第十五歩
翌朝、早めに登校して授業が始まる前にCDを持って五十嵐の席に向かった。
何故か少し緊張して、喉が渇いた。
「はい、約束の。ゲット・ボーンていうジェットのファーストアルバムなんだけど、勢いがあってかっこいいよ」
「ありがとう、早速帰ったら聴いてみるね」
素直に受け取ってくれてよかったな、なんて安心しつつ自分の席に戻る。
「トンボ~、朝っぱらからナンパかよ~!」
侑がお約束通りイジってくれる。
「バァ~カ! あっ、魔女子さーん!」
手放しで自転車に乗っているフリをしながら、俺も定型文で切り返す。
明日菜は一限の英語の教科書を読んで、静かに予習をしている。
そういえば侑が昨日のえると買い物に行ったことを思い出す。
「昨日どうだった? いいウェアあった?」
侑が大きく肩を落とす。
「ていうかさ、大変だったよ」
大変?
「大変て何が? ただの買い物だろ。何かあったのか?」
「まずは池袋のサッカーショップに行ったんだよ。俺的には結構いいのがあったからそこで買ってもよかったんだけどさ、のえる的には全然ダメらしくて。まあ女子用のサッカーウェアとかフットサルウェアって数自体が少ないからそれは分かる話じゃん。それでデパートのスポーツ用品売り場とかスポーツブランドの直営店を回ったんだ」
そこまでは普通の話だ。
「それでものえるは納得のいくウェアがないらしくてさ、全部高過ぎるらしいんだ。ただの運動着にそこまでのお金は出せませんわ、とか言ってさ。その後新宿、渋谷、恵比寿と回って。すっかり日が暮れてもう帰ろうとしたら、のえるが大田区の端にでかいスポーツショップがあるのを携帯で見つけてさ」
ゲルマン民族並みの大移動だ。
「完全に二十三区を縦断してるじゃん」
「そうなんだよ。んでそのスポーツショップにやっと着いてから、更に悩んでさ。あれは高過ぎる、これは胸のワンポイントが気に入らない、それはサイズが合わなくて胸が苦しいとか言っちゃって。結局セールワゴンの中に一枚だけあったものを執念で掘り出して、試着室に籠ったあげく『これにしますわ、何とか妥当な値段のものが見つかりましたわ』って。やっと決めてくれたころにはもうかなり遅くなってたんだ。そして俺は買えずじまい」
昨日の疲労を色濃く残しながら、侑がまとめる。
「よく女子の買い物に付き合うのは大変だって言うけどさ、航平、あれはお前真実だぞ。現代の男子に課せられた一種の修行だ」
それにしても意外にも。
「なんか話聞いていると、のえるって経済観念がしっかりしているな」
侑が同意する。
「俺もさ、行く前は『あそこからあそこまで全部頂きますわ』とか言うと思ってたんだよ。やっぱさ、お嬢様じゃん、そういうイメージあるよね。けど実際はコストパフォーマンスをやたら重視してたよ。最後に買ったのだって、売れ残りで八割引きぐらいになってたやつだし」
「けど侑、リアルお嬢様ってそんなかんじなのかもよ。お嬢ったってまだ高校生なわけだし、そんな金遣い荒いやつばかりでもないだろ」
侑が頷く。
「というより、俺たちってのえる以外にお嬢様なんて見たことないしな。」
確かに、漫画とかアニメでしか見たことがない。
二人でお嬢様について貧しい想像力を駆使して考えていると、チャイムが鳴り英語教師が教室に入ってきた。
今日はちゃんと起き続けて、全部の授業を受けなくちゃな。