『人類は、なぜ尻尾を失くしたのか?』

 この問いに対するはっきりとした答えは未だに出ていない。

 一般的には二足歩行するのに必要がなくなったからだとか、
 座るときに邪魔になるためだとかの説がある。


 だが本当にそうだろうか? 
 もし今、自由に使える尻尾があったとしたら、
 あなたは欲しいと思わないだろうか?

 猿が木に尾を巻きつけて体を支えるように、
 人も高所での作業がより安全になるかもしれない。

 各種スポーツでの身体能力や技術の発展の可能性も、
 新たに発見されるかもしれない。

 そこまで特別なものでなくとも、
 ちょっと離れたところにある物を取り寄せる、
 両手がふさがっている時に物を支えるなど、
 日常での使用法はいくらでもありそうだ。


 尻尾があることで他の捕食動物に捕まる確率があがる心配も
 ほぼない現代では、プラス面のほうが遥かに多いと思われる。

 そういうわけで実際に
 尻尾を着けてみる実験が行われることになった。

 以前、脳波で動く高品質なオモチャの猫耳や尻尾が開発されたが、
 それを実際の動物たちの能力と同じレベルまでに強化したものだ。

 感度も柔軟性も強度も、既存のどの製品とも比べ物にならない。
 これは現代の科学と生物学の最高の技術を結集した
 人類の進化と退化を検証する実験なのだ。


 まず、尻尾のタイプだが、これはやはり基本的に種族の近い、
 猿の尾を基本にすることとなった。

 オランウータンなどの類人猿タイプの猿は
 どれも尾が退化して外見上は存在しないが、
 介護猿として期待されるフサオマキザルなどのように、
 両手で道具を使う知能の高い猿でも尾のあるものもある。

 またジェフロイクモザルのように、
 尾の内側に尾紋という毛のない敏感なパッドを持ったものもいる。

 彼らはその尻尾を木に巻きつけて移動時に体重を支えたり、
 ピーナッツなどの細かな物まで掴んだりできる。

 それは『五本目の肢』と呼ばれている。


 このように体重を支え、細かな物も掴め、
 犬や猫のように尻尾の振り方によって
 感情を伝える機能も盛り込んだ人工尻尾が完成した。

 まずは政府が選んだ会社やスポーツ団体などに配布し、
 あらゆる場面で尻尾がどのように役立つかが検証されることになった。


 一般的な会社員の場合、
 最初に力を発揮したのは電車通勤の時だった。


 満員電車の中でも尻尾を伸ばすことによって
 やや遠くの手すりに捕まることができた。

 人によっては思わず網棚に尻尾を伸ばし、
 思わず自分の体ごと網棚に巻き上げてしまった場合もあった。

 最初は周囲の羨望とも軽蔑とも取れる視線に
 恥じ入ってしまっていたが、周囲に事情を説明してくれる
 実験の監視員も何人か配置されていたため、
 そういう光景も次第に落ち着いて見られるようになった。

 こうして尻尾のある会社員たちは、網棚の上で寝そべって、
 軽い優越感と共に通勤するようになった。


 スポーツで役立ったのはやはり、
 サッカーなどの球技や体操の場面でだった。

 サッカー選手はまさにもう一本の足という感じで、
 これまででは考えられないほど優雅でトリッキーな
 ボール運びを披露し、観客も熱狂した。

 ゴールキーパーは、尻尾でボールを叩き落とすことはもとより、
 例え体がフェイント方向に反応してしまっても、
 瞬間的にゴールポスト上部に尻尾を巻きつけることにより、
 四隅のどこへでも飛ぶように移動してボールを弾いてしまう。

 鉄棒などの体操競技でも両手を離しての大車輪など、
 新たな技が続々と開発された。


 日常生活では両手が塞がっていても階段の手すりに掴まれるだとか、
 食べ物で両手がベタベタに汚れている時に
 尻尾でティッシュが取れるだとか、
 大きなことから小さなことまで便利なことだらけだった。

 しかし、しばらく経つと、
 被験者のほとんどは自ら尻尾を取り外してしまった。

 サッカーでは狙っているゴールの方向や
 パスする相手に尻尾が向いてしまい、考えが読まれてしまう。

 会社では嫌な上司の前では尻尾がだらんと下がってしまうし、
 可愛い女子社員の前ではブンブンと元気よく振ってしまう。

 家庭では奥さんの手料理よりも
 インスタントラーメンを食べている時のほうが
 尻尾が喜びとリラックスを表していたりする。

 みんなだんだんと、尻尾に感情が現れないように集中するようになった。

 そして結局、尻尾がないほうが楽だと気がついてしまったのだ。

 人間は、身体的な自由よりも、心の自由を選んだのかもしれない。


 報告と結論。


『人類は、嘘をつくために自ら尻尾を切り落とした』。           



〈了〉

樹樹
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