昔々、とある山村に、お爺さんとお婆さんが暮らしていました。
 六十歳を超えた長寿の二人でしたが、その仲睦まじさは村でも有名でした。結婚してから四十年以上、子宝にこそ恵まれませんでしたが、二人は幸せでした。

 そんなある日のことです。
 お国でも有数の博士であるお爺さんは、山へ稀少鉱石の採掘に。
 当代随一の刀匠と名高いお婆さんは、川へ清水を汲みに出掛けました。

 清水を汲みに出掛けたお婆さんは、川べりで思わぬモノに遭遇しました。
 上流から巨大な桃が流れてきたのです。桃はどんぶらこ、どんぶらこと、ゆっくりお婆さんの方へ近付いてきました。

「おや、これは良いお土産になるわ」

 お婆さんは大きな桃を拾い上げました。
 まるで若い女性のお尻のように大きな桃。表面は瑞々しく張りがあり柔らかく、それでいて程よい弾力を持った桃はずっしりと中身が詰まっているようでした。
 桃を持ち帰ったお婆さんは、お爺さんと一緒に食べようと桃を斬ってみました。
 すると、なんと中から元気の良い男の子の赤ちゃんが飛び出してきたのです。

「この子はきっと、神様がくださったに違いない!」

 子供に恵まれなかった二人は大喜びです。
 桃から生まれた男の子を、お爺さんとお婆さんは「桃太郎」と名付け、息子として育てることに決めました。

「さて、ではこの桃も頂くとしよう。残してしまうのは勿体ないからね」

 生まれたばかりの桃太郎をあやしながら、お爺さんとお婆さんは残った桃を半分ずつ食べることにしました。
 桃はお婆さんが両手でどうにか抱えられるほど大きなものでしたが、内側の空洞が大きかったおかげもあり、二人はしっかりと桃を食べきることが出来ました。

 そうして二人のお腹が一杯になったのも束の間、今度は桃太郎の方がぐずりだしてしまいました。どうやら桃太郎もお腹が空いたようです。
 ぐずる桃太郎をあやしながら、お爺さんとお婆さんは困ってしまいました。
 桃太郎がお腹を空かせているのはわかるのですが、二人は桃太郎に飲ませるためのお乳を用意してあげられませんでした。残念なことに、年老いたお婆さんではお乳が出なかったのです。

 二人が心底困り果てている間に、桃太郎はとうとう大声で泣き出してしまいました。
 お婆さんは自分があと二十年若ければと悔やみ、お爺さんも何故か自分があと二十年頑張れていればと悔やみました。
 しかし、二人が悔しそうに歯を噛みしめたそのとき、奇跡は起こったのです。

「な、なんじゃこれは!?」
「身体が……熱い……!」

 突如、お爺さんとお婆さんの身体が輝き始めました。お腹の中から温泉が湧き上がるような、全身に活力が行き渡るような、そんな感覚でした。しばらく不思議な感覚に耐えた後、お爺さんとお婆さんはお互いの顔を見て驚きました。

「ば、婆さん、お前……」
「お爺さんが……若い頃の顔に……」

 そう。二人は若い頃のような姿に、丁度結婚した頃のような姿に若返ったのです。

「これはきっと、神様の思し召しに違いない!」

 二人はまたしても大喜びです。
 特に元お婆さんは、桃太郎にお乳をあげられることが嬉しくて堪らないのか、涙を流して喜びました。元お爺さんも、また綺麗な頃の奥さんを見られて嬉しかったようです。

 こうして、元お爺さんと元お婆さんは、若く元気になった身体で精一杯頑張って桃太郎を育てることにしました。



 その後、桃太郎はスクスクと育ち、やがて強い男の子になりました。
 十八歳になった桃太郎はある日、元お爺さんと元お婆さんに言いました。

「西の海に浮かぶ鬼ヶ島という場所に、悪事を働く鬼がいると聞きました。ちょっと行って懲らしめてきます」

 これを聞いた二人はとても心配しましたが、桃太郎の意志が固いのを知り彼に贈り物をしました。
 元お爺さんは桃太郎に、様々な仕掛けを備えた鋼の胴と籠手を贈りました。
 元お婆さんは桃太郎に、五年の歳月を掛けて鍛えた見事な刀を贈りました。
 桃太郎は二人に感謝し、鬼退治の旅へ出ていきました。



 旅の途中、桃太郎は鬱蒼とした森で一頭の狼に出会いました。
 桃太郎より二回りも大きな黒と灰色の狼でした。

「あんた、なかなか強そうじゃねえか。一つ俺と手合せしてくれねえか?」

 狼はそう言って、桃太郎に挑んできました。
 狼の素早い動きに苦戦した桃太郎でしたが、機転を利かせてなんとか勝利することが出来ました。

「参った。降参だ。あんた、強いんだな」

 狼は大人しく首を振り、桃太郎に頭を下げました。

「俺の名前はクロだ。できれば俺も一緒に行かせてくれねえか? あんたと一緒にいりゃあ、俺はもっと強くなれる気がする」

 狼のクロはそう言って、武者修行のため桃太郎の御供になりました。



 次に桃太郎が出会ったのは、岩山に閉じ込められていた猿でした。
 額に金の輪を被った、赤と金の衣装の派手な猿でした。

「なあ兄ちゃん、おいらをここから出してくれないか?」

 話を聞いてみると、この猿は何年も前に悪いことをし、罰として神様に閉じ込められてしまったようなのです。
 ずっと閉じ込められたままなのを少し気の毒に思った桃太郎は、神様に猿を放してもらうようお願いしました。神様はしばらく悩んだ後、桃太郎が猿をしっかり見張るという条件で許してくれました。

「ありがとな、兄ちゃん。おいらは悟空っていうんだ」
「僕の言うことをちゃんと聞いて、もう悪いことはしちゃいけないよ?」
「わかってるよ。もう閉じ込められるのは懲り懲りだしね」

 岩山から出られた猿の悟空は、恩返しのため桃太郎の御供になりました。



 さらに旅を続ける桃太郎の前に、今度は天使が落ちてきました。
 空色の綺麗な髪に、純白の翼を持った天使の少女でした。

「痛ったた……。あぁ、でも、この痛みも気持ちいい……」

 落ちた拍子に痛めた肘を擦りながら、天使は薄気味の悪い微笑みを浮かべました。
 桃太郎はドン引きでした。突然落ちてきたのも驚きでしたが、怪我をしたのが気持ちいいなどと言う天使の言葉が、まるで理解できなかったのです。

「なに、この子、気持ち悪い……」

 思いがけず零れたそれは、紛れもない桃太郎の本音でした。
 しかし、本来他人を詰るはずの言葉に、天使は何故か嬉しそうに身体を震わせました。

「はうぅ! 辛辣な言葉が胸に突き刺さる……。はぁ……快感……!」

 桃太郎たちの冷たい眼差しに、あろうことか天使は身悶えしていたのです。
 これには桃太郎もクロも悟空も、同じ言葉で天使を評するのでした。

「うわぁ……変態だ」
「変態だな」
「これが変態かー。初めて見た」

 変態呼ばわれされた天使でしたが、本人は至って幸せそうに彼らを見上げました。

「はぁ、ぞくぞくします。もっと罵ってください」
「え、嫌だよ。僕たちはこれから鬼退治に向かうんだ。変態に構っている暇はないよ」
「では、御供をさせてください。そしていつでも私を罵ってください」
「えぇ……」
「私はファイと申します。不束者ですが、よろしくお願い致します」

 天使のファイが、少し強引に桃太郎の御供となりました。

 こうして、クロ、悟空、ファイの御供を得た桃太郎は、鬼ヶ島へ乗り込むのでした。



 鬼ヶ島では、鬼たちが盗んだ宝物やご馳走を囲んで酒盛りの真っ最中です。

「皆、油断しちゃダメだよ。それじゃあ、攻撃開始!」

 桃太郎の掛け声に合わせ、全員一斉に岩陰から飛び出しました。居並ぶ鬼たちも、慌てて桃太郎たちを迎え討とうと武器を取ります。
 ですが、戦いは一方的なものになりました。

 ある鬼はクロの素早い動きに目を回し、
 ある鬼は悟空に頭を殴られて気を失い、
 ある鬼はファイの通力で吹き飛ばされ、
 ある鬼は桃太郎に脚の腱を斬られて動けなくなりました。

 鬼の親分は、桃太郎たちの圧倒的な強さを前にとうとう、

「待て! 降参、降参だ。だから許してくれ!」

 と、手をついて謝りました。

「これに懲りたら、もう悪いことをしてはいけないよ」

 桃太郎はそう言って、刀を鞘に収めました。
 その瞬間――。

「ハッハッハ! 小僧、油断は禁物だぜ?」

 瞬時に立ち上がった鬼の親分が桃太郎に迫り、刀を弾き落としました。
 桃太郎は一転、窮地に立たされてしまいます。

「刀さえなけりゃあ、お前のような人間の小僧、一捻りだ!」

 鬼の親分の腕が、桃太郎を締め上げようと迫ります。
 クロも悟空もファイも、咄嗟に助けようとしますが間に合いません。

 万事休す――。誰もがそう思ったときでした。

 ピカッ!

 突然、一条の光線が鬼の親分の頬を掠めていきました。光は遠く海の向こうまで飛んでいき、やがて見えなくなりました。親分は左耳があった場所が黒く焼け焦げ、痛々しい火傷の痕ができています。

「ぎゃあああ!」

 鬼の親分は、あまりの痛みに倒れ込んでしまいました。傷口を両手で抑え、呻き声を漏らしながら痛みにもがき苦しみます。
 慌てて、子分たちが親分へ駆け寄りました。それから桃太郎を睨むように見上げ、すぐに目を驚きに見開きました。

「な、なんだ、そいつは……」

 鬼たちの視線は桃太郎の左手に集まっていました。籠手に包まれていたはずの彼の左手から、いつのまにか筒状の突起が飛び出していたのです。
 桃太郎は至って涼しい顔で周囲の者たちの疑問に答えました。

「これかい? これは光線筒だよ。灼熱の光を放つ機械で、僕のお父さんが作ってくれたんだ。できるだけ使わないように言われていたんだけど、危機的状況だったからね」

 桃太郎の言葉は難しく、鬼たちはおろか桃太郎の仲間たちも理解できませんでした。
 馬鹿にされたのだと考えた鬼たちは、立ち上がって桃太郎を睨みました。先刻は一蹴されたことなど、既に頭にありませんでした。

 鬼たちのただならぬ様子を見た桃太郎は、呆れたようにため息を吐きながら左手を持ち上げました。並んだ鬼たちへ向けるではなく、岩場の上の岩棚に筒の先端を向け、もう一度先程の光を放ちました。

 ピカッ!

 またしても、眩いばかりの光が輝きました。鬼たちは眩しさに目を庇いながら、桃太郎の左手の先を窺い、そして一人残らず膝を折りました。

 固いはずの岩が融けて真っ赤になっていたのです。岩棚の中心には風穴が開き、穴の周りからは白煙が上っていました。泡のように盛り上がった溶岩が流れだし、周囲の岩をも熔かしはじめました。

 この光景を見た鬼たちは、あっという間に桃太郎へ反抗する意志を失いました。全員が揃って膝を折り、頭を下げ、額を地面に擦りつけました。



 こうして、鬼ヶ島の鬼たちは一人残らず桃太郎に屈服しました。
 鬼退治は見事に達成されたのです。

 桃太郎はその後、クロ、悟空、ファイと共に取り上げた宝物を船に積んで、取りあげられた村々へ返して回りました。村の人々は大層喜び、桃太郎を歓迎した後、宝物の一部を桃太郎たちへ譲ってくれました。

 桃太郎は貰った宝物を持って故郷へ帰りました。
 家に帰った桃太郎は、元お爺さんと元お婆さん、さらには旅をした仲間たち皆と一緒に幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。

高城飛雄
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高城飛雄

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