気が付くと俺は、自室に寝かされていた。見慣れない天井が急速に俺の思考を明瞭にさせ、何が起こったのか思い出させた。
「しかし、怪我した息子を放り出して何やってんだ?」
 答える者はいない。
 ただ自分の声だけが部屋を満たした。
 恐らく、崩れた岩から助け出し、意識のない俺をここまで運んだのはオヤジだ。
 それは感謝すべきだ。
 だがそこまでだ。
 ここにいないということは、再度『秘境探検』に出て行ったということだ。
 俺は半身を起こそうとした。ビリっとという感触があり体が動かない。右足に鈍い痛みを感じた。
 見ると、右足が包帯でグルグル巻きにされていた。
 つま先は動くので、骨まではいっていない。
 ただ、立ち上がって歩くのは無理そうだ。
「気がついたのですね?」
「おわっ?」
 俺は急に後ろから話しかけられ、思わず布団から飛び出そうとした。もちろん、それを怪我した足が許すはずもない。
「ぐわっ! 痛ててて……」
「怪我をされているのですから、ご無理をなさってはいけません」
 女将さんは、自分が驚かしたことなど気づきもせず、俺を気遣った。
「料理長の源さんがいうには骨は大丈夫だそうです」
 なんで料理長がそんな判断を下せるのか。
 そこは突っ込んではいけない気がした。
「そうですか。どころでオヤジ、いや父は?」
 俺は分かりきった質問を投げかけた。
「『不肖の息子が負傷した。部屋までは運ぶので後は頼む』とのことです」
 オヤジはさり気なくダジャレを言い残したようだ。
「この手当は、女将さんが?」
 俺は一見乱暴に巻かれた右足を指した。
「いえ。それは料理長が」
 一体何者だ、料理長は。
「おう、気ぃついたか」
 豪快な声がして、初老の男がずかずかと部屋に入ってきた。ノックするとか「失礼します」とか、そういった礼儀は無縁なようだ。
「……ここはお客様のお部屋なんですよ」
 と女将さんが咎めるもその男性は意に介さない。
「足の具合はどうだ?」
 どうやら『調理長の源さん』とはこの男性のことらしい。
 割烹着姿が妙に様になっている。
 帽子からはみ出る根太い白髪が、その体格と共に源さんの性格を物語っていた。
「骨まではいってねぇから大丈夫だ。二〜三日すれば歩けるようになるだろうよ」
 源さんはそういって、俺の右足をバンバン叩いて笑った。どうにも豪快な人物らしい。
「どうして骨までいってないって分かるんですか?」と俺が聞くと、恐ろしい答えが返ってきた。
「ワシに解体できんモノはない。人間の骨格なんてのは見りゃすぐ分かる」
 解体ですかい……。まるで猟奇殺人の犯人みたいなことをいう源さんだった。
「ところでオメェ、どこでそんな怪我した? この辺にゃそんな危ない場所はねぇはずだ」
 話変わって、というところか。源さんの目に真剣さが宿った。
 俺は、その目に逆らえず『祠』が崩れそれに巻き込まれたことを告げた。
 それを聞いた途端、源さんの態度が一変した。
 血の気が引くとはこういう時に使う言葉なのだと初めて知った。
 それくらい、源さんの顔は硬直し、先ほどの好々爺の笑みは消えていた。
「女将さんよ」
「はい?」
「今日、ワシは日の高いうちに村に降りる」
「なんですって? それじゃお客様のお食事が」
「下準備はしてある。後は女将さんでもできる」
 両者は、俺をそっちのけで睨み合った。
「言っとくが、ワシの考えは変わらなねぇ。それは女将さんが良く知ってるはずだ」
 源さんは、女将さんの返事を待たず、足早に去って行った。
 俺としては、食事さえ頂ければ、それを誰が作ろうが問題はない。
 仕事を放棄してまで村に戻る理由は何だろうか?
 俺が『祠』を壊したからか?
「あの、女将さ」
「それでは私は支度がありますので」
 女将さんは、俺の言葉を遮り部屋から出て行った。
――あんな古臭い、誰も近づきようもない『祠』に何があるんだ?
 俺は部屋に一人残され、そんなことを考えていた。

なぎのき
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なぎのき

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