守り神の啓示
日にちは進み、四月二日。
ちょうど四月一日というエイプリルフールや新年初めの日が終わり、新たな四月二日という日が生まれた頃。
百合子は、半年前、小金井市の養祖母宅に行く途中、三鷹市内のホームセンターで買った二段ベッドの下段にある布団に身体をゆだね、気持ち良さげに寝ていた。
このとき、彼女は夢の中におり、まっ白な雲に囲まれて訳もわからず右往左往していた。
「白く曇っていて前が見えないわ。どうすればいいのかな?」
百合子は、霧のごとく四方を取り囲む乳白色の雲に対し、ほとほとと困った顔を見せていた。
その直後、どこからともなく女の声が聞こえてきた。
その声は、救急車のサイレンや電車・自動車の接近する音のように、最初は小さく、次第に大きくなっていった。
「あなたは、何者なの? 姿を表して!!」
百合子は、周囲に警戒という名の気を張り、姿形すら存在しない声の持ち主に呼びかけた。
「タキリ。生憎、そなたに姿は見せられぬ。」
声の持ち主は、百合子に申し訳なさそうな口調で平謝りし、まるで穴に身を隠すモグラのごとく自らの姿を現さなかった。
「あなた、タキリって名前で私のことを呼んでいた。でも、私は、広瀬百合子でそんな名前じゃないわ。それと、姿を見せられないのなら、名前くらい教えてもらったって、罰当たりにはならないわ。」
百合子は、すぐに頭の整理がつかずに心を揺さぶられ、声の主に尋ね返した
そのときの彼女は、まさに強風に吹かれ、ひらひらとなびく木の葉と同じ状況だった。
「忘れていていても、無理はないね。人生の半分以上をアマツホシではない地球という世界で過ごしているのだから。それと、今は名前は教えられないが、すばる天女の守り神とでも言っておこう。」
声の主は、百合子に言葉を発した。
また、声の主は自らを天女の守り神と自称し、テコでも動じない大きな岩山みたいに平然とした様子でいた。
「えっ、そうだったの!?」
百合子は、何も知りえていなかった人の表情を浮かべ、姿なき天女の守り神に言葉を発した、。
「そなたは、元々地球でないアマツホシという世界にあるすばる王朝の姫や天女の子・タキリとして生まれ、その国の正当な王位継承者である。今こそ、天女として目覚め、本当の名前を取り戻し、天女の仲間を集め、王朝に居座る獣を退けて苦行にあえぐ民を解放し、すばるの女王として国の再興を果たすのだ。」
天女の守り神は、先ほどの口調で百合子の知りえていなかった過去の経歴などに触れた後、試練を課そうとした。
「天女、すばる王朝、王位継承者、天女の仲間、女王。何のことをいっているのか、私に分からないわ。」
百合子は、守り神の話す内容をいまいち頭に飲み込めず、混線した電話交換機の状態となった。
「タキリよ、今は分からなくてもいい。いずれは、天女として目覚めたとき、わかることだ。」
守り神は、百合子に結んだ紐のようにしっかりとした口調で声を掛けた。
その直後、百合子の周囲を覆っていたかすみ雲はまたたく間に黒色に変わった。
視野の先には、黒々としてうつうつそうな雰囲気が漂い始め、口から言葉を出せなくなってしまった。
言葉を発せられないことに、百合子はもがき苦しみ、思わず目からいくつものしずくをこんこんと湧かせていた。
そうしているなり、百合子の首の付け根の辺りが漆器のように赤い光を放ち、瞬く間に全身を覆った。
「きゃあ!?」
百合子は、夢から目覚め、何かにうなされた様子を見せ、バッと身体をゆだねていたベッドから起き上がった。
「さっきのは、夢だったのね。」
百合子は、顔を左右に動かして確認し、ほっと胸を撫で下ろした。
「訳も分からない黒い男と女に追われることといい、このことといい、最近変な夢ばかり見ていて、頭がおかしくなりそうだわ。」
百合子は、眉の両端を下げ、口元を上にあげ、もそもそと落ち着かない様子のまま、苦言を呈していた。
百合子は、改めて時間を確認した。
時計は、長い方が一二、短い方が四を指していた。
また、外の様子を見ると、暗闇の雲の間に宝石の如く春の星々が輝いていた。
彼女は、夢のことを忘れて気分転換をしようと、赤色のジャージ姿に着替え、腕や足を大きく動かしながら日課としているランニングに出かけた。