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旅館の外見と違い、女将さんはキビキビしていた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。三宮(さんのみや)様、四名でございますね? お部屋へご案内致しますので、あ、お荷物はそのままで結構です。係の者が運びますので。それから、お時間になりましたら夕食をお部屋へ運びますので……ええ、他にお客様がいらっしゃらないものですから、宴会場は閉めきっているんです。あらやだ、私ったら余計な事を……」
いつまでも終わりそうにない会話を聞き流し、俺は旅館の中を見回した。
木造建築の二階建て。築何十年が経過したのか、板張りの床は足を置く度にギシギシと鳴る。
壁もあちこちに補強や補修の跡があった。
「……お部屋が充分に空きがございますので、お一人様一部屋にも出来ますが、如何なさいますか?」
俺は聞き流すつもりだった。
だがオヤジは違った。
「それは素晴らしい! ぜひお願いします」
おいこら、料金は度外視か。
そんな俺の胸中を見透かしたように女将さんが言う。
「料金は据え置きで結構です。旅館なのにお部屋が空いてるのも、何か寂しいですから」
女将さんは、どこか寂しげな顔をした。
「さぁ皆の衆、部屋は早い者勝ちだ。今年のイベントスタートだ!」
オヤジはそんな女将さんの心情めいた態度に気を留めることなく、猛然とダッシュした。廊下の果てまで走りきる。そんな勢いだった。
「すみません。あんなのが客なんてご迷惑では?」
俺は何となく気が咎め、女将さんに声をかけた。
「いえいえ。このように騒々しいのは本当に久しぶり……ああ、失礼しました」
騒々しい。まさにオヤジを体現した言葉だ。
俺と女将さんは、顔を見合わせて苦笑した。
「ほら、お兄ちゃんも。早くしないととんでもない部屋になっちゃうよ!」
茉莉がわくわくしてたまらない、そんな元気はつらつな声色で俺を焚きつけた。徒競走でもしようと言うのか、この女子高生は!
「俺は残った部屋でいいよ」
「お兄ちゃん、冷めている~」
「これが大人ってヤツだよ」
それを聞いた茉莉は、黙って廊下の端を指さした。
オヤジがそこで廊下にへばっていた。
「アレは例外だ」
そもそもどうフォローしたら良いのか。考えるだけ無駄だと思った。