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ぼくはずいぶん年上の女のひとからたくさんお金をもらっていた。
「何でも好きなものを買ってあげる。
ただあなたはここにいなくてはだめよ。
さあこの電話をあげる。
私は何かあるごとにあなたを呼びます。
あなたは私の居場所を知る事はできない。
あなたに自由はないの。
ただ、お金で買えるものなら何でもあげる。
あなたは私の一部なの。
自由以外のすべてを満たしてあげる」
かつてのぼくはたいして自分の事を好きでもなければ嫌いでもなかった。
しかしこのひとと出会ってからぼくはどんどんぼくを嫌いになっていった。
上等の服。上等の食事。上等のホテル。
ぼくの周りにそれまで見たことも触れた事もないようなものが集まる。
反比例してぼくの心はあっちが欠け、そっちが欠け、
泥人形のような得体の知れないものに変質していった。
このひとは何なのだろう。
いつもつばの大きな帽子をかぶり、しわだらけの顔に厚い化粧をしている。
やせこけた指にはいくつものダイヤモンドが光る。
物言いが横柄なわりに目が落着かない。
ただのバーテンダーだったぼくはいつの間にかこのひとの言いなりだ。
どこをどう違えてしまったのか。
ちょっと前まで、ぼくの中にはまともな感情がもう少しあったはずだった。
今そのカケラがどうしてもみつからない。
[いつか何とかしないとぼくは本当に壊れてしまう]
そのような気づきが、ぼくの頭の片隅にかろうじて残っていた。
ぼくにはかつて、とてもすてきな恋人がいた。
彼女はお金が大好きだった。
彼女はお金と結婚し、ぼくは無かったことになった。
ぼくもぼくを無くした。
お金というキーワードでつながったのはこの年上の女の人だ。
ぼくはいわば別れた彼女と同じ立場に今あるわけだけれども、
無くなってしまった自分はどこにだっていなかった。
ぼくはどこだ。
探さなくてはいけない。
今、成さなくてはいけない。
錆だらけのガラクタになってしまうその前に。
凝った心をギシギシきしませながらぼくは口を開いた。
「いままでどうもありがとうございました。
お金はもういりません。
ぼくはあなたを愛していません。
今欲しいのは自由です」
「やっと気づいたの。
私はあなたを愛していたけれど、
自由がほしいならもう仕様が無い。
私は残念ながら魔女なのよ。
あなたにそんなつもりはなかったのかもしれないけれど、
あなたにはずいぶんとたくさんのお金を使ったの。
ひと一人が一生かかっても使い切れないほどのお金をね。
一生分のお金と引き換えにあなたの命をもらいったかった。
でも私はあなたを愛してしまった。
自由ならいいのね。それでいいなら命だけはとらないわ」
ぼくは、
ぼくはアルビノの鳩になった。
無性に空を飛びたくなった。
ぼくはどこまでも高く高く行ってみようと翼をはばたかせた。
行き先なんてわからないけれど。
希望という名の絶望を固く抱きしめて。