「……好きだ、志津摩(しづま)君」
 会議室の、議長が座る席で部長が言った。
 「はあ……そうですか……」
 書記が座るであろう側面の席で、俺は呆れた返事をし、更に続ける。
 「今読書中なんで黙っててくれませんか?」
 いるだけでいいって言ってたのに、さっきからずっと話しかけてくる部長。
 いい加減鬱陶しくなってきたのでそう言ったのだが――
 「それはいやだ」
 俺のお願いは一蹴された。
 「話に乗らないのはだめだ。部活動だからな」
 そう、これは部活だ。俺が部員である以上、活動に参加しない訳にはいかない。だが……、それはいやだってなんだよ。
 「……分かりましたよ」
 渋々承諾する。
 仕方ないな。えーと……、何話してたんだっけ。
 あ、思い出した。
 「じゃあ、どこが好きなんです?」
 適当にさっきの話を続けてみる。
 「それは、いつも静かなところとか……」
 少し恥ずかしそうにする部長。もじもじ。
 「そ、そうですか……。どれくらい好きなんです?」
 「……結婚したい」
 突拍子もない発言がきた。
 「……部長」
 「ん?」
 「ふざけてます?」
 そうに違いない。なにせ、談話部なんていう部の長だ。しかも俺が入るまでは一人。変人でないはずがない。
 「本気だ」
 ま、マジですか……。目ギラギラしてて怖いんですけど。
 どうしよう。なんて返せばいいか。
 「その、結婚はできませんよ……」
 俺まだ十六だし。
 「それは仕方ないさ。取り敢えず今は同棲から始めるしかない」
 なに言ってんのこの人!? 
 「いやいや同棲って……」
 それこそ無理というもの。
 「それはちょっと……早くないですか?」
 色々すっ飛ばしてません? その……お付き合いとか。 
 「そんなことはない。今日からでもオーケーなくらいだ」
 ななななんて大胆な……。もしかして部長そういう人? ……あれか。肉食系とか言うやつですか。ティラノさんですか? 
 「な、なんでそこまで……」
 そうだ。入部したての俺にどうして……。
 「だって、朝起きた時横にいると嬉しいから……」もじもじ。
 横!? ベッドイン!? まさかのダブルベッド!? てかいきなりそこまでの関係!? 
 「そ、それはちょっと……」
 なんでこの人こんながつがつしてんの!? 
 「ああ……抱きしめたい……」
 聞いてないこの人! 
 「あの……部長?」
 「……ちゅっ」
 とか言っちゃってますけど!?  
 おいおいまずいよこれ!? 俺お持ち帰りされちゃうよ!? 
 だめだだめだ。まだ知り合って間もないのにそんな関係なんて。 
 「部長!」
 声を荒らげて呼ぶ。
 「……ちゅ?」
 ちゅ? じゃないよ。入部早々、部長に雌○疑惑が立ち始めてるよ。どうすんのこれ……。
 「はあ……部長の方が人の話聞いてないじゃないですか」
 「……すまない」
 「まあそれはいいですから。とりあえず自己紹介でもしません? 趣味とか分かれば話しやすくなるかもしれませんし」
 こうやって何気なく話を変えていけば……。
 「そうだな」
 部長がおかしなことを言うのを防げるはずだ。
 「じゃあ俺から――」
 「いや、部長である私からが順当というものだろう」
 なぜそこで意地を張りだす。
 「いえ、こういう時は目上の者を立てるという意味でも若輩者の俺から――」
 ペースを持っていかれまいと抵抗を試みる。だが――
 「ほう。わらわを差し置いてそなたが先に? 諧謔じゃのう。……まあそう言わず、わらわにやらせてみよ」
 え、えええええええええええええええええ。
 な、なにその喋り方……。なんでいきなりそんな口調? わけがわからないんですが……。
 「ん? どうした? なぜ押し黙るのじゃ」
 「い、いえ……」
 そ、そうか。もしかするとこれは部活の一環なのでは……。 
 なら俺はどうすれば……。
 「どうしたのじゃ?」
 主導権を握るどころか、あまりの変わりように圧倒されてしまったこの状況。
 かくなる上は――
 「女王様! どうか……どうか私めにその役目をお任せください! このとおりでございます!」
 ――土下座。  
 俺、なにしてんだろ……。
 分からない。分からないから分からない。
 「そうかそうか。そなたの気持ちはよう分かった。よし! 敵地に赴くそなたに我が国の宝剣を授けよう!」
 「ははあ! 有難き幸せ」
 宝剣を恭しく授けられる。
 あの……、これ一体いつまで続けるんでしょうか?
 「よし! それでは行ってまいれ!」
 「はっ! 必ずや彼奴の首を取ってまいります!」
 ええい、ままよ! こうなったら最後までやり切るのみだ!
 「うむ、その意気や良し!」
 「うおおおおおおおおおおおおおおお」
 鬨の声を上げ、部屋から飛び出していく。
 が――
 「お?」
 「え?」
 女子生徒と出くわした。
 目をぱちくりさせる彼女。
 そして沈黙――。
 俺は吶喊(とっかん)の構えで硬直し、女子は俺が持っているものに視線を移動させる。
 ――そう、ほうきだ。紛うことなきほうき。
 一時見つめ合った後、俺は振り返って教室に戻った。
 戸を閉め、しばらく直立不動――。
 そして、
 「だあああああああああああああああ」
 叩きつけた。思いっ切り。
 案の定折れた。バキッと。
 「いやああああああああああああ。宝剣があああ!」
 「宝剣があああじゃないわ! いつまでやってんだあんた!」
 さすがに敬語を使う余裕はなかった。

                              ※

 校門を出てすぐ、部長は立ち止まり言った。
 「さて。どこに連れまわ行こうか……」
 「今なんと!?」
 連れまわ!? 
 「ん? なんでもあるアルよ?」
 「あるのかよ!」
 なにがあるんだこれから……。
 「それで、どこ行くんですか?」
 気になったので聞いてみた。
 「馬鹿か君は。喫茶店と言ったじゃないか」
 ええー。なんでだよ。
 「さっき部長、どこに連れまわ行こうかって言ってたじゃないですか」
 てかバカって言われた。俺バカって言われたんですけど。
 「違うぞ。どこに行こうかと言ったんだ。そんな文脈を無視した発言はしていない」
 「無視してたでしょ盛大に」
 「すまなかった。そんなにかまって欲しかったのか……」
 「俺じゃない! かまうのは文脈の方! 俺そんな寂しい思いしてない!」
 俺がかまってちゃんみたいに思われるだろ。
 「どうどう」
 「どうどう、じゃないですよもう……。しかもいきなりあるアルとか言い出すし……」
 「なんだその中国人もどきは。馬鹿にしているのか? 馬鹿だから? 馬だけに?」
 「馬鹿にしてんのあんただろ!」
 なにが馬だけにだ。
 「とにかく。私はそんな妙な真似をした覚えはない。それ以上言うなら侮辱罪で訴えるからな」
 そこまで言うか。
 「いいですよもう……」
 もういい……。俺が馬鹿だったんだ。馬でも鹿でも好きなように言えばいい。
 「さ、早く行くぞ。日が暮れてしまうアル」
 「おおい!?」
 言った。今言った。間違いなく言った。空耳とは言わせねえ。
 「どうした急に」
 「言いました」
 「なにを?」
 「アル」
 「……言ってないアル」
 部長は急に振り向いて、逃げるように先を急いだ。
 「言ってるじゃないですか!」
 俺は部長に追いつこうと駆け出した。

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