めな末路をたどるに違いない。
「村の衆、何かあの貧乏神の娘を、与太郎の家から、追い出す手立ては無いものかの~オ・・・?」
「・・・・」
「・・・・」
「こう言うのは、どうだろう~・・」
「祈祷して貰うんだ・・貧乏神の娘が、出て行く様に・・・」
「それは・・それは名案だ・・・しかし・・・誰に・・・?」
「祈祷と言えば・・・祈祷師だが・・・?」

「山寺の和尚さんでは、駄目かな~・・・」
「和尚さんに頼んでみよう・・・」
相談がまとまり、山寺へ行ってみた。

和尚さんは、承知したと、仏様の前で、大きな声で、経を唱えた。

「南無・・・$%&?*%$#・・・・」「#$%&*?%$#」

「これで、大丈夫じゃ・・・貧乏神はもう出て行ったで、有ろう・・・」
村人達は、急いで与太郎の家に戻った。
だが、貧乏神の娘は、家の中にいる。

「駄目だ・・・未だ、平気な顔をして、居座っておる・・・」
「・・あの生臭坊主では、最初から、駄目に決まっている・・」
「じゃ~・・どうする・・・?」
「氏神神社の神主さんなら、何とかしてくれるだろう・・・?」
「そうか・・貧乏神追い出すには、氏神様か・・・?」
「同じ、神様同士だ・・何とか成るんじゃないか・・・?」
早速、氏神神社の神主さんに、お払いをして貰った。

「払え給え・・清め給え・・・“#$%&?*%$#・・・」

「これで、出て行ったであろう」

「駄目だ・・未だ、ニコニコ笑って、家の中に居る・・・」
「同じ、神様同士でも、格の違いが有るのでは無いか・・・?」
「そうか・・・貧乏神の方が、一枚上か・・・?」
「それなら・・追い出すのは・・無理だな~・・・」
「じゃ~・・どうする・・?」
ああじゃ・・こうじゃ、と話し合い、結局、祈祷をして貰うには、家の前で祈祷をしなければ、効果は無かろうと、言う事に成った。

山奥で修行を積んだ、行者さまを呼び、与太郎の居ない内に、玄関先で、祈祷が始まった。

「お~・・お~・・・?&%$##$%&・・・・」

すると、戸が開き、貧乏神の娘が、外に出て来た。
「なにを・・されているのですか・・・?」
「いや~・・その~・・」
「・・・・・」
貧乏神の娘は、慌てて、与太郎の家から出て行った。

「おおおお~さすが・・何年も山にこもり、修行をした、行者様だ・・・」
「これで、与太郎も、安心だ・・・」
村人は、喜び勇んで、帰ろうとした時、貧乏神の娘が帰って来た。
「ありゃりゃ・・・?・・・」
村人の、ポカ~ンとした、顔を見ながら、
「先ほどから、騒がしいですよ・・・何をしているのでしょうね~・・・」
娘は、そう言いながら、家の中に入って行った。
娘は、夕餉の大根を取りに出かけただけだった。

それ以来、貧乏神の娘を追い出すことを諦め、村人達は、与太郎が、好んで家に置いているなら、それで良いのではと、言う事に決まった。
与太郎は、来る日も来る日も、一生懸命に働いた。
何しろ、貧乏神の娘と一緒に居るのだから、人一倍・・いや・・人の十倍も二十倍も働いた、だが、いつも楽しそうに、働いていた。

「そんなに、無理をしては、体に悪いですよ・・少しは、休まないと・・・」
娘に心配される程、働いたのだ。

一方、長者さまの屋敷では、毎日贅沢な酒を飲み、贅沢な物を食べ、贅沢な着物を次から次に、着替えては、仕事もしないで遊び惚けていた。

長者さまが息子に、
「息子よ、あの福の神の娘を嫁にもらったらどうだ・・・?」
「そうなれば、福の神と親戚だ・・・・ハッハッハ・・・」
「何でも、望み道理に成るでは無いか・・・・?」
「そうだな~ぁ・・・そうなれば、一生遊んで暮らせるぞ・・・!!」
「一生どころか、子も、孫も、ひ孫も・・遊んで暮らせる・・・・」

そんな話が聞こえたのか、娘は、にっこりと微笑んでいる。
「ところで、福の神の娘さん・・そろそろ打ち出の小槌で、お宝を出しておくれ。」
「そろそろ、持ち金が無く成ったで~・・・」
「解りました・・・」
そう言うと、娘は、どこかへ出かけて行った。
暫くすると、金銀が沢山入った、巾着袋を抱えて、帰って来た。
「これで、足りるでしょうか・・・?」
「おお~・・おお~・・・これで十分じゃ~・・・」
流石、福の神の娘だと、長者さまも、長者さまの息子も、顔を見合わせながら、満足気に答えた。
そんな事が、長者さまの屋敷では、繰り返し行われていた。

そうして、三年目の秋の事。

ある日、予想もしなかった、出来事が、起こった。
国替えが有り、新しい殿様が、米の出来具合を視察に来るとの、お触れが有った。
今までは、一度もそのような事は無かった、殿様の顔も、姿も、どんな殿様かも、みんな知らなかった。
今度の殿様は、自ら村々を見て回ると言う。

村人は、お殿様をどの様に迎えれば良いのか、解らないまま、その日が来た。
心配なのは、与太郎の事である。
貧乏神の娘に、取り付かれている、と言うよりも、惚れてしまった、与太郎の事だ。
与太郎が、貧乏神のせいで、殿様に対して、無礼を働けば、与太郎の命が無い。
村にもきつい、お咎めが有るだろう。
村人達は、与太郎を、みんなの後ろに追いやり、周りを囲み、殿様に近付けない様にした。
貧乏神の娘も、女たちが囲んで、道の脇に正座をして、殿様を待った。

東の方から、お供の侍数人に守られ、馬にも乗らず、歩いて来られた。
「皆の者・・大儀・・苦しゅうない、楽にせよ・・・」
順に米の出来具合を見ながら、殿様は、与太郎の田んぼの前で止まり、稲穂を掌に乗せた。
「うん~ううん~・・・」
驚いた顔で、こう尋ねた。
「この田の持主は、誰か・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
きっと殿様に叱られるに違いない、与太郎の命が、危ない、皆そう思い、息をのんだ。

「誰が作った、稲かと聞いておる・・・?」
「この田の持主は、誰か・・・?・・」
「・・・・・」
村人が、止めるのを振り切り、与太郎が、立ち上がった。
「おいらです・・!」
「その方、名は何と申す。」
「ハ・ハイ・・与太郎と申します。」

殿様が怒っているに違いない、ああ~与太郎の命が・・・そう皆が思った。

「与太郎か・・・この様な、稲穂をどのようにして、咲かせた・・・」
「咲かせた・・・??」
「どの様にして、育てたと聞いておる。」
「どの様に・・・?・・は・・はい・・」
「稲が大きく、成るのが楽しみで、稲の話を聞き、米が実るのが、楽しみで・・」
「ただ、楽しくて仕方が無かっただけで・・特別な事は・・何もありません・・?」
「そうか、それほど稲の育つのが、楽しいか・・・?」
「その方の申す事、その通りであろう・・?」
「その方の、思いがこの様な見事な、米を実らせたのであろう・・!!」
「余は、この様に大粒の長い穂を見た事が無い・・」
「見事なものじゃ・・・」
「この米で炊いた、飯を持て・・・」

この殿様の言葉に、村の長老は答えた。
「恐れながら・・米は、種籾を残すだけで、すべて年貢米として、お上に差し出しております。」
「・・・・・」
「その方ら、百姓は米を、食しておらんのか・・・?」
「おいら達は、芋か大根を・・しょく・・食しております・・・」
「与太郎とやら・・それは・・誠か・・・?」
「はい・・・誠でございます・・です・・」
「・・・・許せ・・余の我がままで、有った・・。」

その時、娘が、小さな握り飯を差し出した。
「有ったか・・・?」
「・・食してもかまわぬか・・・?」
「これは、田に落ちた米粒を拾い集め、与太さんに食べて貰おうと、炊いたものです。」
殿様は、この娘の言葉に、握り飯に伸ばした手を、引っ込めた。
「殿様に、食べて頂くならば、嬉しく思います。」

「与太殿・・余が食しても、苦しゅうないか・・・」
「ドドドノ・・・はい・食されても・・苦しゅう・・ござりません・・・」
一口で食べられる程の、小さな握り飯だった。

「美味じゃ・・余はこれ程うまい、握り飯は、食した事が無い・・美味じゃ・・」
その言葉に村人は、胸を撫ぜ下ろした。

与太郎が殿様のこの言葉に、ゲラゲラと笑い。
「殿様・・おらの家の大根の煮たのと同じだ・・・」
「与太殿の大根と同じとは、どのような事か・・・?」
「殿様も歩いて、来たので腹がペコペコじゃ~ねえか・・?」
「おらも一日仕事して、腹ペコで食う・・いや食す、大根のうまい事・・」
「そうか・・与太殿と同じか・・・」
殿様と同じとは、無礼だと言おうとした、家臣を止めて、殿様は、上機嫌だ
た。

だが,長者さまの屋敷の方向を見て、一瞬で表情が険しくなった。
「あの屋敷は、誰の屋敷か・・・?」
「はい・・長者さまの屋敷でございます・・・」
「屋敷の前の、あの荒れた土地は、誰の物か・・・・?」
「はい・・長者さまの土地でございます・・・」
殿様は、二人の家臣に命じ、屋敷の中を見に行かせた。

暫くすると、長者さまと長者さまの息子が、連れられて出て来た。
殿様の前で、跪かせた。
「日が高いというのに、酒盛りをしておりましたので、連れて参りました」
「しかも、今日だけでは無く、毎日毎夜の酒盛り、だとの事でございます。」

長者さまは、酔っ払っていて、ろれつが、回らぬ、聞き取りにくい言葉で、
「自分の・カ・金で飲んで、な・何が悪いか・・」
「殿様の御前で・・無礼で有ろう・・・!・・」
家臣の一人に、怒鳴られて、正気に戻った様だった。

「長者とやら、酒を飲んでは成らぬとは、申さぬ、だが・・・」
「屋敷の前の、荒れた土地は、如何いたした・・?」
「領内の尊き土地を、荒れ放題に放置致すは、大罪で有る。」
「返答次第では、許し置く事は出来ぬ・・返答せよ・・・」

こう問われて、長者さまは、酔いが醒めた。
悪賢い、長者さまは、自分に殿様の怒りが、向かない様に。
「あ・あ・・あの土地は・・・こ・こ・・こ奴らの土地でござります・・」
「そなたの土地では、無いと申すか・」
「こ奴らは、怠け者で、働きもせず、あの大切な土地を、あの様な荒れ放題に、致したので、ございます。」

「怠け者で、働きもせず、酒盛りをしておるのは、その方では無いか・・」
「許し置く、訳には参らぬ・・」
「今後、この土地に一歩たりとも、入る事は許さぬ・・家財を持ち、出て行くが良い・・」
「出て行かぬなら、きつくお仕置きを申し付けるが・・良いか・・!!」

長者さま親子は、その場を逃げる様に、屋敷の中に駆け込んだ。
長者さまは、屋敷には、幾つもの蔵が有る、これ程の財産が有るなら、どこへ行っても暮らせると、思っていた。

屋敷に帰った、長者さま親子は、早速、家財をまとめて出て行こうと、息子に、蔵の中の、目ぼしい物を、まとめる様に、言いつけた。
「福の神の娘もつれて行け、一緒に荷造りをしろ・・・」
「一緒にこの屋敷を出て行くのだ・・・」
「こっちには、福の神の娘が付いているのだ・・・」
「貧乏藩の殿様が、なんぼのもんか・・・・」
ところが。
「親父・・・大変だ~・・・蔵に・・・蔵には・・・」
「蔵には・・・どうした・・・どうしなのだ・・・」
「く・く・・蔵の・・蔵の中が、空っぽだ・・・・」
「なに~・・空っぽ・・どういう事が・・・」
「それに・・・福の神の娘も・・居なくなった・・・・」
長者親子は、大慌て。
何もない蔵と、何もない屋敷に二人残され、途方に暮れた。

そんな長者さま親子の事を、知るはずも無く。
村人達に、殿様が。
「では、余が改めて、あの土地は、与太殿に授けよう・・・。」
「来年の秋を、楽しみにしておるぞ・・」
「殿様・・・おら一人に、あの大きな田畑は、どうする事も出来ねえ・・」
「みんなに、分けて良いかね・・・・?」
「うん・・・与太殿に授けた土地じゃ・・与太殿の好きにせよ・・・」

「与太殿の様な、立派な米が藩内で、採れるように成れば、年貢を出しても、皆の元に、残る米も出来よう。」
「当藩の財政も、豊かに成るであろう。」
「余も倹約を約束致そう・・・余の手助けを頼むぞ。」
「勿体ないお言葉・・必ず来年には、良い実りをご覧いただきます。」
「うん・・皆の者・・大儀・・」
殿様は、そう云い放ち、お城に帰って行った。

与太郎のお陰で、村人の土地も増えた。
「与太さんの様な大粒で長い穂が実れば・同じ広さの田でも、田が広く成ったのと同じ事。」
「来年の秋は、豊作ですよ・・・・!!」
娘が言った。

長老が、首を傾げて、
「貧乏神の娘が、与太郎に取り付いたのに、こうも良い事が起こるとは、もしかして、貧乏神の娘と思っていた、この娘は、福の神の娘では、無いのか、山寺の和尚・氏神神社の宮司・山奥の行者達に、貧乏神の娘を追い出そうと、祈祷して貰ったが、効き目が無いはずだ。」
「与太郎の家に居たのは、貧乏神の娘では無く、福の神の娘だから。」
長老は、そう呟くと、「なるほど・・なるほど」と大声で笑った。

与太郎が、娘の顔を、まじまじと見ている。
「与太さん・・わたしの顔に、何かついていますか・・・?」
「いや・・いや・・お前・・もしかして・・?」
「福の神の娘か・・・・?」
「そうですよ、だから最初から、わたしの名前は、お福だと、言ったのに。」
「与太さんは、きっと貧乏神の娘の名が、お福とは、妙だと笑っていたでしょう。」
「ああ~・・すまない・・だが、福の神なら、打ち出の小槌は、如何した・?」
「持っていますよ・・」
「何処に・・何処に有る・・・?」
与太郎は、キョロキョロと探すが、見当たらない。
「与太さんも、ちゃんと持っているでは有りませんか・・」
与太郎はそう言われて、両手広げて、表裏を眺め、辺りを見渡した。
「与太さんは、朝から晩まで、楽しそうに働いていたでは、有りませんか・?」
「そのお陰で、親父さまの借金も返せたし、毎年良い米も実ったし。」
「いつの間に、長者さまに借りた、金を返してくれたのか・・・・?」
「はい・・長者さまにちゃんと返しておきましたよ。」
「それに、四季の野菜も、沢山採れたし。」
「何より、与太さんの事を、みんなが気に掛けて、厄払い迄、してくれたのですよ。」
「それに今日は、お殿様にあんなに褒められたではないですか・・・」

「そうか・・一生懸命働く事が・・打ち出の小槌か・・・?」
「そうですよ・・一生懸命働けば、必ず幸せがやって来るものです。」
「お福・・何時までも、おらと一緒に居ておくれ、何処にも行かずに・・」
「はい・・与太さんが、打ち出の小槌を捨て無い限り、何時までも此処にいますよ。」
 
そんな、村の出来事を見ていたのは、村はずれの、一本杉だった。
この一本杉は、何百年の間、この村を見て来た、こんな幸せそうな、村人達を今まで見た事が無かった。長者親子を除いては。

暗闇の長者の屋敷から、出て来た、二つの影は、貧乏神の親娘で有った。
貧乏神の娘だけかと思っていたのに、貧乏神の親父まで取り付いていたのだから、どんなに長者さまが、金持ちでも、たまったものでは無い。

一本杉が、親娘に尋ねた。
「貧乏神よ、人は皆、福の神は綺麗な着物を着た、太った神様だと思っている。」
「貧乏神は、ぼろぼろの着物に痩せ細った、神様だと思っている。」
「それは、間違いだったのか・・?」

貧乏神は答えた。
「福の神が贅沢なんぞするものか、」
「贅沢な着物を着て、贅沢なものを食い散らす。」
「それが、貧乏神なのだ・・・」
「贅沢な着物を着て、福々しい方を、福の神だと思い込んだのだのは・・」
「人間の欲と言う、目が見間違えたのだ、わしが悪いのでは無い。」
「人間が綺麗な着物を着た、でっぷりと肥えた、わしら貧乏神を、福の神だと、見間違えたお陰で、わしらは、みんなに歓迎される・・」
「・・・世の中に、寝て暮す程、楽有ろか・・・起きて働く、たわけ者・・・・」
「皆、人間の欲がそうさせたのだ・・・」
    
一本杉は、さらに尋ねた。
「貧乏神が、家に入り込んだら、どうすれば良いのか・・?」
貧乏神は、笑いながら答えた。
「心配するな、住み着いた家に、何もなく成ったら、出て行くさ・・」
「それでは遅いでは無いか・・?・家に入れ無ない様にするには、如何すれば良いのか・・・・?」
「この村の、与太郎とか言う若者を見習うが良い、」
「わしらは、福の神の居る家には、入ることはできない・・・。」

一本杉は、思った。
「与太郎は、近い将来、殿様の片腕と成る、大名主に成る事だろう・・。」

貧乏神の親娘が、一本杉を見上げ、睨みつけて言った。
「一本杉よ、この村で見聞きした事は、誰にも話すな・・・」
「この話が、広まれば、わしら貧乏神の行く処が無くなるからな・・。」
貧乏神は、そう言い残し、福の神の娘がやって来た、東方角に消えて行った。
どこかの金持ち長者が、打ち出の小槌を捨てて、しまったのかも、知れない。

くわばら、くわばら・・・チャン・チャン  おしまい
貧乏神の孫娘と打ち出の小槌

むかし、むかし、有る村に、二人の娘がやって来た、一人の娘は、西の方角から、もう一人の娘は、東の方角から

西からやって来た娘は、それは綺麗な贅沢な着物を着て、ふくよかで可愛いい顔をしていた。
東からやって来た娘は、それは粗末な着物を着て、痩せていた。

村人達は、この二人の娘を、村の長者さまの屋敷に、連れて行った。
長者さまの屋敷は、大きな、大きな屋敷で、使用人が何人もいて、蔵が幾つも並んで建っていた、

長者さまは、庭に立っている、娘を、頭の先から、つま先まで、ジロジロと見ながら、二人の娘を見比べていた、
西から来た、綺麗な贅沢な着物を着た、ポッチャリとした娘が、長者さまの耳元で、こう囁いた。
「長者さま、わたしたちは、福の神の娘と貧乏神の娘です。」
「何・・・福の神の娘じゃと~・・・?」
「福の神と貧乏神と言えば・・・爺さんに決まっている・・?」
「フフフフ・・・神様にだって、娘はいるのです。」
「なるほど‥確かに・・・」

二人の娘を、見た長者様は、西から来た、綺麗な贅沢な着物を着た娘が、神の娘だと思った。
その綺麗な贅沢な着物を着た、ポッチャリと可愛い、娘一人だけ、座敷に上げた。
それを見て、村人の中から、
「長者さま、こっちの娘も、座敷に上げてやってくれよ・・・」
と声を掛けた。

長者さまは、
「チッツ・・・誰だ・・?・・今声を掛けたのは・・・?」
と、睨みつける様に、村人達を、見降ろした。

村人達は、長者さまが、怖くて、皆下を向いている。
「おらだ・・・可哀想じゃね~か、・・一人だけ、置いて行ったら・・・」
「チッツ・・・与太郎か・・・・・」
「チッツ・・余計な口出ししている、暇が有ったら、親父の、借金を返してからにしろ・・」
「そんな、貧乏神の娘なんかには、用は無い、追い払ってしまえ・・」

長者さまは、福の神の娘には、丁寧言葉使いに成った。
「さ~あ、さぁ~・・・・こちらへ・・どうぞ・どうぞ・・」

村人達も貧乏神の娘なら、関わりたくは無いと、帰って行く。
ひとり東から来た、粗末な着物の娘が残された。
与太郎が娘の、傍に立ち。
「娘さん・・・おらの家に来るかい・・・」
「何も、無いけど、それでも良ければ・・・」
「ありがとう、ございます・・・」

貧乏神の娘と聞いても、気にする与太郎では無かった。
「良いから・・良いから・・・娘さんさえよかったら、な~・・」
「おらの家を見たら、きっとびっくりするぞ・・・なんにも無いからな・・」

次の朝、与太郎が目を覚ますと、大根の煮た匂いがした。
目を擦りながら、台所を見ると、娘が、朝餉の支度をしていた。
「出て行ったと思ったが・・・未だ居たのか・・・?」
「どうして、出て行くのでしょう・・?・私には、行く所が無いのに・・?」
「居ては、いけなかったのですか・・・・?」
娘は、寂しそうに、与太郎を見た。
「いやいや・・いけない事は無い、・・こんな、あばら家では、住み難かろうと・・?」
「では・・居ても良いのですね・・・!」
「良いとも、良いとも・・おらが家に来いと言ったのだからな~・・」
「ありがとう、ございます・・・」
「朝餉の支度が出来ています・・・」
「よし・・腹いっぱい、食って田んぼに、行くか・・・!!」

貧乏神の娘が、あんな貧乏な与太郎に取り付いたら、与太郎がどんな目に遭うか判らないと、村人達が心配していたが。
当の与太郎は、暢気なもので、毎日が、楽しかった、まるで嫁っこをもらった様に、ウキウキ気分でいた。

家に帰ると、夕餉の支度が出来ている。
「娘さん・・お前・・煮炊きが上手だな・・・?」
「なぜですか、・・?」
「この大根の、うめえ事・・こんなうめえ大根は食った事がねえ~・・・」
「それは、与太さんが一生懸命働いて、お腹がペコペコだからですよ・・・」
「そうか~ぁ・・?・・旨い・・旨い・・・」

何か月もの時が経ち、村人達が、与太郎の事を心配していた。
村の長老は、きっとあの貧乏神の娘に、取り付かれ、惨めな末路をたどるに違いない。
「村の衆、何かあの貧乏神の娘を、与太郎の家から、追い出す手立ては無いものかの~オ・・・?」
「・・・・」
「・・・・」
「こう言うのは、どうだろう~・・」
「祈祷して貰うんだ・・貧乏神の娘が、出て行く様に・・・」
「それは・・それは名案だ・・・しかし・・・誰に・・・?」
「祈祷と言えば・・・祈祷師だが・・・?」

「山寺の和尚さんでは、駄目かな~・・・」
「和尚さんに頼んでみよう・・・」
相談がまとまり、山寺へ行ってみた。

和尚さんは、承知したと、仏様の前で、大きな声で、経を唱えた。

「南無・・・$%&?*%$#・・・・」「#$%&*?%$#」

「これで、大丈夫じゃ・・・貧乏神はもう出て行ったで、有ろう・・・」
村人達は、急いで与太郎の家に戻った。
だが、貧乏神の娘は、家の中にいる。

「駄目だ・・・未だ、平気な顔をして、居座っておる・・・」
「・・あの生臭坊主では、最初から、駄目に決まっている・・」
「じゃ~・・どうする・・・?」
「氏神神社の神主さんなら、何とかしてくれるだろう・・・?」
「そうか・・貧乏神追い出すには、氏神様か・・・?」
「同じ、神様同士だ・・何とか成るんじゃないか・・・?」
早速、氏神神社の神主さんに、お払いをして貰った。

「払え給え・・清め給え・・・“#$%&?*%$#・・・」

「これで、出て行ったであろう」

「駄目だ・・未だ、ニコニコ笑って、家の中に居る・・・」
「同じ、神様同士でも、格の違いが有るのでは無いか・・・?」
「そうか・・・貧乏神の方が、一枚上か・・・?」
「それなら・・追い出すのは・・無理だな~・・・」
「じゃ~・・どうする・・?」
ああじゃ・・こうじゃ、と話し合い、結局、祈祷をして貰うには、家の前で祈祷をしなければ、効果は無かろうと、言う事に成った。

山奥で修行を積んだ、行者さまを呼び、与太郎の居ない内に、玄関先で、祈祷が始まった。

「お~・・お~・・・?&%$##$%&・・・・」

すると、戸が開き、貧乏神の娘が、外に出て来た。
「なにを・・されているのですか・・・?」
「いや~・・その~・・」
「・・・・・」
貧乏神の娘は、慌てて、与太郎の家から出て行った。

「おおおお~さすが・・何年も山にこもり、修行をした、行者様だ・・・」
「これで、与太郎も、安心だ・・・」
村人は、喜び勇んで、帰ろうとした時、貧乏神の娘が帰って来た。
「ありゃりゃ・・・?・・・」
村人の、ポカ~ンとした、顔を見ながら、
「先ほどから、騒がしいですよ・・・何をしているのでしょうね~・・・」
娘は、そう言いながら、家の中に入って行った。
娘は、夕餉の大根を取りに出かけただけだった。

それ以来、貧乏神の娘を追い出すことを諦め、村人達は、与太郎が、好んで家に置いているなら、それで良いのではと、言う事に決まった。
与太郎は、来る日も来る日も、一生懸命に働いた。
何しろ、貧乏神の娘と一緒に居るのだから、人一倍・・いや・・人の十倍も二十倍も働いた、だが、いつも楽しそうに、働いていた。

「そんなに、無理をしては、体に悪いですよ・・少しは、休まないと・・・」
娘に心配される程、働いたのだ。

一方、長者さまの屋敷では、毎日贅沢な酒を飲み、贅沢な物を食べ、贅沢な着物を次から次に、着替えては、仕事もしないで遊び惚けていた。

長者さまが息子に、
「息子よ、あの福の神の娘を嫁にもらったらどうだ・・・?」
「そうなれば、福の神と親戚だ・・・・ハッハッハ・・・」
「何でも、望み道理に成るでは無いか・・・・?」
「そうだな~ぁ・・・そうなれば、一生遊んで暮らせるぞ・・・!!」
「一生どころか、子も、孫も、ひ孫も・・遊んで暮らせる・・・・」

そんな話が聞こえたのか、娘は、にっこりと微笑んでいる。
「ところで、福の神の娘さん・・そろそろ打ち出の小槌で、お宝を出しておくれ。」
「そろそろ、持ち金が無く成ったで~・・・」
「解りました・・・」
そう言うと、娘は、どこかへ出かけて行った。
暫くすると、金銀が沢山入った、巾着袋を抱えて、帰って来た。
「これで、足りるでしょうか・・・?」
「おお~・・おお~・・・これで十分じゃ~・・・」
流石、福の神の娘だと、長者さまも、長者さまの息子も、顔を見合わせながら、満足気に答えた。
そんな事が、長者さまの屋敷では、繰り返し行われていた。

そうして、三年目の秋の事。

ある日、予想もしなかった、出来事が、起こった。
国替えが有り、新しい殿様が、米の出来具合を視察に来るとの、お触れが有った。
今までは、一度もそのような事は無かった、殿様の顔も、姿も、どんな殿様かも、みんな知らなかった。
今度の殿様は、自ら村々を見て回ると言う。

村人は、お殿様をどの様に迎えれば良いのか、解らないまま、その日が来た。
心配なのは、与太郎の事である。
貧乏神の娘に、取り付かれている、と言うよりも、惚れてしまった、与太郎の事だ。
与太郎が、貧乏神のせいで、殿様に対して、無礼を働けば、与太郎の命が無い。
村にもきつい、お咎めが有るだろう。
村人達は、与太郎を、みんなの後ろに追いやり、周りを囲み、殿様に近付けない様にした。
貧乏神の娘も、女たちが囲んで、道の脇に正座をして、殿様を待った。

東の方から、お供の侍数人に守られ、馬にも乗らず、歩いて来られた。
「皆の者・・大儀・・苦しゅうない、楽にせよ・・・」
順に米の出来具合を見ながら、殿様は、与太郎の田んぼの前で止まり、稲穂を掌に乗せた。
「うん~ううん~・・・」
驚いた顔で、こう尋ねた。
「この田の持主は、誰か・・・?」
「・・・・・」
「・・・・・」
きっと殿様に叱られるに違いない、与太郎の命が、危ない、皆そう思い、息をのんだ。

「誰が作った、稲かと聞いておる・・・?」
「この田の持主は、誰か・・・?・・」
「・・・・・」
村人が、止めるのを振り切り、与太郎が、立ち上がった。
「おいらです・・!」
「その方、名は何と申す。」
「ハ・ハイ・・与太郎と申します。」

殿様が怒っているに違いない、ああ~与太郎の命が・・・そう皆が思った。

「与太郎か・・・この様な、稲穂をどのようにして、咲かせた・・・」
「咲かせた・・・??」
「どの様にして、育てたと聞いておる。」
「どの様に・・・?・・は・・はい・・」
「稲が大きく、成るのが楽しみで、稲の話を聞き、米が実るのが、楽しみで・・」
「ただ、楽しくて仕方が無かっただけで・・特別な事は・・何もありません・・?」
「そうか、それほど稲の育つのが、楽しいか・・・?」
「その方の申す事、その通りであろう・・?」
「その方の、思いがこの様な見事な、米を実らせたのであろう・・!!」
「余は、この様に大粒の長い穂を見た事が無い・・」
「見事なものじゃ・・・」
「この米で炊いた、飯を持て・・・」

この殿様の言葉に、村の長老は答えた。
「恐れながら・・米は、種籾を残すだけで、すべて年貢米として、お上に差し出しております。」
「・・・・・」
「その方ら、百姓は米を、食しておらんのか・・・?」
「おいら達は、芋か大根を・・しょく・・食しております・・・」
「与太郎とやら・・それは・・誠か・・・?」
「はい・・・誠でございます・・です・・」
「・・・・許せ・・余の我がままで、有った・・。」

その時、娘が、小さな握り飯を差し出した。
「有ったか・・・?」
「・・食してもかまわぬか・・・?」
「これは、田に落ちた米粒を拾い集め、与太さんに食べて貰おうと、炊いたものです。」
殿様は、この娘の言葉に、握り飯に伸ばした手を、引っ込めた。
「殿様に、食べて頂くならば、嬉しく思います。」

「与太殿・・余が食しても、苦しゅうないか・・・」
「ドドドノ・・・はい・食されても・・苦しゅう・・ござりません・・・」
一口で食べられる程の、小さな握り飯だった。

「美味じゃ・・余はこれ程うまい、握り飯は、食した事が無い・・美味じゃ・・」
その言葉に村人は、胸を撫ぜ下ろした。

与太郎が殿様のこの言葉に、ゲラゲラと笑い。
「殿様・・おらの家の大根の煮たのと同じだ・・・」
「与太殿の大根と同じとは、どのような事か・・・?」
「殿様も歩いて、来たので腹がペコペコじゃ~ねえか・・?」
「おらも一日仕事して、腹ペコで食う・・いや食す、大根のうまい事・・」
「そうか・・与太殿と同じか・・・」
殿様と同じとは、無礼だと言おうとした、家臣を止めて、殿様は、上機嫌だ
た。

だが,長者さまの屋敷の方向を見て、一瞬で表情が険しくなった。
「あの屋敷は、誰の屋敷か・・・?」
「はい・・長者さまの屋敷でございます・・・」
「屋敷の前の、あの荒れた土地は、誰の物か・・・・?」
「はい・・長者さまの土地でございます・・・」
殿様は、二人の家臣に命じ、屋敷の中を見に行かせた。

暫くすると、長者さまと長者さまの息子が、連れられて出て来た。
殿様の前で、跪かせた。
「日が高いというのに、酒盛りをしておりましたので、連れて参りました」
「しかも、今日だけでは無く、毎日毎夜の酒盛り、だとの事でございます。」

長者さまは、酔っ払っていて、ろれつが、回らぬ、聞き取りにくい言葉で、
「自分の・カ・金で飲んで、な・何が悪いか・・」
「殿様の御前で・・無礼で有ろう・・・!・・」
家臣の一人に、怒鳴られて、正気に戻った様だった。

「長者とやら、酒を飲んでは成らぬとは、申さぬ、だが・・・」
「屋敷の前の、荒れた土地は、如何いたした・・?」
「領内の尊き土地を、荒れ放題に放置致すは、大罪で有る。」
「返答次第では、許し置く事は出来ぬ・・返答せよ・・・」

こう問われて、長者さまは、酔いが醒めた。
悪賢い、長者さまは、自分に殿様の怒りが、向かない様に。
「あ・あ・・あの土地は・・・こ・こ・・こ奴らの土地でござります・・」
「そなたの土地では、無いと申すか・」
「こ奴らは、怠け者で、働きもせず、あの大切な土地を、あの様な荒れ放題に、致したので、ございます。」

「怠け者で、働きもせず、酒盛りをしておるのは、その方では無いか・・」
「許し置く、訳には参らぬ・・」
「今後、この土地に一歩たりとも、入る事は許さぬ・・家財を持ち、出て行くが良い・・」
「出て行かぬなら、きつくお仕置きを申し付けるが・・良いか・・!!」

長者さま親子は、その場を逃げる様に、屋敷の中に駆け込んだ。
長者さまは、屋敷には、幾つもの蔵が有る、これ程の財産が有るなら、どこへ行っても暮らせると、思っていた。

屋敷に帰った、長者さま親子は、早速、家財をまとめて出て行こうと、息子に、蔵の中の、目ぼしい物を、まとめる様に、言いつけた。
「福の神の娘もつれて行け、一緒に荷造りをしろ・・・」
「一緒にこの屋敷を出て行くのだ・・・」
「こっちには、福の神の娘が付いているのだ・・・」
「貧乏藩の殿様が、なんぼのもんか・・・・」
ところが。
「親父・・・大変だ~・・・蔵に・・・蔵には・・・」
「蔵には・・・どうした・・・どうしなのだ・・・」
「く・く・・蔵の・・蔵の中が、空っぽだ・・・・」
「なに~・・空っぽ・・どういう事が・・・」
「それに・・・福の神の娘も・・居なくなった・・・・」
長者親子は、大慌て。
何もない蔵と、何もない屋敷に二人残され、途方に暮れた。

そんな長者さま親子の事を、知るはずも無く。
村人達に、殿様が。
「では、余が改めて、あの土地は、与太殿に授けよう・・・。」
「来年の秋を、楽しみにしておるぞ・・」
「殿様・・・おら一人に、あの大きな田畑は、どうする事も出来ねえ・・」
「みんなに、分けて良いかね・・・・?」
「うん・・・与太殿に授けた土地じゃ・・与太殿の好きにせよ・・・」

「与太殿の様な、立派な米が藩内で、採れるように成れば、年貢を出しても、皆の元に、残る米も出来よう。」
「当藩の財政も、豊かに成るであろう。」
「余も倹約を約束致そう・・・余の手助けを頼むぞ。」
「勿体ないお言葉・・必ず来年には、良い実りをご覧いただきます。」
「うん・・皆の者・・大儀・・」
殿様は、そう云い放ち、お城に帰って行った。

与太郎のお陰で、村人の土地も増えた。
「与太さんの様な大粒で長い穂が実れば・同じ広さの田でも、田が広く成ったのと同じ事。」
「来年の秋は、豊作ですよ・・・・!!」
娘が言った。

長老が、首を傾げて、
「貧乏神の娘が、与太郎に取り付いたのに、こうも良い事が起こるとは、もしかして、貧乏神の娘と思っていた、この娘は、福の神の娘では、無いのか、山寺の和尚・氏神神社の宮司・山奥の行者達に、貧乏神の娘を追い出そうと、祈祷して貰ったが、効き目が無いはずだ。」
「与太郎の家に居たのは、貧乏神の娘では無く、福の神の娘だから。」
長老は、そう呟くと、「なるほど・・なるほど」と大声で笑った。

与太郎が、娘の顔を、まじまじと見ている。
「与太さん・・わたしの顔に、何かついていますか・・・?」
「いや・・いや・・お前・・もしかして・・?」
「福の神の娘か・・・・?」
「そうですよ、だから最初から、わたしの名前は、お福だと、言ったのに。」
「与太さんは、きっと貧乏神の娘の名が、お福とは、妙だと笑っていたでしょう。」
「ああ~・・すまない・・だが、福の神なら、打ち出の小槌は、如何した・?」
「持っていますよ・・」
「何処に・・何処に有る・・・?」
与太郎は、キョロキョロと探すが、見当たらない。
「与太さんも、ちゃんと持っているでは有りませんか・・」
与太郎はそう言われて、両手広げて、表裏を眺め、辺りを見渡した。
「与太さんは、朝から晩まで、楽しそうに働いていたでは、有りませんか・?」
「そのお陰で、親父さまの借金も返せたし、毎年良い米も実ったし。」
「いつの間に、長者さまに借りた、金を返してくれたのか・・・・?」
「はい・・長者さまにちゃんと返しておきましたよ。」
「それに、四季の野菜も、沢山採れたし。」
「何より、与太さんの事を、みんなが気に掛けて、厄払い迄、してくれたのですよ。」
「それに今日は、お殿様にあんなに褒められたではないですか・・・」

「そうか・・一生懸命働く事が・・打ち出の小槌か・・・?」
「そうですよ・・一生懸命働けば、必ず幸せがやって来るものです。」
「お福・・何時までも、おらと一緒に居ておくれ、何処にも行かずに・・」
「はい・・与太さんが、打ち出の小槌を捨て無い限り、何時までも此処にいますよ。」
 
そんな、村の出来事を見ていたのは、村はずれの、一本杉だった。
この一本杉は、何百年の間、この村を見て来た、こんな幸せそうな、村人達を今まで見た事が無かった。長者親子を除いては。

暗闇の長者の屋敷から、出て来た、二つの影は、貧乏神の親娘で有った。
貧乏神の娘だけかと思っていたのに、貧乏神の親父まで取り付いていたのだから、どんなに長者さまが、金持ちでも、たまったものでは無い。

一本杉が、親娘に尋ねた。
「貧乏神よ、人は皆、福の神は綺麗な着物を着た、太った神様だと思っている。」
「貧乏神は、ぼろぼろの着物に痩せ細った、神様だと思っている。」
「それは、間違いだったのか・・?」

貧乏神は答えた。
「福の神が贅沢なんぞするものか、」
「贅沢な着物を着て、贅沢なものを食い散らす。」
「それが、貧乏神なのだ・・・」
「贅沢な着物を着て、福々しい方を、福の神だと思い込んだのだのは・・」
「人間の欲と言う、目が見間違えたのだ、わしが悪いのでは無い。」
「人間が綺麗な着物を着た、でっぷりと肥えた、わしら貧乏神を、福の神だと、見間違えたお陰で、わしらは、みんなに歓迎される・・」
「・・・世の中に、寝て暮す程、楽有ろか・・・起きて働く、たわけ者・・・・」
「皆、人間の欲がそうさせたのだ・・・」
    
一本杉は、さらに尋ねた。
「貧乏神が、家に入り込んだら、どうすれば良いのか・・?」
貧乏神は、笑いながら答えた。
「心配するな、住み着いた家に、何もなく成ったら、出て行くさ・・」
「それでは遅いでは無いか・・?・家に入れ無ない様にするには、如何すれば良いのか・・・・?」
「この村の、与太郎とか言う若者を見習うが良い、」
「わしらは、福の神の居る家には、入ることはできない・・・。」

一本杉は、思った。
「与太郎は、近い将来、殿様の片腕と成る、大名主に成る事だろう・・。」

貧乏神の親娘が、一本杉を見上げ、睨みつけて言った。
「一本杉よ、この村で見聞きした事は、誰にも話すな・・・」
「この話が、広まれば、わしら貧乏神の行く処が無くなるからな・・。」
貧乏神は、そう言い残し、福の神の娘がやって来た、東方角に消えて行った。
どこかの金持ち長者が、打ち出の小槌を捨てて、しまったのかも、知れない。

くわばら、くわばら・・・チャン・チャン  おしまい

元野 敏
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元野 敏

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