姉妹のような二人
時計の針が八と一二を示す頃、電車は左手遠くに東京湾の大海原と黒や白の煙を上げる海岸の工場群を見ながら小糸の大河の鉄橋を渡り、小規模な商業施設や住宅街などがある少しにぎやかな駅に到着した。
駅の名前は、君津、ヤマトタケル・オトタチバナヒメ伝説の「君去らづ」の言葉に由来する地名から取られ、日本国内で鋼の生産量二位の規模を誇る新大和製鉄の君津製鉄所があった。
まもなく、シューという音と共に、電車の二枚ある扉が開き、その付近にいたスーツ姿のサラリーマン、制服姿の学生、私服姿などが慣れた足どりでホームに降りていった。
百合子・茜の二人は、電車からホームに降り立ち、生き別れた姉妹みたいに手をつないで階段をあがり、右手方向に進んだ。
そこには、不動産会社の広告にはさまれ、青地の枠と文字の『ようこそ君津へ』という看板がスローガンのように目立つ改札口があり、とてもにぎやかな街であるのか、スーツ・私服姿のサラリーマン、駅周辺にある学校に通う通学客らでごった返していた。
二人は、それぞれ定期券入れを取り出し、改札機の上部、インディゴブルーの色に輝く部分にタッチし、改札を出た。
「思えば、私は、気づいた頃から形の見えない違和感におそわれていた気がする。」
百合子は、茜と歩きながら顔をやや下に向け、幼少期から現在にいたるまでの覚えている記憶を思い返した。
すると、
「広瀬さん、どうなされたのでしょうか?」
茜は、物思いにふける百合子のことを気に掛け、やさしい口調で尋ねかけた。
「茜ちゃん。私ね、なぜか分からないけど、違和感を感じるの。」
百合子は、心に引っかかりがあることを茜に明かし、真剣な物言いで答えた。
「違和感というと、どのようなことでしょうか?」
茜は、思わず疑問を浮かべ、百合子に尋ねかけた。
彼女は、首を右に傾げ、うるうるとしたかわいらしい目つきで百合子を見つめていた。
「私には、お父さんとお母さんがいる。でも、血のつながりがないの。ほかの子は、血のつながりがあって愛がある家庭を築ける。けど、私はそれが無くて愛されるように努力しなきゃならない。そういう所に違和感を抱くの。」
百合子は、茜に思い更けた表情を見せて説明をした。
「へぇ、奇遇ですね。実は、私も広瀬さんと同じ養い子なんです。」
茜は、うんうんと顔を頷かせ、百合子に対して丁寧かつどことなくやさしさのある口調で答えた。
「以外だね。茜ちゃんって、大人しくて気品があるから、そんな感じを受けなかったけど。」
百合子は、きょとんとした顔で口を大きく開け、茜に答えた。
続けて、
「それなら、茜ちゃんは、お父さんとどう接しようと心掛けているの?」
百合子は疑問符を頭の中にいくつか浮かべて茜に尋ねた。
「広瀬さん。お父さんには、お客さんが来た時のと同じく、心からもてなす気持ちを忘れず接するように心がけています。コンビニやスーパーでいう接客のような感じですね。」
茜は、顔というキャンパスの上に鮮やかな三原色の絵の具で描いたかのような笑顔を浮かべ、百合子に答えた。
「へぇ、そうなんだ。いかにも、茜ちゃんらしい丁寧な接し方だね。私には、到底真似ができないわ。」
百合子は、驚きからか目を大きくさせ、褒めと尊敬の意味も交えて彼女に答えた。
「私たちは、姿も似ていて、同じ境遇の持ち主でもあるのね。生き別れた姉妹だったとしても驚かないわ。」
百合子は、すました顔を見せ、淡々とした語り口で茜に言葉を掛けた。
「もぉ、広瀬さんってたら、誇張しすぎですよ。私たち、姓名も異なりますし、育った環境も異なります。ですから、そのようなことはないと思います。」
茜は、つんつんした様子で苦笑いし、百合子に答えた。
「確かに、茜ちゃんの言うとおり、そんなのありえないことだわね。」
百合子は、茜に餌ほしさに首を上下させるインコと同じく、顔をうなずかせて答えていた。
百合子・茜のペアは、まもなく君津駅の南北の導線を成す連絡通路を抜けて北口に向かった。
二人は、賑やかな商業施設が立ち並ぶ北口のロータリーを横目に見ながら街を東西に貫く大通りを歩き、丘の上にある学校を目指し、一旦校門前で別れた。
別れた二人のうち、百合子は三年A組クラス、茜は同学年のB組クラスに赴いた。