「ポッキーゲーム！さ、やるわよ。ポッキーゲーム」
声高らかに部長が宣言する。
「は？」
きょとんとする一同。

居酒屋の個室で一人はしゃぐ、紅一点の白井部長。部内での裏の呼び名は、「残念な美人」だ。
通りすがりの男どもが思わず振り返るような美貌。
男だらけの職場を仕切る能力。
しかしながら、残念なことに、ちょっとズレてるのだ。色々と。

「あの…」
恐る恐る、俺は意見する。
「あのですね。それって、ハッキリ言って、楽しくないと思うんですよ」
「なに？」
ジロリと睨む部長。うう。酔ってらっしゃる。

「いえ、あのですね。今時ポッキーゲームっての、どうなのかなあ…と思ったり。思わなかったり…ねえ？」
周囲に同意を求めるも、皆、下を向いて目を合わせてくれない。
何だよ、ここは一致団結して部長を止めるところだろうが。お前たち、この面子でポッキーゲームやりたいのか？
誰も発言しようとしない。仕方ない。ここまできたら、言いたいこと言ってしまおう。

「合コンや大学サークルならまだしも、これ、職場の飲み会ですし。ご覧のとおり男しかいませんし」
「だから？私はそれが見たいの。私はそれが楽しいの。なんか文句ある？」
ああ。部長、その三白眼、怖いです。っていうかこれ、パワハラとか訴えられてもおかしくないですよ？

「だってほら、女の子とするからドキドキして楽しいわけですよ。野郎同士でやったって、なんのトキメキもないですからね」
俺は隣にいた冴木貴幸（さえき　たかゆき）を無理やり引っ張って立たせた。
「例えばですね。俺がコイツにキスしたって、何にもドキドキしないんですよ。ただ唇がぶつかっただけ。減るもんじゃないし、何とも思わないんですよ」
「ふーん。じゃ、してみて」
「は？」
「減るもんじゃないんでしょ？だったら、して見せてよ」
あれ？なんだこの展開。
何で俺が後輩にキスする流れになってるんだ？意味が分からん。
別に、したところで減るもんでもないし。してやってもいいけど。

っていうか誰も助け舟出してくれないのかよ。そりゃ、部長に睨まれたら明日から仕事しづらいけどさあ。
たぶん、部長、覚えてねえぞ。いつもそうじゃん。

「…」
冴木の肩に手を置いて、顔を覗き込む。
まあ、嫌悪感も湧かないし。出来なくはないかなあ。
他人事のようにぼんやりと唇を見ていると、ちょっとおいしそうに見えてきた。案外、プルンとしてるんだなあ。２つ下だから、２６だよな、コイツ。
２６歳の男の唇って、もっとガサガサしてるんじゃないか？いや、他の奴を観察したことはないけど。少なくとも自分はこんなプルンとした唇だった記憶なんてない。

ちゅっ

俺は吸い込まれるように、冴木と唇を重ねた。

部屋にゾワゾワとどよめきが起きる。皆の息を飲む音がする。
アーともキャーとも聞き分けられない声を発しながら、部長が拍手をする。
「やっだあ、須賀くん、男らしい！」

「あ、いや、その…」
俺はそんな周りの反応に返事をする余裕がない。
ただ、とにかく冴木の唇が柔らかかった。びっくりするくらい柔らかかったのだ。
俺だってそれなりに場数は踏んできた。
キスした女の数だって、まあ、そこそこだ。
でも、俺はこんなに柔らかい唇の持ち主を他に知らない。これは反則だろう。

「せん…ぱい…」
ここで初めて冴木が言葉を発した。
おい、頬を染めてうつむくな。乙女か。
いや、勝手に巻き込んでおいて悪かったとは思うけど。そんな傷ついた、みたいな顔しないでくれよ。飲み会の悪ふざけだよ。気にするなよ。

「いいもん見れたわー」
満足そうに酒をあおる部長。ああ、頼むからもっと飲んで記憶なくしてくれ。

どことなくよそよそしくなった、先輩・同僚・後輩。
おい新人、何で目をそらすんだ。別に取って食ったりしねえよ。

俺は居心地の悪いまま、酔うことすら出来ずにいた。

元はと言えば部長が変な提案するから、こんなことになったのに。
当の本人は上機嫌で最近見た恋愛映画を評論している。
ポッキーゲームはもう、どうでもいいらしい。

はあ。
俺はため息をついて、グイとグラスを空にした。
男ばかりの飲み放題。元を取るのだと意地になって飲み過ぎた。
そうだ。俺は酔ってたんだ。
自分にそう言い聞かせることにした。ついでにもっと酔って忘れてしまおう。

周りもいつもよりペースが早い。まるで忘れてしまいたいことがあるかのように…