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「というわけでな。結局滝まで足を延ばしたのだ。見せたかったなぁ」
オヤジは帰ってくるなり、俺の部屋に座り込み、いかに苦労して滝に辿り着き、その景色を堪能したかを事細かに説明した。俺の足の心配なんて欠片も出てこなかった。
そしてそれは、説明だけだった。写真も何もない。ただオヤジのマシンガントークが延々と続く。これはほんとど拷問に等しい。
「なぁ茉莉。ホントに滝まで行ったのか?」
こっそりと耳打ちする。
茉莉からは予想通りの答えが返ってきた。
「お父さんが行くっていったら、誰も止められない」
どこか疲れきった声だった。
茉莉の髪には木っ端やら何やらが付き、服もあちこち穴が開いていた。
藪にも引っかからない茉莉がこの体たらくだ。どれほどの強行軍だったか想像に難くない。
「で写真も何もなく、ただオヤジの記憶がすべてだと?」
「そうよっ!」
茉莉は、もう思い出したくないという顔をした。よほど辛い思いをしたに違いない。
「さて、与太話はそこまで。食事にしましょう」
突然、部屋の隅でオヤジがとっ散らかした着替えやら荷物を片付けていた母が、現実的な解を口にした。
「さっき確認したら、食事はこの部屋に運んでくれるそうよ。さ、あなたもどいてどいて」
と母はテキパキと隅に寄せられていたテーブルを中央に引っ張りだし、座椅子を並べた。
「なぁ母さん、俺の話にはまだ続きが」
「そんなのは食事しながらでも良いでしょう?」
にっこり。
母の笑み。それはすべてを凍りつかせる恐怖の笑みだ。
さすがのオヤジも、それで黙りこんでしまった。
どの家庭もそうだが、やっぱりは母強しなのかも知れない。
そうこうしている間に、食事が運ばれてきた。
女将さんはトレイに並んだ料理を見た。一人で配膳するには多すぎる。
ここでも母が仕切り役を買って出た。
「ほら動ける人は料理を運ぶ! 今女将さん一人しかいないんだから、手伝いなさい!」
追い立てられるようにオヤジが立ち上がり、茉莉も続く。女将さん、母、父、茉莉の連携リレーで、テーブルの上は料理でうめつくされた。
「これでいいかしら?」
「はい、助かりましたって、あら失礼を」
つい本音をこぼしてしまったようだ。女将さんは口元を手で覆った。
「いいんですよ。この連中は私が言わないと何もしないので、これくらい働いたって罰は当たりません」
何気ない一言だった。
罰。
その言葉を聞いた女将さんが、びくっと肩を震わせたように見えたのは気のせいだろうか?
「あ、ええと、お料理はこれですべてです。お酒の追加などは内線で呼び出していただければ追加分をお持ちしますので」
女将さんはそう言い残し、逃げるように部屋から出て行った。ように見えたのは俺の気のせいだろうか?
そして。
宴が始まった。